2章
2-1.新しい生活
ヨルは浅い眠りから目を醒ました。
デジタルの時計を見るときっかり朝の六時。
それは習慣のようなものかもしれない。
このまま顔を洗って、着替えて仕事に行く。
そんな生活を繰り返していたから。
でも、今日からはそうではない。
見慣れない天井。ベットの感触。嗅ぎ慣れない少しだけ埃っぽい部屋の匂い。少し、地に足がついていない感じがした。
起き上がり、リビングへの扉を開けると匂いがふわっと鼻を掠った。朝食とコーヒーの匂いだった。
「おはよう」
ユカがヨルを見て挨拶をした。
「……はようございます」
起床しても、まだこの状況が信じられなくてヨルはリビングに出たが、ユカの部屋に寝泊まりすることが決まったのは事実だったようだ。
「よく眠れた?」
キッチンに立つユカが聞いた。
「……ええ」
「そ。よかった」
ユカはヨルの顔をじっと見た。ヨルはあくびを噛み殺して、そんなヨルをユカはくすりと笑った。
ユカの手にはトーストとスクランブルエッグ、ウインナーとサラダの乗ったプレート。
コーヒーは昨日と同じマグカップに注いで置かれてあった。
ヨルは三度、目をこすった。
大きな窓から見えたのは、カラッと晴れ渡る秋晴れの空。
視界を邪魔する建物はほとんどなく解放的な気分になり、なんだか何かに勝ったような気さえする。
「ヨルくんが起きなかったら、年下の男性の寝顔でも見に行こうかなって思ってた」
ユカは冗談まじりで言った。
「ほら。顔洗ってきて」
誰かと食卓を囲むのは久方ぶりだなと、冴えてきた頭でヨルは思った。
・・・
朝食を終え、ふたりはついたテレビを横目にコーヒーを飲んでいた。
天気予報からは「昨夜の通り雨は秋雨前線が南下したことにより発達した雲が雨を降らせた短い通り雨でした」と聞こえる。
ニュースキャスターは「晴れ予報だったので安心しちゃって、傘を持っていなかったから、濡れて帰ることになってしまいましたよ」とおどけて笑っていた。
ヨルはコーヒーに口をつけた。
「やっぱり、美味しい」
「よかった」
昨日と似たやりとりだった。そう言うユカの目元にはうっすらと隈がある。
「ユカさん、しっかり寝てるんですか? 昨日は三時くらいまで起きてたのに」
「私、ショートスリーパーなの、三時間寝れれば十分なんだ」
ユカの顔色は、隈はあるものの明るい。
薄化粧をしていることもあるが、それ以上にユカ自身の雰囲気や、はっきりした目鼻立ちがそう感じさせるのだろう。
会話に脈絡はなく、好き好きな質問が始まる。
「そういえばヨルくんは何歳?」
「24歳です」
「やっぱり年下かあ、私は25歳。もう5年経ったら三十路になっちゃうの」
女性に年齢を聞くのは躊躇われたがユカは自分から話してくれた。
「ヨルくんはさ、これから何する予定?」
これからとは、今日のことではなく、今後のことだ。
「さあ。予定はないですけど」
仕事は解雇させられたから、求職活動だろうか。それもすぐにはやる気は出ないから、ヨルは当面は休息に努めるつもりだった。
「いきなりやることなんて見つからないものだよね」
「ユカさんは?」
「私は仕事。これから出かけなくちゃいけないの」
そう言ってユカは席を立ち、食器を片付け始めた。
室内には陶器の当たる音や、水道から水が流れる音、ユカの鼻歌が響く。
いつのまにかテレビはニュースからグルメスポットを紹介するロケ番組へと変わっている。
好きに使っていいからね、とユカは言い残し、テキパキと身支度を済ませて出て行ってしまった。
ひとりになるとヨルは本当に何もやることがなく、暇を持て余すしかない。
仕方なく、スマートフォンからアプリを起ち上げて、プログラミングの勉強をしてみるも、画面に映る文字を意味もなく追うだけで、頭に入ってこなかった。
気づくとカップの中のコーヒーは少し冷めてしまっている。
それでも、いい豆を使っているからか、ユカの淹れ方がいいのか、おいしいと思えた。
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