第38話 インデックス・サーティン

 




 話の途中で何やら資料が配られていき、こちらに回ってくる間にインデックス・サーティンについての明かされた内容と、事前に知っていたことを頭の中で簡単にまとめてみる。


 ――百年前、各国、神々による大戦は突如として現れた新たなる神、正体不明、種族不明の通称、新乃神アラノカミ、またの名を新神シンジンにより終結、数十年間、新神は火種ひだねに対し力を振るっていたが現在、40年ほど前から姿を現さず、同時期、入れ替わるように最初の巨神獣、No.01<ナンバーゼロワン>が出現、各国は巨神獣を看過できない脅威とみなし、これに対応するため協議のもと対応策を講じた、その主な一つが二十年前に共和国と共に創設された、全種族から選ばれ構成されるインデックス・サーティン、略名“IS”である。


 次に、手元にある絵の描かれた資料に目を通していく――


 ◎巨神獣の概要。


 目撃された姿、能力等の特徴はどれもかのクトゥルフ神話に登場する彼らを模している。


 以下、目撃された個体一覧。


 ●No.01 type. 大いなるクトゥルフ。

 撃退難易度区分SS.


 最も目撃情報の多い個体。


 特徴 タコの様な数十本の手足、大きな翼。


 全長 30メートル~40メートル。


 能力 伸縮自在の手足による近接、遠距離攻撃。飛行、範囲20メートル以内の対象へ催眠、悪夢。


 ●No.02 type. イタクァ。

 撃退難易度区分SS.


 目撃情報多数。


 特徴 赤褐色の身体、鎌型の牙、爪。


 全長 25メートル。


 能力 出現に伴う嵐、浮遊、音速移動、空間斬裂。


 ●No.03 type. ハスター。

 撃退難易度区分不明。予測SS+


 目撃情報 2.


 特徴 黄色の衣。


 全長 15メートル。


 能力 不明。


 ●No.04 type チクタクマン. 撃退難易度区分SS


 巨神獣使い、ARTSの愚者に従属。

(補足、巨神獣使いとはその名通り、巨神獣を使役する者達の総称である)


 目撃情報、2.


 特徴 機械を依り代にし、特定の姿は無い。


 全長 30メートル~???


 能力 電磁砲、再生。能力は依り代により変わると予測される。


 ●No.05 type. イゴーナロク。

 撃退難易度区分SS.

 五十嵐 喰邪・D・ウォーズにより討伐済み。


 目撃情報、1.


 特徴 頭が無くたるんだ腹、両手の口。


 全長 30メートル。


 能力 一切の外的ダメージを受け付けない弾性の身体、両手の口、触手の様な舌に舐められたことによる植物化。


 ●No.06 type. グラーキ。


 撃退難易度区分S+


 目撃情報多数。


 特徴 蛞蝓に酷似、背部には棘のある頑強な甲羅を持つ。


 能力 身体から分泌される粘液は金属、タンパク質を分解、棘の射出。


 全長 15メートル。



 ●No.07 type. アイホート。


 撃退難易度区分S.


 目撃情報多数。


 特徴 蜘蛛に酷似。


 能力 粘性の糸(絡め取られた場合、胎内へと多量の卵を植え付けられる為、No.07には遠距離、主に上空からの対処が有効、羽化までは3分とかからない)。


 全長 3メートル。



 ――以上が現在確認された個体である。


 巨神獣に遭遇、目視による錯乱に備え魔力許容量及び精神体制必須(基本、年老いた者ほど強く、若いものほど弱い)。


 巨神獣の幼虫である白昼夢の悪鬼は狂気に触れたヒトの成れの果てとされる。


 目撃情報は確認されていないが、出現した場合の撃退難易度尾区分SSS+、もしくは撃退不可能とされる個体名はtype.アザトース、type.ナイアルラトホテップ等の違いである。

