第14話 未来への鍵

 ——翌日

 昨日に引き続きキャロルに米国の街を案内して貰っていた朝風は道端に落ちていた新聞に目を落としていた。

 開いたページの至る所に不況、不況、不況と繰り返し綴られた文字が何かのヒントになると直感的に感じた朝風は新聞を拾い読んでいたのだ。

 「アサカゼは新聞なんて読むの? 真面目なのね」

 完全に歩みを止めて立ち止まると、拾い上げた新聞を熟読し始めた朝風をキャロルは感心そうに見る。

 「なあ、米国の不況ってそんなに深刻なのか?」

 『私にそんなこと聞いてわかると思う?』とでも言いたげな表情を一瞬したキャロルは目を瞑り心当たりがないか考えてくれる。

 「パパの会社は外国でも色々してるから何とかなってるけど地域や業種によっては深刻なところもあるとかないとか言ってたような……」

 キャロルがおぼろげに思い出したことを呟く内容を聞いた途端、朝風急には真面目な顔で言葉を遮る。

 「今日はロバートさん休みだったよな? せっかく案内して貰ってるのに悪いけど今日はもう帰ろう」

 「急に何よ。 ずっと一緒にいてくれるって昨日言ってた癖に……」

 そう言われてしまっては申し訳がたたない。 でも、お前とずっと一緒にいるために必要なことだからごめんな。

 「聞いて楽しい話でも無いだろうけど一緒にロバートさんの話を聞くか? 俺はどんな時でもキャロが隣にいてくれたら嬉しいから歓迎だけど……」

 不服そうに唇を尖らせていたキャロルは朝風の素直な言葉は予想外だったのか驚いた顔を見せるもすぐにニヤニヤとした笑顔を浮かべる。

 「そんなに私と一緒に居たいなんてアサカゼは寂しがり屋さんなのね? いいわよ、ついていってあげる」

 素直に一緒にいられて嬉しいって言えばいいのに。 素直じゃないところも含めてお前の可愛さでもあるんだけど。 

 「埋め合わせは今度するからな、帰ろうぜ」

 二人は散策を切り上げて屋敷に向かって歩いていった。


 ロバート氏の広々とした書斎でキャロルと並んで座った朝風は机を挟んだ正面のロバート氏に向き合う。

 「不況なんてしけた話を折角留学に来てるってのに聞きに来るなんて流石はあいつの息子って感じだな」

 ロバート氏は感心半分呆れ半分といった表情で笑うとスッと真面目な表情に切り替える。

 「幸い俺のとこは大きな打撃はなかったが米国全体で見るとかなり深刻な状況だ。 最近は持ち直してきたが街が失業者で溢れかえってた時期もあったな」

 失業者が溢れかえるなんて状況に普通はならないことは朝風にも容易に理解できた。

 だからこそ何か大きなヒントが隠れているように思えたのだ。

 「その不況に日本が関係していたり……しませんか……?」

 戦争が起きる前の軋轢に、この不況が関係していたのなら……

 「それは鋭い着眼点だ。 俺の知る限り直接的な関係は無いはずだが、一部の人々や一部の報道は日本の影響力の拡大と関連付けて日本排斥を訴えているな。 俺から見ると詳しいことを自分で調べずに名前しか知らないものを批判するなんて呆れて何も言えないが」

 このまま排斥運動が続けばきっとまた同じ道を辿る。 そう考えるともう間に合わないのかもしれない。

 襲い来る不安感を顔に出さないように気をつけながらロバート氏の話を聞いていた朝風は急に机の下で手を握られ、隣のキャロルに小声で話しかける。

 「なんだよ急に」

 「アサカゼが不安そうな顔をしていたから……」

 隠せてなかったのかと思い、ロバート氏を見るも何も気にした様子は見られなかった。

 どれだけ俺のことよく見ていてくれてるんだこいつは……

 「もう大丈夫。 ありがとなキャロ」

 不安に思っている暇などない。 早く未来を変える方法を見つけなければ。

 覚悟を固めた朝風はロバート氏に向き直る。

 「名前しか知らないと言うのは多くの米国人は日本がどんな国なのかを知らないって事ですか?」

 「普通に暮らしてれば精々最近力を付けてきたアジアの国という事以上を知る機会はまず無いな」

 知らないからこそ警戒する、敵視するというのは誰もが持っている考え方だ。 ならば知って貰えば良い。 良く知らない相手と理解し合い手を取り合う事などできないのだから。

 見つけたキーワードを忘れることがないよう手帳に書き込む朝風をロバート氏は興味深そうに見る。

 「どうやら壮大な目標を見つけたようだな? だが、その道はきっと険しいぜ」

 「どんなに険しく困難でもその道の先は絶対に幸せな未来に繋がるはずですから」

 机の下で繋いだ手にも力が篭もる。

 キャロルと二度と会えない筈だったあの時代に体験した出来事と比べれば辛いことなど無い。

 一歩でも幸せな未来に進むことができるのならば、きっとそれも幸せなことだから。

 「米国人と日本人が今よりも良い関係を築くことができれば俺もかなり稼がせて貰えそうだ。 何かあったら言ってみろ、大きな野望を持つ経営者として俺も手を貸してやろう」

 差し出された手を朝風が強く握り返すとロバート氏は満足そうに笑った。

 「まだこんなガキだってのに良い目をしてやがるぜ。 うちの跡取りはなんか頼りねえからな……」

 「経営なんて私はしないわよ!?」

 話には参加せずに隣でずっと聞くだけだったキャロルは不意に飛び火した話に驚いた様子で反論する。

 「らしいぞアサカゼ。 どうやら俺が引退の時、この会社もお前の物になるようだな」

 「ちょっとパパ! なんで私アサカゼと結婚することになってるのよ!」

 キャロルが顔を赤くして怒るとロバート氏はニヤリと笑う。

 「待て、俺がいつお前とアサカゼが結婚するなんて話をした? お前らがしたいなら一向に構わないが……」

 ロバート氏には敵わない様子のキャロルを眺めながら朝風は今の楽しい毎日がいつまでも続くように頑張ろう。 再度強く思うのだった。

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