ルルーナガー8

「こんにちは、女王アリ」

 そう挨拶されたので、

「こんにちは、天使」と、挨拶を返した。

 この人の声、なんだか聞き覚えがある。


 天使は羽を広げ、ふわりと降りてきた。

「ずいぶんと久しぶりですね。この世界にもだいぶ悪魔が入り込みましたよ、私の食事を盗み食いする、ろくでもない悪魔たちが。それもこれも全てはあなたが祈らず、決済を利用しないせいです」

「決済って、タリエル決済のこと?」

 天使は頷いた。

「女王アリが世界存続を願い、毎晩1匹の働きアリの命を差し出す。私は27日に生け贄をまとめて受け取り、世界を持続させる。ここはこういう仕組みです。私も飢えていてはパワーが出ませんのでね」

「……つまり、私は、毎晩人を殺していたということなの……?」

「ええ」

「そんな……嘘……」

「嘘ではありませんよ。あなただって薄々気づいていたのではないですか」

 そんなの知らなかった。そんなつもりはなかった。それは言い訳になるだろうか。私がもともと抱えていた罪がさらに深くなり、重みに耐えきれず、凍った大地に膝をついた。


 ただのお祈りのつもりだったのに。誰かを犠牲にするつもりなんてなかったのに。これは本当の話なのか。夢じゃないのか。本当の本当に私は人の命を生け贄として天使に捧げてしまったのか……。ああ、最悪だ。これは本当のことだって、私はちゃんと理解している。夢のようなことばかりだけれど、生け贄が死んでいることだけは真実。それも私が祈ったせいで。

 頭の奥がちかちかする。待って、なんで私はお祈りをしたんだっけ。なんのために?


 ――そもそも私の罪って何!?


 両手で頭を抱えたまま見上げると、青空を背にして立つ天使が目を細めた。

 空が、青い……。

 いや、違う。空は黄色いはず。それが私の罪。なにそれ、罪って何なの。ちっともわからないのに、泣きたくて吐きたくて地面におでこを擦り付けた。

「う……ううっ……」

「そんなに落ち込まないでください。仕方がなかったのですから。これからも皆の幸せのために、毎晩祈って生け贄を欠かさないようにしてください」

 ああ、こいつはきっと悪い天使なのだな。ひとのことは言えないけれど。私だって邪教の……邪教のなんだ。

「さあ、顔を上げてください、女王アリ。これからきちんと祈り続けて、働きアリを捧げて、それで働きアリがいなくなったら、あなたの子を私に捧げてくださいね。次の女王アリをね」

 その瞬間、怒りが全ての感情を消し去り私を支配した。

「そんなこと絶対に許さない! 私の娘を捧げたりなんかしない!」

 眉をひそめる天使に雷の魔法をお見舞いしてやった。しかし天使は平然と受け止めて、「最後に3人分いただきました。ありがとうございました」と言い、にっこり笑うと消えてしまった。殺せなかったのは悔しい。でもいまは天使のことなんかどうでもいい。

 あたしには娘がいたことを思い出したのだ。あたしは女子高生なのに、成人女性の娘がいる。ナニカがおかしい気がするけど、そんなことより娘に会いたい。娘はどこだろう。私のゴーサは。

 ああ、なにも思い出せない。なにか大事なことがあったはずなのに。ゴーサ。どうか無事でいて。

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