 遭遇した場合、情報を遺すことを優先。


「巨神獣はなんの兆しもなく現れ気付けばそこに居る。奴らは天災級の脅威だ、だが、あくまでものであり、ということが重要だな」


 描かれた異形の絵を眺めていると師匠がそう付け加えた。

 確かに、彼らが本物だった場合、人類に勝ち目はないな、彼らはあまりにも便すぎる。


 ◎補足。


 冒険者階級制度(高位から順に)。


 ・神位階級(最高位、入れ替わり制、世界に席は一つのみ)。


 ・夢幻ノ泡沫。←ちなみに黒奈瀬はここらしい。


 ・羅刹階級(インデックス・サーティン加入条件の一つ)。

 

  ――ここのラインは超えるのが困難とされる壁――。


 ・六花階級。


 ・時雨階級。


 ・待宵階級。


 ・忘れ水階級。


 ・桜花階級。←最も人数の多い階級。


 ・青藍階級。←俺とツキはここ、まだまだ初々しいな。


 ・青階級。


 ◎難易度による適正の冒険者階級。


 例1、撃退難易度区分Sは六花階級二人以上での対処が適正。

 例2、撃退難易度区分SSは羅刹階級三人以上、また、夢幻ノ泡沫一人以上での対処が適正。

 例3、白昼夢の悪鬼は討伐難易度区分S+、時雨階級三人以上が適正。

 例4、フレイムフェニックスは討伐難易度区分A+、忘れ水階級二人以上、待宵階級一人以上が適正。


 夢幻ノ泡沫の戦闘能力は、桜花階級10万人以上に匹敵。


 ……更に資料を捲っていき次ページへ。



 ◎敵対組織、オールリバース・リバーシブル・タロット。

 通称ARTSアーツ.

 7年前に各国へと宣戦をし、共和国を半壊させた組織。


 以下、推測されるARTS構成員の応戦難易度区分。


 ●Ma.00 愚者。 ヒトグループ、人族。

 応戦難易度区分S+~

 巨神獣使いであり、単身か同時に現れるかによって難易度が変動する。


 ●Ma.01 魔術師。 妖精グループ、エルフ族。

 応戦難易度区分SS.


 ●Ma.02 女教皇。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分SS.


 ●Ma.03 女帝。 ヒトグループ、獣人族。

 応戦難易度区分SS+.

 皇帝とタッグ。


 ●Ma.04 皇帝。 ヒトグループ、獣人族。

 応戦難易度区分SS+.

 女帝とタッグ。


 ●Ma.05 法王。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.06 恋人。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.07 戦車。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分SS+.


 ●Ma.08 力。 グループ不明、種族不明。

 戦車と同一人物。


 ●Ma.09 隠者。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.10 運命の輪。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.11 正義。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.12 吊るし人。 ヒトグループ、人族。

 応戦難易度区分SS.

 転生者と判明。


 ●Ma.13 死神。 天界グループ、天使族。

 応戦難易度区分SS~

 巨神獣使い(発言からキノトグリスと予測)。


 ●Ma.14 節制。 グループ不明、種族不明。


 ●Ma.15 悪魔。 悪魔グループ、吸血鬼族。

 応戦難易度区分S+.


 ●Ma.16 塔。 悪魔グループと推測、種族不明。

 応戦難易度区分SS+.


 ●Ma.17 星。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.18 月。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.19 太陽。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 ●Ma.20 審判。 ヒトグループ、人族。

 応戦難易度区分SSS.

 転生者と判明。


 ●Ma.21 世界。 グループ不明、種族不明。

 応戦難易度区分不明。


 補足、応戦難易度区分不明については現在目撃情報が無く、人物像が掴めていない。


 ……数十枚に及ぶ資料はこれらについて更に詳細な内容を書き綴っている。


 巨神獣は人口が多く多種族の集う場所に出現する習性を持つとされ、共和国の創設は囮の役割もあるといった内容も見受けられた。


 これらの資料は情報漏洩防止の為にもらうことは出来ないようなので頭の中に無理矢理叩き込む。


「……國満、大凡おおよその事は分かったと思うが、ここに集まったメンバーはそのインデックス・サーティン、各国からの指示のもと動く巨神獣、ARTSの対策本部だ。表向きは共和国の警備、問題解決の役割だが実際は管轄が違う」


