第4話 自立したいの

ジョージが上手く見つからなかったのには、理由があった。


一つには彼が太ってしまったこと。


もう一つは、いつも女連れだったので違うと思い込んでしまったこと。


(だって、一応、婚約者がいるのですもの)



「ねえ、マーゴ、どう思う?」


古くからいるマーゴに話を聞いてもらうと、彼女は真っ赤になって怒り出した。


「婚約破棄したらいいじゃございませんか。そんな男、こっちから願い下げです!」


「そりゃそうなんだけどねえ……」


台所のちっとも豪華ではないが、よく手入れされて清潔な木のテーブルの前に座ったシエナは考え考え言った。


「このお話を、私の方から断ると、お父さまが困ることになるんじゃないかしら」


マーゴはバカではないので、黙ってしまった。


父の伯爵が、シエナの婚資という名目でかなりのお金をゴア男爵家から受け取っており、その大部分をすでに使い込んでいることをマーゴは知っていた。


まるで身売りである。


リーズ家の娘たちは、たがいによく似ていて、そして二人ともとてもきれいだった。


くるくると巻いた艶のある髪と紫色を帯びたような青い目、うっとりするようなまつげが陰影をつけていた。


レイノルズ侯爵の息子がどうしても欲しがったのは、リリアスの美貌故だったし、ジョージの親は身分狙いだったかもしれないが、明らかに息子の方はシエナの顔や姿に惚れ込んでいた。それなのに?


「学園にいる間、シエナ様がいらっしゃらないから、遊んでおこうとでも考えたんでしょうかねえ?」


多分、そのカーラ嬢とやらには、どうしても断れない婚約なんだとでも、言い訳しているのだろう。



だが、話は思わぬ展開を見せだした。


数週間後に迫ったダンスパーティのため、ダンスの合同レッスンが行われることになったのだ。


「頼むよ。ついてきてよ」


アマンダ嬢がいかにも弱ったという風に頼みに来たのだ。


「でも、特待生はダンスパーティには出ませんもの。会場に足を踏み入れるだけでも叱られますわ」


「でもさー、あんたがいると何となく安心なんだよね」


「安心?」


シエナはびっくりした。


多分、学園内で一番無力なのは、この自分ではないだろうか。


正体がバレていないから、誰も何も言って来ないが、シエナは姉のリリアスと同一視されている。悪女だと。少なくとも、カーラはリーズ伯爵家の娘はみんなあばずれだと噂を広めている。


きっと誰もかばってくれない。


お金がないのは、なんともみじめだ。何も買えない。それどころか、自分の未来がギリギリと喰われていってしまっていることを、シエナは実感していた。


姉のリリアスの運命は妹シエナの運命かも知れない。


親に決められた結婚で、彼女たちは売られていくのだ。


父のことを悪く言いたくはないが、どこかに気概がもう少しあれば、きっと姉のリリアスが乗り気でなかったに違いない侯爵令息との結婚を、娘のために断ることだってできたかもしれないのだ。

もし断れなかったとしても……でも、両親が実際にやったことは、その結婚を嫌がり顔色を悪くしていたに違いない娘のことなど見もせずに、高い身分の裕福な貴族と縁が出来ることだけを望んだのだろう。


娘の気持ちなど一切心に止めず、世間的に言って良縁だから、自分たちの利益になるからと深く考えず話を一方的に進めていった両親は、手痛いしっぺ返しに遭ったのだ。


父は実入りがいいからと、辺境を回る仕事に率先して出かけ、母は娘を恨んで心痛で実家に帰ってしまった。もう、リーズ家には関係がないと言わんばかりである。


「お前はバカな真似はしないようにな」


一月とか三週間の地方へ行く仕事に出るたびに父はシエナに釘を刺した。


信用されていないんだなあと思う。もっともよく考えたら信用される要素がない。



「どうにかしなくちゃ」


それこそ、魔法を使えたら。本当にシエナは願った。


「納屋には薪、食料品庫には小麦とじゃがいもとベーコン、そして着ていける服」


もう、それだけでいい。シエナは独り言をつぶやいた。


「お嬢様、何をおっしゃっておいでなのです」


「お祈りよ」


魔法なんかないのだ。お祈りも効果なんかない。頼れるのは自分だけだ。頑張らないと。




翌日、シエナは学校でアンダーソン先生に面会を求めた。


「なんですか?シエナ」


アンダーソン先生は、元特待生で、今は先生になっている。優秀だったからだ。

優秀だったら、女性でも仕事が出来るかもしれない。


「あの、先生、私、先生みたいに仕事したくて、何が出来るか相談に上がったのです」


アンダーソン先生は、貧しいなりをしているが、帽子を取ればキラキラした長い髪がまとわりつく嘘のように美しい顔を眺めた。


「仕事?」


いや、この少女にはきっと誰か男性が付きまとうだろう。


「あなたと結婚したい殿方は多いでしょうに」


やんわりと言ってみた。


「それ、嫌なんです。姉はそれで身を滅ぼしました」


今、リリアスがどこで何をしているのかわからない。


「何かが出来ないと、自分の力ではどうしようもなくなってしまう。誰かの思うままに流されていくのは嫌なんです」


「でも、婚約者がいるでしょう?」


シエナは首を振った。


「カーラ・ハミルトン嬢と言う恋人がいます」


「ああ。あのカーラ・ハミルトン嬢ね」


アンダーソン先生はなんだかため息をついた。


「二人は愛し合っています。私、お邪魔虫にはなりたくないんです」


アンダーソン先生は、もう四十歳を回ったくらいの年配の先生だった。生徒の恋愛沙汰についてもよく知っていた。女子寮の見張り役である舎監も兼ねている。


「あれを愛し合っていると言うのかどうか……」


先生は密かにシエナをかわいがっていた。


傲慢な貴族令嬢はたくさんいる。


傲慢でも、仕方がなかった。

彼女たちは親の権力や夫の権力を盾に、一生特別な存在であり続けるのだ。

理由があれば、傲慢も当然とみなされる。


でも、この少女は違った。


権力なんかなくて、無意識のまま、親に利用されているのだ。


「そうねえ。何をしたいと思っていますか?」


「とにかく一人でも生きていけるようになりたいんです」


アンダーソン先生は首を傾げた。


いや、本当に呪いのような美貌だった。

ここまで美しくなければ、誰も欲しがらないだろうから、はね返す力もいらない。アンダーソン先生自身のように学校で先生になってもいいし、伯爵家の令嬢なのだから、王宮の侍女になることだって出来る。

だけど、姉のリリアスを押しつぶしたように、この妹も誰か高位貴族の息子に見初められたりしないだろうか。


「やっぱり得意なことを活かすのが一番だわ。あなたは学業が優れていたわね。特に、外国語が」


「小さい時、親についてしばらくセドナ王国にいましたから」


シエナは熱心に言った。


「それに今も家で仕えてくれている女中のマーゴはセドナ生まれなんです」


アンダーソン先生は納得した。


「では、語学を磨くといいかもしれないわ。学校にはたくさん本があるし、先生もいる。王宮で通訳として働くことが出来るかもしれない。お給料もいいし、重宝されると思うわ」


そんな方法もあるのか。


先生はニコリと笑った。


「あなたなら、きっと一流の通訳が務まると思うわ」

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