第4話 勘違い

 ベネット邸の広い廊下を歩きキャロルの部屋の前で立ち止まりドアをノックする。

 「話終わったから迎えにきたぞー」

 「開いてるから入って」

 ドアを開けてキャロルの部屋に入る。

 別れの夏に来た時と同じ部屋。 見慣れた景色の筈なのに。

 昔と変わらない笑顔で招き入れてくれるキャロルに、彼女と同じ優しい匂いのする部屋に懐かしさのあまり朝風は感極まった。

 「アサカゼ……? どうして泣いてるの?」

 「ごめん、なんでもないから」

 キャロを見てると泣いてしまったなんて言えねえだろ……

 「パパとの話上手くいかなかったの?」

 「それは問題なかったよ」

 「それならどうして……?」

 なにも言えずにいる朝風を心配そうにキャロルは見つめる。

 「まぁ、急に涙が出ちゃうような日もあるわよね。 大丈夫よアサカゼ」

 キャロルはベッドから立ち上がると優しく朝風を抱きしめる。

 柔らかかった。 良い匂いがした。 そして温かかった。

 もう二度とこの温もりが消えないように絶対に離さないと気持ちを込めて抱き返した。

 「もう平気だ。 ありがと」

 「でも、あんたも意外と可愛いとこあるのね」

 「言うなよ恥ずかしいだろ」

 「ふーん。 ならもう離してくれないかしら?」

 朝風はあまりの心地良さに抱きしめたままでいた腕をバッと離し一歩飛び退いた。

 一方キャロルは自分の体を両手で抱きしめながら朝風にいつもの含みある笑顔を向けた。

 「もうお嫁に行けないわ……ちゃんと責任……取ってくれるのよね?」

 「ごめんそれは無理。 今はまだ……」

 それ以上は言葉にしなかった。 まだ今の俺に言う資格はないと思ったから。

 「即答したわね……私ってそんなに魅力ないのかしら?」

 おいこら、言葉の意図を理解した上でそんな言い方するな。 困っちゃうだろ!

 「満月は来週だけど今日の月も……とても綺麗だな」

 いつの間にか太陽は西の空に消え、月が輝き始めていた。

 キャロルは意味がわからないと言いたげな表情を見せ頬を膨らませる。

 今はこれで許してくれないか? 俺は日本人だもの……


 ——帰宅後

 朝風は留学の件を報告するため父の書斎を訪れていた。

 「父上、今日は大事な話があって来ました」

 「私は良いと思うぞ。喜んで二人を祝福しよう」

 あれ……なんか既視感あるぞ……

 父は苦笑いする朝風に釣れないなぁと言いたげに肩をすくめた。

 「ロバートにキャロルちゃんとの結婚挨拶と勘違いされたらしいじゃないか」

 とても愉快そうに父は笑う。

 もう知ってるの!? 父とロバート氏めっちゃ仲良しじゃん!

 「秋からの留学の件で話に来たのだろう。 しっかり学びを深めて帰ってくるんだぞ」

 「はい、ご期待に沿えるように頑張ります」

 「それと、ロバートから伝言を預かっている」

 『米国生活の練習に夏の間はうちに来ないか?』

 「だそうだ。 大好きなキャロルちゃんと一つ屋根の下だが……節度は守れよ?」

 「わかってますよ! いや、なにもしませんよ!」

 必死に反論する朝風を微笑ましそうに見た父は、そうかそうかと笑った。

 「じゃ、留学まではロバートのとこで世話になる感じで決まりだな? 私から返事をしておこう」

 話はこれで終わりと、ひらひらと手を振った父は電話機のある奥の部屋へ入っていった。


 ——翌日 早朝

 ベッドで寝ていた朝風は身体へ何かが落ちてきたような衝撃に目を覚ました。

 「聞いたわよ! アサカゼ!」

 お前が犯人か……

 視線を体に向けるとお腹に馬乗りで何やらご機嫌な様子のキャロルの姿。

 そんな興奮すんなって……すごい揺れて目のやり場に困るだろ……

 ……仰向けに寝る朝風に馬乗りのキャロル……

 この構図は側から見たらアウトじゃね!?

 時計を確認するといつも起きる時刻より一時間は早い。 よし二度寝しよ。

 ……無心無心無心無心……………

 「って、寝れるか!」

 朝風は叫んでいた。 まだ朝早い時間だと言うことも忘れて。

 「今日は朝からすっごく元気なのね?」

 「違う! 朝っぱらからこんな事されてるからだ!」

 「女の子にこんな起こされ方されて嬉しい癖に」

 キャロルがいつものニヤニヤした顔で見下ろし言った刹那に、バンッと勢いよく部屋の扉が開く。

 「朝風様! どうされました……!?」

 寝起きの叫びに駆けつけたのだろう使用人がこちらを見て絶句していた。

 日本語を習得して以降、キャロルは海原家では日本語を話している。

 今の会話もこの状況とかけ合わせると完全にアウトだよね……?

 キャロルもこの状況に気付いたようで頬を赤らめ固まった。

 その反応もアウトだよ!

 慌てて部屋を出ようとする使用人を引き止め二人は必死で誤解を解いた。

 「朝からひどい目にあったな……」

 朝風は苦笑いしながらキャロルに話しかけるが反応がない。

 「キャロ……?」

 朝風が心配になってキャロルの顔を覗き込む。

 「ひゃいっ!」

 顔を赤らめたままのキャロルはおかしな返事をすると同時にびくりと肩を跳ねさせた。

 やばい、今のは可愛すぎた……

 もっとかわいいところが見てみたくなった朝風はニヤリと笑うとキャロルの耳元で囁く。

 「でもいつか、本当にあんな起こされ方される日が来たら嬉しいけどな」

 「ダメよアサカゼ……そんなぁ……」

 朝風は少し潤んだ碧い瞳で見つめてくるキャロルから目を逸らした。

 「ごめん、色々と俺が悪かった。 落ち着くまで少し休みな?」

 床に座り込み膝を抱えていたキャロルを抱き抱えるとベッドに寝かせた。

 あんなに綺麗な瞳で見つめられたら俺だって色々やばいからな……?

 ベッドで横になるキャロルを見つめながら心の中で呟いた。

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