 辺りの顔ぶれを改めてみてみると、どこか暇そうにしているもの、終始微笑んでいるもの、イライラと落ち着きのないもの、身体のサイズ程の瓢箪ひょうたんで酒を飲んでいるものと、いろいろ。空席は三つあった。


 ツキは資料の絵をじっと見詰め静かにしている、黒奈瀬は俺と違って事前に知っていたのだろう、驚いた様子はなかった。


「そんなあり方から資料にもある通り、少し特殊な依頼が住民から回ってくることもあるな」


 今さらだけどこれってツキも見てていいのかな……お咎めは無いし、いいか。


「……次に、新規加入の話の前に簡単な自己紹介を既存のメンバーから順に行っていく。まずは形式として俺から、悪魔グループ、鬼人族の五十嵐 喰邪・D・ウォーズ、役割はクラブのキング、まァ、最高司令官の立ち位置だと思ってくれたらいい」


 師匠は次におもむろに服の襟を捲ると、胸元には黒の“K”の文字、頬にクラブのマークが浮かび上がった。


「これが一応インデックス・サーティンのメンバーであることの証だ、メンバーにはそれぞれ体のどこかに刻んでもらっている、こうして魔力を通すことで皮膚に浮き出る仕組みだ」


「それ! めっちゃ便利なんだよねえー、この前もレストランでちらっと見せたらタダにしてもらったし」


 ……職権濫用の四文字が浮かんだ。


「ふふっ、じゃあ次はアタシ、よね?」


 パンと手を叩いて立ち上がるのはワイシャツの上にベストを着たガタイの良い男。

 民間伝承でよく聞くようなピンと尖った耳にウェーブがかった綺麗な銀髪、神秘的な雰囲気、まさかだけど……


「名前は京極きょうごく 重行しげゆき、妖精グループのエルフ族よ、役割はクラブのクイーン、主な仕事は情報収集と、忙しなく動く現場主義の喰邪に変わって一時的な司令塔、副官的な立ち位置も務めさせてもらってるわ、分からないことがあったらすぐに聞いてちょうだい、可愛い男なら大歓迎よ」


 やっぱエルフ族か!! ……え、この世界のエルフって皆あんな感じなの? 違うよね? 違ったはずだ。

 席に座りなおす前にウインクをしてきた、……上手だな、ウインク。


「では次は、私の紹介を済ませておこう」


 置かれた灰皿に煙草を押し付け、椅子を引き立ち上がり、そう名乗った焦げ茶のコートを羽織った長身の女は、肩に掛からない程の暗い茶髪にマゼンタのインナーカラーが良く目立つ髪型をしている。


「名は桐鐘院どうしょういん ゆう・H・ダーツ。ヒトグループ、人族だ、役割はハートのジャック、京極と同じく情報担当」


 ……知っている顔だった。


「久しぶりだな少年、元気そうで何よりだ」


 巡り合わせに声が出ず、軽いお辞儀だけになってしまう。


 次にガタっと席を立つ音は唖然とした頭を切り替える。


「はいはーい! 次はあたしだねー! 名前は朝比奈あさひな 心春こはる・S・エマ、悪魔グループの夢魔族のサキュバス! 役割はハートのサイスで、アピールポイントは、えーと、悪い男の子にひかかった回数は百超えてます! あ、後のみんなと同じく機動隊てきなポジションです! よろしく~!」


 露出度の高い赤く派手なゴスロリ衣装、腰には小さな翼、朝比奈心春は座る際にこちらに小さく手を振った。


「…………なんで……」……お前までこの世界にいる?


「みつにぃ、どうしたの?」


 不思議そうに見上げてくる。


「……いや、なんでもない」


「そう? あとね、そ、その……す、墨音ちゃんが……」


「え、どうした?」


 声量を抑えて言うツキの目線を追って黒奈瀬を見てみる。……うおっ、こわっ!? なんで!? 目が怒ってる! 表情はあまり変わってないのに! あんなの見たこと無い!


「俺なんかしたのか……」


「あとであやまっておこうね?」


 ……なんで??


