第9話 クズ

 俊閃のギリダは、その二つ名が示すとおり閃くような速さで僕らの背後に回り込み、当て身をして気絶させた。


(三対一でこの実力差……強すぎる……)


 あるいは、僕らが弱すぎたのか。


 次に目を覚ますと、僕らは硬い石造りの牢に繋がれていた。

 目の前で楽しそうにシアノのミニスカートをぺらぺらめくっているのは、ふわりとしたベージュの長髪を揺らすローブ姿の青年だ。歳は、二十代半ばくらいに見える。


「あ〜、残念。銀髪紫眼の美少女とか、もったいな。私は年増に興味はないんだよ。あと七歳若ければなぁ」


 わけがわからない。

 シアノは僕より年下の十四歳だぞ?

 こいつ、何を言っている……?


「そしたら私の愛人コレクションに加えられたのになぁ〜」


 そう言って、男はシアノのスカートをビリビリと破いて興味なさげに捨て去った。


 していることと言っていることはゲスの極み。

 だが悔しいかな、イケメンだ。

 ギリダには負けるけれど、随分と端正な顔立ちをしている。

 さすがはお貴族様といったところか、代々美女を娶れば遺伝子的に美形が濃くなるというのはあながち都市伝説ってわけでもないのだろう。


「はぁ〜、ったく。こいつもそうだが、この国にはスレンダー系な美少女が多くないか? 私はもっと幼くあどけなく、それでいて胸の大きい絵空事のごとき天使を抱いて抱いて抱き潰したいのに!」


 サイテー。くそだ。


 そんなゲスツィアーノのやれやれといった視線が、いまだ鎖で繋がれ意識を失っている愛璃にとまる。


「合法……ロリ?」


 ぷつん、と。

 僕の中で、何かの切れた音がする。


「お前ぇぇえ! ちょっと顔がいいからって、言っていいことと悪いことがあるだろ!! 愛璃ちゃんはたしかに童顔で、あどけない純真さが滲み出る可愛いさの持ち主だけど! 立派な高校生だぞ!!」


 ロリいうな!!


「え。なにコイツ。なんで急にキレてんの?」


「恐れながら、ツレの少女を侮辱されたことに腹を立てたのかと。ご安心ください、鎖で繋いでおりますので騒いだところでなんの手出しもできません」


 ギリダにそう言われたゲスツィアーノは、ふむりと安心したように愛璃に視線を戻す。


「長いまつ毛、きめの細かく透けるような肌と整った顔立ち。それでいて等級四、Dカップは超えていようかという発育のいい胸……はぁ。超逸材。完璧な合法ロリだ」


「失礼ながら。ユリウス様は存在そのものが違法かと」


「え。なにこの美少女。すごい私好みなんだが? あどけなくて胸がデカいとか何事? ギリダお前、今日はとんでもないものを見つけてきたな。褒めてつかわす」


「はっ、ありがたきお言葉。しかしユリウス様、下半身の剣をおおさめください。未成年にはいささか刺激が強すぎます」


 そんなゲス極まりないやり取りと気配に、愛璃が目を覚ました。


 ゲスツィアーノは、驚いたように目をパチクリとさせる愛璃の愛らしさに、さらに目を見開く。


「ふむ、未成年……? 一応確認だ。お前……歳は?」


「わ、私……? 十五ですけど……」


 ロリじゃないもん、と暗に言い張る愛璃。

 ごめん、多分だけど逆効果だよ。


「はっ……!? 十五!? 結婚できるじゃん!」


「恐れながら、ユリウス様が今更合法……結婚可能年齢という決まりルールを気にしていることの方が、私は驚きです」


「うるさいな! 私だって一応貴族の端くれだ。表立った面目にはそれなりに気を配るんだよ。でも見つけたぞ! 私の理想の花嫁を!」


 「すぐに用意しろ!」との号令で、ギリダが奥から、何やら怪しい液体の入った小瓶を持ってきた。


「さぁ飲め。たーんと飲め。飲めばたちまち気持ち良くなって、頭がふわふわして身体が熱くなる魔法の薬だ。下半身からだらだらに液が漏れて、すぐにでも私のモノが欲しくなるぞ」


「「!?!?」」


 ……完全にヤバい薬じゃねーか!

 てか媚薬!


「最近は実家の親が『嫁はまだか』とうるさいのでなぁ、速攻で黙らせる既成事実ってやつだ。幼子でも飲めるように味はイチゴ味にしてある。卸している好事家にも評判のいい、私の自慢の主力商品だぞ。さぁ、ぐいっと」


「イヤ!! イヤぁっ!!」


 目覚めたばかりで話の半分も理解できていないだろうに、本能的な危険を察知して、愛璃は全力で拒否する。


 ぐいぐいと口元に押しつけられる瓶。

 愛璃の頑なな抵抗にしびれを切らしたゲスツィアーノが、遂に刃物を取り出した。


「できれば傷はつけたくないんだが?」


「!!」


「ん〜、まだ抵抗するか? 騒がれると萎えるなぁ。ロリは素直で従順なところが良いのに。幼い時分より教育を施して私好みに育てる……それこそがロリの真髄。とはいえ、十三歳以下とは結婚できないし。しかたない、少し大人しくさせよう。口を開かないのなら注射するまでよ。麻酔、麻酔はどこだったか……」


「再び当て身で気絶させましょうか?」


「いや。睡眠薬で調整して、盛り上がってきたところで起こしたい」


「……左様でございますか」


 主人に対して「理解しかねる」といった顔をしつつも、ギリダは大人しく従った。


(ダメだ……あの、正義の騎士様がまさかグルだったなんて。これじゃあどう足掻いても離反させるなんて無理だ……!)


