第18話

「そうですね」


 俺はそれに付き従うのみである。




「ほら入りな」


「お邪魔します」


 そして案内されたのは廃ビルの一室。ただその部屋は綺麗に改装されており、人が住めるようなスペースになっている。


 不良がやりがちな犯罪その1だが、燐さんの場合は犯罪にならないらしい。


 親か親族の持っている土地からかと思って聞いた事があるが、どうやらそうではないとのこと。


「思ったんですけど、どうしてここを集合場所にしないんですか?」


 燐さんと会うのは毎回公園だが、結局公園では何もせずにここに来るのである。別に公園から近いわけでもなく、徒歩で10分くらいかかるのに。


 毎度疑問に思っていたので、今回聞いてみることにした。


「公園で会った方が趣があるだろ?夜空とか」


「意外と乙女なんですね」


「そうか?私みたいな奴は大抵そうだぞ?夜に外で集まっている理由の6割位はそれだけど」


「ヤンキーって意外と純真なんですね」


 夜の星が見たいからヤンキーって夜遊びが多いんだ。


 ヤンキーが田舎に多いのって田舎の方が自然豊かで夜空が綺麗だからなのか。なるほど。



 ……本当か?それ天文部じゃない?燐さんが言うのであれば信じるけども。


「だから私はヤンキーじゃねえよ」


 なんてことを考えていると燐さんはヤンキーだという事を否定してきた。全身がヤンキーファッションな上に廃ビルを改造して自分の場所にしているというのに。


 なんなら私みたいな奴で話をする時は毎回ヤンキーの説明なのに。本当にどっちなんだ。


「そうでしたね」


「分かればいい。とりあえず服脱いで横になりな」


「はい」


 俺は言われるがままにパンツ以外の服を脱ぎ、部屋の中央に鎮座している人一人が寝れそうな大きさの机にうつ伏せで寝転んだ。


「じゃあ後は楽にしてな」


「はい」


 背後から粘り気のある液体を擦ったような音が聞こえる。



 それから数秒後、燐さんは俺の背中に触れ、肩甲骨周りや首元等をぐっと押し始めた。



 いわゆるマッサージという奴である。当然健全な方の。


 粘り気のある液体とは何かしらのオイルである。ここら辺は知識が無いので全く分からない。


 パンツ一丁になったのはあくまでもオイルで服が汚れないようにするためであり、それ以上に深い意味は無い。


「どうだ?」


「すっごく気持ちいいですね」


 燐さんのマッサージの腕前は非常に高く、触れられた部位から順に体の疲れが溶けていくようだった。


 本物のマッサージ師からマッサージを受けた事なんて無いけれど、これは確実にプロだ。一回で1万は取れる。なんならお姉さん補正で10万は取れる。断じてエロい店じゃないが。


「そうか、不満があったらすぐに言えよ」


「はい」


 そっけない返事ではあるけれど、この反応的に嬉しがっていると思われる。


「にしても、毎度毎度よくここまで疲れを溜めてこられるもんだ。馬鹿みたいに硬い」


「姉とはそういうものですからね」


 姉は俺に幸せを施してくれる存在ではあるが、代わりに何かをさせられたり、してあげたりしないといけない相手だ。


 まあ普通ならそこまでの負担にならないんだけれど、俺の場合は姉が多すぎるからな。


「ってことは私と会うのも疲れるってことか」


 燐さんはそう言った後、唐突にマッサージの手を止めた。


「いやいや、そんな事は無いですよ。燐さんは特別です」


 俺は慌てて弁明した。こんなマッサージをしてもらって疲れるなんてわけがないじゃないですか。何を言っているんですか。


「特別?そうか、少年は姉に格を付けるんだな」


「いや、そういうわけでは……!」


 断じてそういうわけではないです。姉は総じて尊ぶべき存在なんですよ……!


「はは、揶揄って悪かったな。続けるぞ」


 燐さんは笑いながらマッサージを再開した。


「良かった……」


 危うく死んでしまう所だった……




「よし、どうだ?」


 それから約30分、燐さんは入念にマッサージをしてくれた。


「滅茶苦茶完璧です。今からフルマラソンを3時間で走り抜けられそうなくらいです」


「それはどっちの意味だ?」


「勿論両方ですよ!」


 姉にマッサージしてもらったという最高の出来事のお陰で精神的に元気になったが、純粋にマッサージの腕が良かったので肉体的にも元気だ。


「そうか」


「今すぐにでも店を開くべきレベルですよ!」


「ありがとう、励みになった」


「いえ、こちらこそありがとうございました。何かあったら言ってくださいね!なんでもやりますから!」


「何でもって言われても制限は……いや、少年なら何から何までしてくれそうだな」


「当然じゃないですか!」


 姉に社交辞令なんて言うわけが無い。全て本心からの賛辞である。


「分かった。じゃあ必要になったら頼むことにする」


「はい!」


 燐さんと別れを告げ、身も心も完璧な状態になった俺はウキウキで帰宅した。



 そして土曜日、ゆかりさんに朝食を食べさせてから急いで街に出た。


「遅すぎるわ、何分待たせたと思っているの」


 そして辿り着いた待ち合わせ場所には既に夏目先輩の姿が。


「夏目先輩が早すぎるんですよ」

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