 気付くと自己紹介は途切れ、辺りは静まり返っていた。


「次は青君でしょ、ほらほらたってたって」


 朝比奈は隣に座る素肌に皮ジャケットを着ただけの男に声を掛けている。腕を組んだまま微動だにしない男の頭部に生えた二本のツノは、空想上の悪魔そのものを彷彿とさせた。


無良星むらぼし あお・I・ラヴァ、ダイヤのデュース、悪魔グループ、夢魔族、インキュバス、機動隊リーダー」


「ああもう、ちゃんと立っていいなよー、あとほら、アピールポイントとか言ったほうが印象良いよ、ただでさえ愛想がないんだからさ」


「趣味は女のケツを叩くことだ」


「……はぁ、あのさ、それじゃ印象悪いって」


「取り柄は顏だ」


「それもどうかと思うんですけどー」


 男はあからさまに大きなため息を吐く。


「なんだ、構ってほしいのか? 今夜でいいか?」


「だめでーす、あたしこの世界ではその辺しっかりするって決めてるんだから」


 ……キャラ濃いなー、水で1:3で割った方が飲みやすそう、でも俺は濃い味が好みか。


 次は……ん、あそこは空席か……


「あの席はAS.type-01、某と同郷、機械族の者、所要で今は出払っているところ」


「うわあっ! しゃべった……」


 右隣からの声にツキは大きく驚き、しまったと慌てて口を押えている。


「そうなんですか、ぜひお会いしてみたいですね、……その、お触りもありですかね?」


 きっとロボさんと同じく男心くすぐる見た目をしていることだろう、初見の抱擁は流石に自重すべきかな、興奮してまさぐり兼ねないし……


「某とはタイプが違う、それは傍からみれば少々不健全だと思われる」


「……なるほど、ヒューマノイドですね」


 それもそれで嫌いではないけど、どっちの性別を模しているかによって話がだいぶ変わって来るな……いや、どっちもダメか。


「ぷはあー! ほな次は儂じゃの!」と、オレンジ髪の少女が立ち上がろうとしたところで――


「まて! 俺様が先だ!」と何処からか甲高い声、二つ並んだ空席の一つから影が跳ね、テーブルへと着地。


 それは頭からつま先まで全身鋼の甲冑の小さな人だった、ツキは身長140㎝ほどだけど、さらにさらに小さい……60㎝くらいだろうか? 小さな体が特徴といえばドワーフ、なんだろうか? でもあんなに小さかったっけ。


「なんや自分おったんか、何故そういつもそのサイズでいるんじゃ、甲冑も暑苦しそうじゃし、せっかくの威厳も無いんとちゃうかの?」


「黙れ! 矮小なるヒトグループよ! 俺様の名はケイル! 世界最古の神、アイテール・ウラノス様の使い、天界グループの巨人族だ! 役割はダイヤのケイト! よろしくな! 不埒な悪魔と堕ちた天使!」


 素早くそう言い切り、逆再生するように席へと跳ね戻っていった。


 以外にも彼は巨人族らしい、ではなぜあの大きさなのだろう……伝承通りの大きさだとまぁ、不便か……


「こほん、儂の前になんやちっこいのが入った気がするけど仕切り直して名乗ろうかの」


 大きな瓢箪をドンと置き、これまた小さいのが椅子に仁王立ち、ボサついた髪に、サファイアの瞳、毛皮の服、立て掛けた武器はたぶん斧だろう、幼さの残るその少女の顏は、ほんのりと赤らんでいる。


