第24話

 俺は夏目先輩から貰った本に傷がつかないように、丁重に取り出す。本音を言えば指紋や皮脂が付かないように手袋を付けたい所だが、夏目先輩の前でそんな奇妙な行為をするわけにはいかない。


「これって……」


 中に入っていたのは今日回った本屋で買った中古本ではなく、とても綺麗な新品の本が三冊。


 ライトノベルが1冊に、単行本が2冊。


 見た目も表紙もそれぞれ毛色が大きく異なるが、全て恋愛というジャンルに属している。


「ええ、あなたは見たことも聞いたことも無い本だとは思うけれど、絶対に気に入ると思うわ」


「ですね。ありがとうございます」


 最近は俺の中で恋愛ものブームが来ていたので、最高に丁度いい3冊だった。姉から頂いた本という事を抜きにしても最高に嬉しい。


「そう、良かったわ」


 と言う夏目先輩の表情は過去一レベルで穏やかで、慈愛に満ちていた。



 その後、時間だからとタクシーに押し込まれ、家に帰宅した俺はゆかりさんにご飯を作ってから就寝した。



 そして翌日、俺は予定通り次葉先生の仕事場にアシスタントをしに来ていた。


 筈なのだが、


「オラオラオラァ!!!」


「ちょっ!!待って!待って!!!」


「待ちません!」


「私漫画家先生だよ!?雇用主だよ!?」


「そんなん知るか!!!!!ぶっ飛べ!!!!」


 到着した仕事場では大乱闘が起こっていた。



 当然ながらゲームの方である。リアルなファイトではない。


「何やってるんですか」


「見ての通りゲームだけど」


「締め切り近いですよね?」


「大丈夫!問題ないさ!」


 そう自信満々に次葉先生は豪語しているが、火曜日の昼が締め切りである。


「明日は誰も来ないんですよね?」


「そうだね!でも大丈夫!」


「……まさか、酒飲んでます?」


「飲んでないれす!!」


「飲んじゃったんですね。皆さん、何故止めなかったんですか」


「気付いたら飲んじゃってた~」


 と呑気に語るのは江藤さん。呑気にしないでください。


「んあ?」


 と声にならない返事をしたのは、次葉先生をゲームでフルボッコにしていた国崎さん。この人も酒を飲んでいた。どうやら酒を飲むと口が悪くなるタイプらしい。



 そして残りの一人である森園さんはというと、机に座って真面目に作業をしていた。


 良かった。まともな人が居てくれた。


「森園さん、手伝います。何をすればいいんですか?」



「ん?嬉しいね。じゃあここの背景よろしく」


 と渡されたのはどう見ても次葉先生の作品ではなかった。なんだこれ?


「え?」


「私の同人誌を手伝ってくれるんじゃないの?」


 なるほど。だから男と男が交わる展開が描かれていたのか。


「次葉先生の原稿は!?」


 森園さんの同人活動はたしかに大切な事だが、今はそれよりも逼迫した問題、次葉先生の原稿があるのだ。皆してサボらないでください。


 怒られるのは次葉先生じゃなくて何故か俺なんだよ!?


「私の原稿?そんなの無いけど?そんなことよりゲームしようよ~」


 次葉先生は完全に酔っぱらった状態で近づいてきて、テレビの前に座らせるためなのか、俺に抱き着いてきた。


「あの……」


 酔っぱらった姉に抱き着かれた弟、という神イベントに遭遇し、本来ならば俺の心臓は天にまで飛び上がり、綺麗な花火となる予定だったのだが、今は酒臭い以外の感想が浮かばない。


 それだけ原稿が終わらないという事態は恐ろしい出来事なのだ。


「まあまあカッカしないで。一緒にゲームしようや。そしてこの魔王を討伐しよう」


 と言いつつ俺を膝に座らせた次葉先生。色んな柔らかい所が最高に……じゃなくて、


「だから原稿は!?!?!?」


 もう24時間切ってるんだよ!?誰かしらは危機感を持ってくれませんかね!?!?!?



「ふふん、私を倒せたらな!」


 と魔王チックなノリで言ったのは国崎さん。


「分かりました。三本先取で良いですか?」


「私は一向に構わん。かかってくるがよい」


 能力を隠すとかどうとか考えている暇ではない。さっさと倒して作業に入らせる。次葉先生は使い物にならないが、それ以外は大丈夫そうだからな。


 というわけで俺は一切の忖度はせず、国崎さんが先程選んでいたキャラに最も有利なキャラを選んだ。

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