ルルーナガー5

「明日も世界が穏やかに続きますように」


ベッドの中でそう祈ってから、目を閉じた。

おやすみ全人類。しゃりん。



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 大量の白い蜘蛛がショッピングモールの壁を覆い尽くしていた。買い物客たちはパニックを起こして逃げまどっている。

 私は逃げる人々の群れから離れて、壁に近づいてみた。蜘蛛は手のひらサイズもあって、それがびっしりいるのでなかなかグロい。けれど、ビロードのような真っ白な毛に覆われた体そのものの美しさは否定できなかった。

「綺麗。邪悪だけれど」

 まじまじと観察していたら、白蜘蛛が牙をむき出して威嚇してきた。この蜘蛛たちは悪魔の眷属なんだから、私に喧嘩を売るのは当然だった。眷属にはたいした力はないが、放置すると親玉を呼び込むおそれがある。

「退治しなきゃ」

 無人となった雑貨店の店先にあった傘を手にとり、蜘蛛の白い体に突き立てた。さくりと音を立てて刺さったあと、中から茶色いものがどろっと出てきた。どろどろの中で何かがうごめいている。顔を近づけてよく観察してみたら、大豆ぐらいの大きさの村崎くんだった。

「村崎くんが悪魔の眷属に食べられちゃっただなんてショック。でも完全に消化される前に出てこられて良かったね」

「そんなことよりゴーサを見ろって言ったじゃん」と、村崎くんはテレパシーで伝えてきた。

「だって興味ないんだもん」と、私が言うと、呼気で村崎くんは飛んでいってしまった。悪いことをしたなと反省した。

 残りの白蜘蛛も、次々に退治していく。さくさくさくっ。なんて軽い音がするのだろう。命が消える音はとても軽い。さくさく、さくっ。なんて哀れな存在なんだろう。悪魔の命も、私たちの命も、さくさく消えていく。


 遠くてサイレンの音がした。パトカーだろうか救急車だろうか。消防車ではないと思う。なんでかそう思う。

 買い物客の避難を誘導していた警備員が、眷属を傘で刺している私に向かって「あなたも早く逃げたほうがいいですよ」と声を掛けてきた。

「逃げるって、何から逃げるんですか」

「ここを支配している悪魔から。ぼやぼやしていると魂を食われますよ。あの人たちみたいに」

 警備員が指さすほうを見ると、皮を剥がれて肉がむき出しになった人たちがエスカレーターの上で折り重なって倒れていた。

「毎月27日に、印入りの生け贄たちがまとめて食われるんです」

 遺体のおでこには金剛印が刻まれていた。ダイヤモンドと円形を組み合わせた忌まわしい印。この印は生前に刻まれたものだろうということを、私は知っている。だって私が断固拒否したのは、この印を「あの子」に入れることだったから……。


 あの子って、誰だっけ。


「ああ、いけませんね、これ以上は思い出さないほうがいいですよ。あなただって忘れたままでいたいでしょう」

 聞いたことのある声だった。

「今回はちょっとサービスしすぎたようです」

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