斗土地ととち魅繰みくる・Z・ポポ。見た目は女の子、齢88の中身はおじさん、部位は漢、役割はダイヤのシンク、妖精グループのドワーフじゃ、今後ともよろしゅうのう!」


 瓢箪を手に取り、中身を一息に仰ぐと席に胡坐を掻いて座りなおした。


 …………え? 今なんて言った? おとこのこ……男、漢? 部位……中身はおじさん、挙動はおっさん……


「あのすみませんロボさん、あの人、斗土地さん女の子って言いましたよね? おじさん、なんて言ってないですよね?」


「解析結果、Error……性別、断定不可能、未知数の生命体と推測、特定の部位はにより、新分類は“漢の娘”とする」


 ……あー、そろそろ疲れが回ってきたんだろうな……隣からの音声がよく聞き取れなかった。


「新人くんは飛ばすから次は僕」


 上座あたり、黒奈瀬の隣から声、だがその位置もまた空席である。


「あーごめんごめん、身体の大きさをいま合わせるよ」


 ひらりと小瓶ほどのサイズの人が舞う、服装は白のハットと白の燕尾服、背には薄く綺麗な羽がピンと伸びていた、あれは間違いない、妖精だ。


 舞った妖精は瞬きの間に、人間の平均的なサイズへ変わり、地面に降り立ち、足を揃え軽く一礼をする。


「名前は山田太郎・P・スミス。容姿とおりの妖精グループのピクシー、役割はスペードのセブンだよ、初めましてお二方、いや、お三方、これからよろしくね」


 彼は銀縁のメガネを中指でかけ直し、糸目を薄く開くと、白縹しろはなだ色の双眼をこちらに覗かせた。


「綺麗な目ね」


「ありがとう、光栄だよお嬢さん」


 黒奈瀬と彼のそんな会話が微かに届いた。


 今のところ名前を聞く限り分かったことは、ここにいる殆どが転生者ってことだ。


「……あー、だりぃー、長々といつまでしてんだこんなこと、小学校の発表会かよ」


 テーブルへと足を雑に乗っけて男は言う、頭部にオオカミのように尖った耳と、椅子から垂れさがった毛深い尻尾が確認できる。


「まったくだめねポチ、お行儀がなってないわね、いつもいつもあれだけ躾けているというのに、……やっぱりエサの一つでも持っていたほうがいいかしら?」


 赤い頭巾をかぶった少女はやれやれと煽るように言う。


「お前ぶっ殺すぞ、俺を犬っころと一緒にすんじゃねえって何回も言ってんだろ、いいか? 俺はオオカミだ、孤高のな」


「やだやだ恥ずかしい、孤高だなんて自分で言っちゃって、私、顔から火が出てしまってはいないかしら? ポチ」


「はい殺す、いま殺す、表でろチビ」


「ちょっとちょっとー! 二人とも今日はその辺にしなってー! 仲がいいのは良いことだけど、あとがつかえてるんだからさー」


「んだと朝比奈ァ!! お前も今コイツと一緒にぶっ殺してやる!! 覚悟しろよ、ァア!?」


 あれれ、何やらいつの間にか一触即発の雰囲気、それに会話内容からは今回に限ったことではないらしい、ここで止める役目は誰になっているのだろう。


「やめるんだ荒木場、気に入らないことがあると高ぶってしまうのは君の悪いところだよ、熱いのはなにも悪いことではないがね」


「あん? クソっ」


「やだやだ、やっぱり悠さんには弱いのね」


「んだと!?」


「享真ちゃんはいつも雄雄しくて素敵ねぇ、アタシ達オカマ仲間の情けない顏を見てみたいランキングトップ10入りをしてるのも頷けるわ、20人で相手してあげるから今度どう? 今日でもいいわよ、いつでも空いてる、違うわね、いつでも開けてア・ゲ・ル、享真ちゃんの為にならね、んんちゅっ♡」


 過激な投げキッス、ハートのリングが飛んでいく、……あれどうやってんの?


「き、きめえ……」


 荒木場あらきば 享真きょうまと呼ばれた男は顏を引き攣らせ、おとなしく腰を下ろすと、ばつが悪そうに俺は飛ばせと先を促した。


「はあ、仕様がないから次はわたしの番ね」


 頭巾の少女は立ちあがり、フルーツが盛りだくさんに入ったバスケットをテーブルに置くと、身だしなみを整えるように乱れたスカートを払い、両手を前にお辞儀をした。


「わたしはマキナグループ、絡繰族の、トゥルトット・アカズキン。役割はダイヤのナイン、戦友として、良き友人として、これからよろしく」


 言い終えて、赤ずきんと名乗った彼女はバスケットを大事そうに抱え直して着席した。


「某の番のようだ、巨体故動き難い為、この状態で挨拶を済ませることを許してもらいたい」


 お、きたきた、やっとロボさんの名前が分かるぞ、覚えやすいのが良いな、あまりにも機械名ぽいと呼びにくいし。


「個体名は、火之迦具土神紅葉芭波ヒノカグツチクレハバッハ、所属はマキナグループ、機械族、役割はスペードの10テンだ。対巨神獣等の武具、戦闘に活用できそうな物資の提供は某ら機械族が行っている」