 それよりも。今は愛璃の貞操が……!


 僕は神に縋る想いで、手錠で拘束された指先を動かした。


(点と点を、線で結ぶ……!)


 せめてあの小瓶を倒して中身を空にしなければ。

 そんな想いで、小瓶の先端と牢屋の壁の隅を繋ぐ。


 すると、糸がぴんと張った拍子に小瓶が壁方向へと引っ張られて宙に浮き、中身がギリダの顔にかかる。


「なっ……!」


 最強剣士であるギリダも、まさか小瓶がひとりでに動くとは思わない。

 不意の目潰しを食らって、ごしごしと顔に付着した液体を拭った。

 それを、慌ててゲスツィアーノが止める。


「バカっ! それは摩擦で効力が増すんだ! ああもう、今解毒薬を……ちょっと待ってろ。いいか、興奮してきたからって私の花嫁には手を出すなよ? お前が本気を出したら、私にも止められんからな」


 そういって解毒薬をとりに行こうとしたその腕を、ギリダが掴む。


「……はい。ユリウス様の花嫁には、手を出しません」


「……?」


「しかし、ユリウス様には、出します」


「「!?!?」」


 突拍子もない話に、僕も愛璃もゲスツィアーノですらも目を見開いた。

 わけがわからない、といった風にゲスツィアーノが狼狽える。

 だが。ギリダは掴んだ手を離さなかった。


「はは……すごい。なんだコレ。理性に対する魔力的破壊工作。内側からの一時的感覚操作、精神破壊……これならどんな薬物耐性を持つ者にも意味がない! こんな媚薬を作れるなんて。やはりユリウス様は天才だ……!」


「いや。お前に褒められても嬉しくないから。つか手、離せって」


「あはは! 冷たい! 冷たすぎませんかユリウス様! ボクが絶対にあなたから離れないと、心より信頼しているからこその塩対応……ああっ。堪りませんっ!」


「えっ。キモ……」


 薬によって曝け出される従者の内面。

 なんだか雲行きが怪しくなってきたのを察したゲスツィアーノが、後退りする。


 しかしもう遅い。


「ユリウス様。ああユリウス様……幼い頃、スラムのゴミ溜めでその日のパン欲しさに剣を振るっていたボクを、あなたは気まぐれに拾ってくださった。ボクにとっては、父で、母で、兄で、友人で……神様のようなお方です」


 そう言って、ギリダはゲスツィアーノを押し倒した。


「幼女趣味のどクズで変態なところはどうしようもないけれど。それでも好きなのだからボクの方こそどうしようもない。本当は、ずっと前からあなたの愛を受ける少女たちが憎くて憎くてたまらなかった! 全員いなくなればいいのにと!! あーもう、ダメです。あなたの薬には敵わない。ボクの理性はお終いだ」


 そう言って、ギリダは剣をすらりと抜いた。

 一閃、光が瞬くと、僕たちを拘束していた鎖が散り散りになる。


「「へっ……?」」


 まさか。逃がしてくれるのか?


 信じられないものを見るような僕らに、ギリダはポケットから取り出した鍵束を投げて寄越し、紅潮した、虚で冷たい視線を向ける。


「……失せろ。ウザったらしく幼い少女たちを連れて」


(!!)


「はぁ!? ギリダ、お前なに言って……!」


「あーあ。こんなことになるくらいなら、最初からこうしておけばよかった。それもこれも、全てはあなたの喜ぶ顔が見たくって……剣聖にまでなったのに。でももういいです。ボクの理性は壊れてしまった。ふふっ、ふふふ……!」


 僕はわけもわからないまま、だが本能に従って、弾かれたようにシアノを担いで愛璃の手を引く。


「行こう……!」


「え、永くん……!?」


「多分だけど……ゲスツィアーノは、もう表には出てこないよ」


 もしくは、出れないか。


 これだけ監禁装備が整った屋敷なんだ。

 歪んだ愛情を持つ従者が主を閉じ込めるには、ちょうどいい。


「ボクはこれからお楽しみだ。くれぐれも邪魔はしてくれるなよ」


 ゆらりとこちらの背を見送るギリダに背筋を冷やしながら、僕らはゲスツィアーノ邸を脱出した。

 捕まっていた多くの少年少女と共に。


「ユリウス様……真面目なあなたの騎士たるボクも、今日くらいは、ちょっとくらいハメを外してもいいですよね?」


「待て、待て待て、話せばわかる……!」


「わかりませんよ。だって……」


 ……話す理性なんて無いから。

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