第3話 双子


「居候させてもらう側でしょう。私は真依よ。その態度は何よ。自分から名乗る方が先でしょう。あんたこそ誰よ!」


 突拍子になって答えるが、少年は表情一つを変えない。


 人間であれば誰もが持つ喜怒哀楽をこの少年は持っていない。


 どことなく違和感を拭えない。過敏に反応しすぎただけなのか。それならいいのだが。




「真だよ」


 少年は能面のまま言い放し、踵を翻し、突き放すように階段を降りてしまった。


 地面に叩きつける雨音は徐々に音量を高くし、近づいていく。


「真?」


 ザラついた重々しい空気に変わりはなかった。


 あのマコト、という謎めいた親戚の少年のことを考える。


 一体何という横暴な態度なのだろう。


 こちらが尋ねてきても反射的に物を言い返す言動といい、必要最小限のマナーがきちんとされていない点といい、何とも礼儀をわきまえていない。


 あの細い瞳や白い肌、お洒落になっていない、長い髪が熱帯雨林に生息する蛇のように見えてならなかった。


 そうだ、父の隠し子かもしれぬ、あの親戚の子には蛇という綽名をつけてやろう。


 ええ?


 マコトが真実の真なら、まるで双子みたいじゃないの。


 歯茎に食べ物が引っかかったような、イガイガしさが口の中に広がってしまう。


 拳に力を入れ、トボトボと台所へ向かうとそこには模造品のような微笑を浮かべる蛇がいた。




「おばさん、この人が娘さんの真依さん?」


 お母さんは棚を整理する手を止め、しゃがんだまま振り返った。


「そうよ。あら、真依。突然ですまないわ。この子が前に話していた親戚の日野真君よ。早くしないと遅くなるから真依も手伝いなさい」


 本名を表した蛇は長い髪の毛を触っていた。


 すぐに脳裏には日野真、と変換される。


 生まれながらにしての熱々カップルみたいに名前に共通点がある。


 ふたりは前世から赤い糸で結ばれて、現世では幸せに困難に巻き込まれながらも永遠の愛を誓って結婚します、と宣告されているような気がした。


 たまたまだよ、と呪文を唱えながら蛇の外観をもう一度確認した。


 やはり長髪は無理なような気がしてはならない。


 お伽噺に登場する牛若丸ではあるまいし、時代遅れな気がする。




 大人には敬語を遣って同年代には横柄に応じるとは。


 ひしひしと伝わるような視線に気付いたのか、蛇はゆっくりと歩み寄った。


 その歩みも忍び足で迫ってくるときと似ていた。


 学ランの袖から見えるその手。


 


 


 か弱い手だ。


 触れてしまえばすぐに折れてしまいそうな華奢な手。


 上着から露出している白い手はまるで白蛇そのものだ。




 「先ほどはすまなかった。改めて今日からお世話になります。日野真と言います」


 先ほどの拗ねた態度はどこにいったのやら、蛇は礼儀正しく振る舞っている。


 嘘のようなにこやかな笑みも、はっきりいって気味が悪い。


「ご両親から他人の家に上がるときは、一声駆けるというマナーを教えてもらったはずでしょう?」


 彼の顔は曇りがちになり、息を止めるようにあの能面のような表情になったと思えば、じっと目をこらし、ガタガタと震えながら、化け物でも見たかのように睨みつけ、口は開かれた。




 「偽善者!」


「何があったの」


「急に真君が怒ったみたいで」

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