 ……へえ、意外にも和を感じさせる名前、火の神様がモデルなのかな、なんて呼ぼう? 火之さん、紅葉さん、芭波さん……


「今回来れていないヤツもいるが、ここまでで既存の構成員、幹部の紹介は終わりだ。次に、空いた席に今日から着くことになった二人の新メンバー、仲間の紹介に移る、順に呼ぶから立ってくれ」


 ここまでずっと静観していた師匠はそうい言って、坦々と続ける。


「始めに、ハートのエース


 え、ハートのエース……? ど、どっちだ、しつこく何回も言うけどなにも知らないし、なにも知らされていないぞ、流れ的に俺か黒奈瀬なんだろうけど……いやまて、ツキの可能性もあるのか、なんか最初から当たり前のようにいるし、まさか部外者なのは俺なのか……恥ずかしくなってきた……だいたいもうA以外残ってなくないか……サーティンってトランプの数字のことだよな……


 悩み悶える中、席を立つ音が聞こえてくる。


「顔見知りも何人かいるけれど、そうじゃない方は初めまして、今日からここに所属することになる天界グループ、天使族の黒奈瀬墨音よ、エースの席として、戦いの場に於いては先陣の役目を務めさせてもらうわ、よろしくね」


 言い終えると周りからは歓迎の眼差しと挨拶が返ってきていた。


「五十嵐が言っていた夢幻ノ泡沫はコイツのことだったのか、墨音と言ったか? 

 今夜はオレとどうだ? 強い女は好みだ、……ツラは最高、タッパは許容範囲か、胸とケツはもう少し欲しいがそこには目をつぶろう」


「……え、ええ……」


 どう答えたらいいのか、珍しく若干押され気味になっている。

 ああいう押しには意外にも黒奈瀬は弱いのか、都会に行ったら危ない子だ。


「こら青くん、すぐにそうやって可愛いと思った女の子に目つけて、すみちゃん困ってるでしょ」


「なにをそう怒っている、オレはただ、これから仲良くしていきたいから遊ばないかと誘っているだけだ、なんだ、妬いてるのか?」


「違うし! 青くんが言ってる遊ぼうは不純な意味でしょ!」


「お前はオレのことをなんだと思ってる、遊ぶとしてもベットの上でダンスだ」


「不純じゃん!!」


「安心しろ、前世では第二種運転免許を持っていた、女の乗りこなしには定評がある」


 上着を脱ぎ立ち上がって、彼は黒奈瀬の方へ悠悠と足を運んでいく。


「あーもうっ! 青くんもう黙って! 動かないで! あとさ! 乗るのは逆じゃん!」


 朝比奈は行かせまいと頭を引っ掴み、力任せに床へと叩きつけた。彼はめり込んだままにピクピクと数回痙攣…………動かない……え、死んでない?


