9割デレな異国のツンデレ幼馴染に『お前が好きだ!』と伝えるために過去を変えてみせます!!

アオゾラカナタ

 

プロローグ

第1話 異国の君と

 ——昭和十五年 八月。

 いつにも増し朝から気温が高く夏真っ盛りといった陽気の日のこと。

 少年は毎年夏の季節に遊びに来る異国の少女に港へ呼び出されていた。

 海側には桟橋と数隻の大きな船。陸側には煉瓦造りの倉庫が並ぶ人気のないそんな場所。

 数日姿を見せなかった少女からの呼び出しに言い知れぬ不安感を感じながら少女を待つ間、少年は少女との出会いを思い出していた。

 彼女との出会いは父の一言がきっかけだった。

 

 「取引先の米国人がお前と同い年の娘を連れて来るから遊び相手をしてあげなさい」

 物心ついたばかりの頃から習わされた英会話がネイティブ相手に通用するか知りたい好奇心から少年は二つ返事で了承した。

 翌日、父の言っていた商人の娘が屋敷に到着したとの報せを受け玄関へと急ぐ。

 そこには夏の日差しを受けて輝く金色の長い髪をなびかせた碧い瞳の少女の姿があった。

 「綺麗だ……」

 少年は呟くと少女を見つめたままその場に固まっていた。

 固まって動かない少年の顔を不思議そうに少女は覗き込んだ。

 「初めまして。 キャロル・ベネットよ」

 「こちらこそ初めまして。 海原朝風うみはら あさかぜです」

 英語で挨拶をされ意識を引き戻された朝風は差し出された手を握り返す。

 「あなた、さっき私をじっと見つめて固まっていたけれどどうしたの?」

 「綺麗だなって思っていただけで特に意味は……」

 気まずそうに苦笑いしながら答える朝風とは反対にキャロルは透き通るような白い肌を少し朱に染めていた。

 「パパは日本人は奥手で直接的なことは言わないって言ってたのに……」

 お互い少しドキドキとしたなんとも言えない空気感のまま朝風は屋敷を案内したのだった。

 この事はキャロルとの出会いが遠い昔となった今でもよく蒸し返される。

 「アサカゼは出会った瞬間から私のこと大好きだもんね〜?」

 キャロルの楽しそうな小馬鹿にしたような笑顔と共に。


 約束の時間ちょうどになると桟橋の方から歩いてくるキャロルの姿が見える。

 いつもの自信に満ちた、綺麗を超えて格好良さすらも感じる表情とは違い初めて見せる表情で現れた彼女。

 「泣き腫らした顔を見せるなんてキャロらしくねな?」

 朝風は初めて見せるキャロの俯いて今にもまた泣き出しそうな表情に不安感をさらに覚える。

 そんな自分の不安をかき消そうとするように明るく茶化すように声をかけるが涙を溜めた碧い瞳でじっと見つめられると何も言えなくなってしまった。

 「私、もう帰る事になったから。 きっともう会えないと思う。 さよなら」

 一方的にそう言い放つと腰まで伸びだ金髪をばさりと振り払いながら背を向け走り去る。

 きっとあのまま船に乗るのだろう。きっともう会うことはないのだろう。

 自分しかいないこの場所に一瞬残った彼女の匂いもすぐに海風にかき消える。

 彼女がこの場所に居た事実すらも彼方へ消えてしまうように思えて仕方なかった。

 これ以上話しかけないで……わかってアサカゼ……

 そう言いたげな瞳を前に呼び止めることも理由を聞くこともできずに立ち尽くす。

 「もう会えないって何故だ……」

 朝風はもう何も見えなくなった桟橋を眺めて独り言を溢すしかできなかった。

 

 ——昭和一六年 十二月。

 宣言通り今年の夏にキャロルが姿を見せる事はなかった。

 父に今年は商人のベネットさんは来日しないのかと聞いても、もう来る事はないと一蹴され理由すら教えてはもらえなかった。

 キャロルの居ない夏も過ぎ去り冬が来ると朝風にもその理由が理解できた。

 太平洋で米英軍と戦闘状態に入った。

 朝風は臨時ニュースの一言で全てを理解した。

 きっと去年の夏時点で兆候が見られていたのだろう。

 屋敷の外が今日はとても騒がしい。開戦に皆興奮や歓喜し祝賀ムードのようだ。

 朝風にはキャロルを自分を苦しめ仲を引き裂いた戦争を受け入れることも、ましてや喜び祝う事など到底できなかった。

 ゆっくりと立ち上がると窓の外の歓声を拒絶するようにそっとカーテンを閉じた。

 薄暗い部屋でふと机の上に目を遣るといつかの誕生日にキャロルにもらった写真立て。


 いつものニヤニヤとした笑顔で丁寧にラッピングされた小箱を差し向ける彼女は言った。

 「私からのプレゼントはアサカゼの大好きな物よ! きっと喜ぶに違いないわ」

 「ありがとう。 開けてみてもいいか?」

 キャロルは喜びなさい!と言いだげな表情でうなづく。何が入っているのだろうとワクワクしながら包みを解くと写真立てに入った一枚の写真。

 映るのは見ているだけで頬が緩んでしまうほどの笑顔を向ける真っ白なワンピースに身を包んだ金髪碧眼少女。

 くそぅ……滅茶苦茶可愛いじゃねえかよ……言わないけど。

 「喜びで声も出ないようね? でも写真で我慢してね今はまだ……」

 「絶句してたんだよ! まさか自分の写真をプレゼントする奴がいるとか思わねえだろ!」

 てか、今はまだって何だよ……ドキドキするじゃねえか。

 素直に最高のプレゼントだ。とても綺麗だ。なんて言えるほど朝風は素直ではなかった。

 「そう? 喜んで貰えたのなら良かったわ。 こんなにニコニコしちゃってぇ?」

 キャロルは朝風の頬を両手で優しく包み、白く細い指でにゅっと口角を上げた。


 朝風はもう戻らぬ時を悔やむように写真立てを手に取り少女をじっと見つめる。

 両親や屋敷の使用人に見つかれば間違いなく捨てられるであろうこの写真を絶対に手放さないように……と意識を切り替え写真立てから抜き取る。

 裏に何か書いてある?……

 朝風は写真の裏に何か書いて消した跡を見つけ目を凝らす。

  …… I love you Asakaze ……

 ずるいぞキャロ……俺だって伝えたかった……でも伝えられなかった言葉なのに……

 朝風はとても大切に胸のポケットに写真を仕舞うとベッドに寝転んだ。

 もう一目見ることすらも出来ない少女を想い頬を濡らした。

 どれほど奥歯を噛んでも堪え切れずに。

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