第11話 だいすき

【※主人公泥酔により、愛璃視点】


「あ、あのぅ……永くん、もうそれくらいで……」


 どうしよう。

 幼馴染がさっきから、背の高いイケメンさんにお酒をぶっかけて遊んでいます。


 いつから貸切になったのか、酒場の店員さんもにこにこと、言われるままにお酒の樽をあけるばかり。誰も止めようとしてくれません。


 クリストフはグルメなのか、結構いいお値段のお酒ばっかりあけちゃって。

 お勘定は、一、十、百……えっ?

 これって、この数字に四つゼロつくやつだよねぇ?


「ああー! もう終わりなんですかぁ? この世界の大人とか金持ちって、口先ばかりで性格悪い奴多くないれすかぁ!?」


「ひひ……ははは……ボクは性格悪くなんてないよぉ。むしろ界隈じゃあ『黒の天使』だなんて呼ばれててぇ……」


「厨二くさ~!! それ、控えめに言って悪役ですからぁ!!」


 永くんは、うずくまるクリストフの頭を無造作に持ち上げて、その口からジョッキの中身を流し込む。

 もちろん、これ以上飲めるわけがない。さっきからクリストフは、もう椅子にすわることもできなくて、頭をぐらんぐらん揺らして、床に這いつくばるのが精一杯だから。


「一、二ぃ……えっ。ふたりでいくつ樽あけるつもりなの?」


「若……もうよしてくだせぇ。いくら酒には自信があって負けられねぇからって、もうわかってるんでしょう? 俺らの負けっすよ……」


「吐いては飲んで……もう見てらんねぇっす……! 若が壊れちまうよぉ!」


 シアノちゃんも黒服のお供さんも、絶句しています。


「あはは。だぁれが『ボクに酒で挑もうなんて、十年早いよ』ですかぁ。ちゃんちゃらおかし――あ~っ、おっかしい!! ほら~。ジョッキじゃ飲めないっていうなら、お子さま用の吸い飲みを用意しましょうかぁ~?」


「ヤダ。せめてストローにして」


「おねぇさーん! ストロー追加でぇ!」


「はぁ~い♪」


 ああっ。もうお姉さんもうきうきだぁ!


「ほらぁ~。クリストフさん、そんなところで寝たら風邪ひきますよぉ。お布団かけてあげます。よいしょ」


 そう言って、永くんはその辺に転がっていた剥がれたポスターをかけてあげる。


「ふひっ。ふひひ……母さんが見える。おかしいなぁ。ボクが七つのときに、病気で死んじゃったはずなのに……」


あねさんっ!? 姐さんを追っかけたらダメですぜ、若!!」


「母さん、ボクちょっと風邪ひいたみたい。熱いんだよぉ。だから遊んで……ボクに構って――」


「若っ! 若ぁっ!!」


 どさり、とクリストフが気を失ったところで。

 永くんはシアノさんに契約書を手渡しました。


「この契約書……アーティ組とステラ組が『対等な同盟』になるように書き換えて」


「へ――? エイスケ、まだ正気を保って……?」


 ドン引きしつつも、言われるままにシアノさんは中身を書き換えて、黒服さんに手渡す。


「悪魔の契約書……とは言っても、血判を押す前なら、この『黒山羊のペン』で加筆修正は可能――でしょ?」


 クリストフを介抱していない方の黒服は、こくこくと頷く。

 上役である彼に予め「手を出すな」と言われていたこともあるし、「一度した約束は守る」のが、このスジの人たちの譲れない流儀なんだとか。


 それと。

 「若が決めたなら、俺たちはどこまでもついていく」「この人を放ってはおけねぇ」って……


「はい。これに血判を――」


「いいですよね?」


 黒服の人たちに一応確認をして、永くんはクリストフさんの指先をナイフでちょん、と切りつけました。

 そこから滲んだ血で、契約書に判子を押します。


「これでもう、シアノさんは立派なアーティ組の長だ! わぁーい!」


「わ、わぁー……?」


「よかったね、シアノさん!」


 ステラ組は、裏社会のナンバーワンを争って長いことアーティ組としのぎを削ってきた一大組織だ。このふた組が同盟を組むのだもの、誰も逆らう気なんて起きるわけがない。シアノさんは頭領の残した組を守ったのと同時に、身の安全も確保した。


 それだけのすごいことをしたのに、永くんは酔っぱらって、子どもみたいにはしゃいじゃって可愛い。


「ふふっ。……可愛い」


 思わずそうこぼすと、永くんはきょとーん、と目を見開いて。

 それから、にぱぁ……! と破顔した。


「愛璃ちゃんのが可愛いよぉ!」


「へっ――?」


 瞬間。永くんが私をぎゅーっと抱き締める。


「愛璃ちゃん。可愛い。世界で一番可愛いぃー」


「ふえっ。え、永くん……!?」


「だいすき」


(……!!)


 ん~! と愛おしそうに、お酒くさい永くんが頬ずりをしてくる。

 シアノさんは顔を真っ赤にして口を覆うし、小さな子たちも「キャー! ラブラブ!」とかいって騒ぐしで……


(は、恥ずかしいけど……嬉しい……)


 永くんは完全に酔っぱらっていて、意識なんてもうないみたいなものなんだろうけど。その抱擁があったかくて嬉しくて。

 その日は、私にとって忘れられない一日になった。

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