「よし、次の紹介に移る」


 ええっ!? 師匠動じてない!? 結構いろいろあったんですけど!? これまさか日常茶飯事なのか。

 ……くすくすと笑い声が聞えてきたのは、胸元からだった。


「これはまだ正式ではなく仮になるが……」


 言って目配せ、……フフ、俺だ……立てばいいんだよな……

 ツキを一人座らせて、名乗ることに――


「皆さん初めまして、悪魔グループ、吸血鬼族の國満新タ・V・アルクです。趣味は皆さんを笑顔にすることです、……ははっ、なんちゃって……」


「あれはツッコんでええやつかの?」


「こほんっ、……役割は……えっと……」


 なんだ……? と疑問に思ったところで――。


「まさかだけどよ五十嵐さん、……そいつにJOKERジョーカーの席を譲るってワケじゃねえよな? だとしたら俺は反対だぜ」


「あらら、反論があるなら理由を言うのが筋なんじゃない?」


 隣の頭巾の少女に彼はわかってるよと舌打ち、空けた口からは獣の牙を垣間見せる。


「JOKERってのはな、トランプゲームで大抵が切り札の役目を担ってんだ、そのカード一枚で戦局を覆すことができる、場に明確な変化を与えることができる、相手には混乱を、こちらには優位を、てな具合によ、……そんな大層な役割に、なよなよしたそいつが務まるとはとても思えねえよ、先任とは天と地どころじゃねえだろ」


「よろしくと言った手前すまないけど、僕も享真と同じく賛成できない」


「ほんまにかんにんなあ、酔いがまわっておったわ、喰邪の紹介とはいえ、よう考えてみればお主の実力も良さもなんも知らん……せやから儂も、簡単には賛成できんのう」


「あー、うーん……色々惜しいけど、やっぱりあたしも反対かなー」


 続々と反対の票が重なるのが聞こえてくる。


 ……あれ、なんだか幸先が悪そうだ。……当たり前か、あまりにもぽっと出すぎるし、冒険者階級も下位中の下位、今までが運よく順調だっただけ。


 でも大丈夫だ、焦ることはない、安心していい、なぜならば我らが口達者の黒奈瀬さんがどうにかしてくれるからね、だってほら見てみろ、今にも爆発寸前、怒り心頭といったご様子で、指でテーブルをコツコツと叩いている。


 ……やれやれまったく仕方がないやつだな黒奈瀬は、俺の為に怒ってくれているのだろう、たぶん今は頭のなかでこれから始まるであろう会話を複数のパターンに分けて組み立てているところ、だからきっとすぐにでも反論に対し反論して、その饒舌な舌をまわしにまわし、この場をまるっと丸く収めてくれるに違いないさ。


 だから俺はそれに乗っかるまでさっ。


 俺の期待の眼差しに気付く彼女。


 俺はやってしまえとウィンク。


 黒奈瀬も分かってるわよまかせなさいとウィンク。


 思索の間、彼女はついに弁護を開始する――


「確かにそうね、私も同意見だわ」


「ったくよ、その意見、俺も賛成☆」


 パチンと指を鳴らし、賛成意思表明、このまま多数決で決まりそうな、そんな民主主義国家空間を俺は黒奈瀬と共にくつがえぇ…………ううん? はれ?


「ちょ、ちょちょちょっと黒奈瀬さん!? そこは俺に味方してくれるところだろ!? パチンパチンとウィンク交わしあったし! なんかそれっぽくなってたんだけどな!?」


 黒奈瀬はこちらの抗議にうんうんとあしらうように頷いている。


「フっ、分かってんじゃねえか、それにコイツは間抜けなツラしてやがるしな」


 なっ、か、顔関係ないよなっ!?


「確かにそうね、彼は常日頃、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をして過ごしているわ、でもね、そこは彼の愛嬌ではないかしら?」


 反対票に投じたクセに謎の擁護。


「はぁ? 強さに愛嬌なんていらねえだろ……」


 はは……ごもっともである。

 ……というかそんなとこで議論しなくてもよくない? なんかすっごい恥ずかしいんですけど…………


 俺の羞恥を他所に、反対の声が続々と増えていくのが聞こえる。

 師匠までちょっと流されている……この流れのままに終わるのか……

 ……あの、一応俺、あなたに恩を返すために絶対に入りたいんですけど……


 もうダメかもしれないと自然と項垂れ、ツキを膝の上に、俺は席へ座る。


 ……川が上から下へ流れるような、スムーズな話し合い……俺のことなのに俺は蚊帳の外……だれか疑問をもってくれよ、この満場一致のパラドックスにっ。


 それともおかしいのは自分なのだろうか……


 同調圧力、気付けば俺も、この愉快なパラドックスに嵌りそうになっていた。


「あ、あたしはみつにぃ良いと思います!」


 ツ、ツキ!? 救いの手ここにあり、お兄ちゃん泣きそうです。


「あ? つうかよ、ずっと気になってたがお前誰なんだよ」


 剥き出しの鋭利な矛先は唯一異論を唱えたツキへ。


「梓川咲月・V・アルク、みつにぃの付属品です! よろしくお願いします!」


 そこまで自分を下げなくてもいいんだよ。


「ぁあ? 守ってもらう側の分際で女子供がここになんの用だ? 足手まといにでもなりに来たのか? ハッ! 悲劇のヒロイン気取り、守ってください私の王子様ってか? イイ趣味してるじゃねえかよ」


