さくさくサブレショートショート

くらいところでかがみをみてはいけないよ

　暗い所で鏡を見てはいけません。

　実のところ、おまじないはその手順だけが重要です。

　言い換えれば行為者の意図や怨念は汲み取られることがありません。

　判定されるのはあくまで「正確な手順で行われたか否か」であり、「おまじないを意図していない者は手順を満たさないだろう」という形で擬似的にフィルタリングされているにすぎないのです。

　したがって、あなたが万が一にも暗い所で鏡を見てしまった場合、「おまじないをするつもりが無かったからセーフだ」などと思っても手遅れです。

　私は何度でも繰り返すつもりです。暗い所で鏡を見てはいけません。

　くらいところでかがみをみてはいけないよ

「おまじない」は「呪（まじな）い」に通じます。

　おまじないと称して願掛けをした経験はあなたたちの多くにあると思いますが、こうした行為はどんなに軽いものでもおすすめできません。

　過去におまじないをしたが自分には不幸なことが起きていない、とでもお思いでしょうか。

　くらいところでかがみをみてはいけないよ

　暗い所で鏡を見てはいけません。

　あなたが暗い所で鏡を見ている様子を思い浮かべてみてください。

　あなたの主観視点で、身近な鏡（たとえば自宅の洗面所など）を見ている光景です。

　周囲は完全な闇ではなく、ほんの僅かな薄明かりによってあなたは暗い所で鏡を見ることができます。鏡の中のあなたはあなたと同じ姿勢で立っていますが、表情までは読み取れません。

　ところで、理由は不明ですが、光が少ないことはおまじないの手順に組み込まれることが多いようです。

　はるか昔からあなたたちはおまじないの手順を発見してきました。

　そうして獲得した闇への危機感が「漠然とした夜への畏れ」という形で現在のあなたたちの中にもたたみ込まれています。

　くらいところでかがみをみてはいけないよ

　あなたが今日眠りにつく時、あなたが暗い所で鏡を見ている様子が瞼の裏に浮かびます。

　鏡の中のあなたもやはり、僅かな薄明かりによって照らされています。

　鏡の中のあなたは洗面所に立っています。

　非常に僅かな明かりですので、表情までは読み取れません。

　鏡の中のあなたの背後には、滑らかな闇が奥へ奥へとへばりついてゆきます。

　やがてあなたは眠りにつき、そうして手順は正確に満たされます。