目の前の唯に伝えた。「裸になってくれませんか」その一言が四人の仲を決裂させ、やがて幼馴染の本音を引き出す

楽園

第1話

 早川裕二は孤立していた。


「マヂ、ありえない。唯ごめんね。大丈夫だから気にしないでね」


 幼馴染の白川優奈の非難の声がカラオケボックスに響いた。


「お前、シャレになってないからさ。本気でやめろよ」


 友人の南大和もそれに同調して俺に非難の視線を向ける。


 俺が何をしたんだよ。こんなことになるなら、言わなかったよ。フェアじゃないだろ、と心の中で叫んだ。言葉にしては、すみませんでした、と謝るしかなかったわけだが……。何があったかと言うと。


―――


 時間はさかのぼりちょうど30分前。

 俺たち四人は高校二年の期末テストも終わった冬休み前の放課後、カラオケボックスで歌う曲も尽きてきたので王様ゲームをやっていた。場が盛り上がってきて、徐々に言う要求も上がってきた矢先に幼馴染の優奈が言った。


「そろそろ時間だし、最後に一回だけなんでも言うことを聞く、ってルールでやってみようよ」


 俺は視線を移して、早川唯をガン見してしまった。正直、かなり可愛い。肩までの髪の毛、瞳が丸くあどけなさの残る顔立ち。できれば唯で想いを叶えてみたいと思った。

 ただ、流石に無理と思ったのだけれど。

 なんと勝ってしまった。


「何を言うこと聞かすの」


 なんて優奈が言うものだから、何でも言うことを聞いてくれるなら。


「唯ちゃんの裸を見せてください」


 思わず口をついて出たのがこれだった。


―――


 みんなの視線、ここで言うのは唯を除くふたりの視線が限りなく冷たかった。唯は言われたことに呆然として、俺と自分の身体に何度となく視線を往復させていた。周りの空気が凍りついていた。だから、言うしかなかった。


「あははは、冗談、冗談……、えとすみませんでした」


 もちろん土下座だ。最大限の方法で謝意を伝えるならこれしかない。


 これ以上、想いを叶えようとすれば、きっとセクハラと言われるだろう。そもそも好きにしていいと言いながら、制限があるのならば先に言って欲しいものだ。


「あんた、まともな願いを用意しときなさいよ」


 幼馴染の優奈が帰り際、俺に侮蔑の表情でそれだけ言った。さすがに無茶苦茶、冷たかった。


 その後、会は散開した。いつもは一緒に帰っている優奈も今日は俺に呆れて先に帰ってしまった。


 大和も帰るぞっと言ってさっさと帰ってしまう。


 俺も帰ろうかと、歩き出すと唯が横に並んで歩き出した。


「どしたの?」


 俺と唯は、一緒に帰るほど仲もよくはなかったが、唯がどこに住んでいるかは知っていた。唯の家は俺と同じ方向に歩けば、家から遠くなる場所にあった。


「さっきの約束……」

「さっきの?」


 俺は思い出して、思わずかき消す。あれは勢いで言ったもので、あわよくば叶えたいと思っただけだった。


「気にしなくていいよ、あれ冗談」


 冷や汗をかきながら、俺は隣の唯に視線を移す。ピンクのリップ、膝上15センチのミニスカート、ふわりと舞う黒髪、程よい形の胸、シャンプーの香、それら全てが艶かしく感じてしまう。


「わたしは、先ほどの願いでいいですよ」


 期待を高める言葉だった。うそ、今何って言ったの。彼女の言った台詞に思い切り動揺してしまった。


「いや、だって裸になるなんてこと、そんな経験ないでしょ。いや、もしかして、あったりする?」

「あるわけないですよ」


 唯ははっきりと否定した。もちろん男性経験なんてあるわけもないだろう。


「じゃあ、やめた方が……」


 視線を彷徨わせながら期待感と倫理観との狭間を行ったり来たりした。


「俺たち付き合ってるわけでも、好きなわけでもないでしょ」

「ルールですよね」


 ルール、この言葉には凄まじい興奮を感じた。好きとか、付き合っているではなく、ルールで言うことを聞くのだ。しかも想いを叶えたいのは憧れの唯なのだ。こんなチャンスは恐らく二度と来ない。だから、俺は禁断の言葉を発してしまった。


「本当にいいの」


 何も言わずにコクリと頷く唯。恥ずかしそうに顔を伏せながら。顔を見ると耳朶まで真っ赤になっていた。


「じゃあ、行こうか」


 高校生が裸になれる場所など、そんなにあるわけはない。自宅、学校くらいのものだ。どちらもリスクが高かった。

 

 悪友の広井進の言葉が蘇る。彼は多くの女と関係を持つイケメンだった。


「あそこのホテル緩いからさ。機会があれば行ってみるといい」


 進の言ったホテルは、カラオケボックスから200メートルの距離にあった。


 最近のラブホテルは、人を介することもなく、ボタンを選ぶだけでカードキーが発券される。


 確かに進の言う通り、証明書を求められることもなかった。そもそも二人とも制服なのだから、声をかけられたらやばい。


 部屋に入ると綺麗な小さな部屋だった。真ん中にベッドがあるくらいで、そんなにいやらしい感じもしない。


「じゃあ、脱ぐから後ろ向いてくれてるといいな」


 鈴の音のような声で唯が伝えた。俺が後ろを向くと、制服を脱ぐ衣ずれの音が聞こえてくる。見ているよりも想像力が高まり心臓が期待感に強く高鳴ってしまう。少し間を置いて唯の声がした。


「振り向いて、いいよ」


 後ろにいる少女は裸だ。おれは意を決して振り返った。


 ほのかに色づく頬、程よい形の胸、明らかに誰も触られていない乳輪。そして、まだ誰も触られたこともない下半身の茂み、たるみのない尻。誰にも触れられたことのない同級生の少女の裸体がそこにはあった。


「綺麗だ」

「やめてよ恥ずかしいから」


 俺はごくりと唾を飲み込んでしまう。しばらく見惚れていたが、あんまり見るのは失礼だと思い返し、視線を外した。触るのはNGかな。聞きたかったが、流石にやりすぎと思った。


「ありがとう。もういいよ」

「うん、じゃあ服着るね」

 

 俺たちは、ホテルから出て、軽く挨拶を交わした後、お互い別の方向に歩き出した。

 帰る時はほとんど会話はなかった。それはそうだ。別に俺たちは付き合っているわけでも、好きなわけでもないのだから。


 帰り道、何度も反芻してしまう。唯はどんな気持ちで裸になったのだろう。女子高生が好きでもない男の前で裸体を晒すなんてあり得るのだろうか。


 そう言えば写真撮っておけば良かったな。撮りたいとお願いしても、撮影させてくれたかわからないけれども。


 それにしてもいい経験をした、と思い帰路に着いた。


 自宅に差し掛かった時に、幼馴染の優奈の姿を見つける。さっきのことはもちろん秘密だろうから、さりげなく挨拶をした。


「よっ、さっきはごめんな」


 少しの沈黙の後、優奈は驚くべきことを口走った。


「あんた、最低ね。唯とホテル行ったでしょ。女の子の弱みにつけこんで、マヂ最低」


 嘘だろ、おい。何でバレてるの、そもそも誰に聞いたの。俺は頭の中をたくさんの言葉が浮かんでは消えた。


「今後は話しかけないでね、じゃあね」

 それだけ言うと優奈は部屋に入ってしまった。


―――


こちらは不定期更新になると思います。

全く違う路線ですが、よろしくお願いします。

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