 彼は言葉を溜めるように息を深く吸い、吐きだす。


「わざわざここまで来てくれたんだ、帰りの手土産ついでにためになること教えてやるから身支度済ませておけ、…………いいか? お前みたいな頭お花畑馬鹿のせいで身近な奴から死んでいくんだ、俺の言ってることわかるよな? 気づかない内に自分で誰かを殺しちまうって言ってんだよ、……例えば、そうだな、そこに居るお兄ちゃん、とかな、いまの立場を変えようとしてるんだろうがまだまだ弱いんだよお前は、努力が足りねえ、舞い上がってんじゃねえ、お前じゃ守る側になんて到底なれねえんだ、さっさと失せろ、共倒れの自殺行為だ」


 あまりの拒絶的な返し、ツキの表情は俯いていてこちらからはよく窺えない、でも感じる雰囲気にはショックも怒りも悲しみも伝わって来ず、一方的に放たれた言葉を、静かに受け止めている、そんな気がした。


 反論はなく、ずっと黙っている、だからこそ、言わなければならない、ここで怒の感情を行使するべきは、自分。


「やめてくれ、それ以上……言ったら」


「ぁ? ハッ! ここでヤる気か?」


 煽る眼前の男へ、目を合わし、大きく瞼を開けて捉えて、俺は、そっと口を動かした。


「ネコオオモドキモドキ、にしちゃうぞ」


 冗談めかしか、いいや違う、彼が獣人族ならばこれで伝わる。


「…………なんだと……おい」


 今までのとは違う、確かな怒りとヒリつく空気。周囲に緊張が走る。


「みつにぃ……?」


「……あらら、一触即発? 収拾がつかなくなりそう、でもこれはポチが悪いけれど」


「お前は黙ってろ、赤ずきん」


 殺意混じりの怒気と共に飛来してきたのは大型のハンマー、頬をかすめ、背後の壁を破壊する。


「……それ……わたしの……」


 そのまま彼はスッと立ち上がり、衝動のままにこちらに右拳を振り上げ――


「ちょっとちょっと待ちなさいよまったく、血気盛んねえ、くんずほぐれつは見るのも参加させてもらうのも好きだけど…………場所を選べよ、規模を考えろ、一人遊びならシングルで十分だがペアで暴れるならキングが一番、そうだろ?」


 ドスの利いた制止の声はエルフから放たれた。


「クハハハッ! そうだな、京極の言ってる通り一旦場所を変えよう、なにも興を削ぐってわけじゃない、互いの実力を知るのには良いキッカケだ、溜まった鬱憤はすぐに晴らしちまった方が良い、そこで認められなかったら國満はそれまでだった、って事なんだからよ、それでいいか荒木場?」


「ああ、いい、とっとと始めさせてくれ、二度とでかい口利かせなくさせてやるよ」


 師匠が立ち上がる、それを合図に俺を含め全員、場を移すこととなった。









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 ●ネコオオモドキモドキ

 大昔、突如として獣人族の都に現れた大魔獣。

 かの大魔獣は大きな猫の姿をしており、獣人族の都に招かれた人間族、及びエルフ族を喰い殺し、その日、都を一夜にして滅ぼしたと伝えられる。

 生き残った一族必死の抵抗により、最期には力尽き息絶えた。

 その正体は、獣化した獣人族の一人であった。



 ●ちなみに席の配置図はこんな感じでした。


   K

 Q    J

 6    A

 2    7

 3    4

 8    5

 9    10

        JOKER














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