第17話 卵のアニキ




 梓川さん宅で眠りについてから、5、6時間がたった、秋の気象で少し肌寒く感じる中、青空に登った太陽が満遍なく大地を照らし、抱かれる様な暖かさを感じてくる白日。


「ん、ふわっぁ……アレ、何処だここ……俺は一体何をして……」


 起きてまず認識したのは窓から射し込む陽の光で見える浮遊するホコリ、そして本棚に囲まれた部屋、その部屋のベットの上でごろっと転がり仰向けになる。


「ああ、今梓川さんの家にお邪魔してんのか」


 カチッカチッと音を立てるアンティークな時計が目に入る。


 午後一時、お昼時、しっかり体内時計が狂っている。


「こりゃあ、明日の学校では爆睡だな……ふぅ……起きるか……」


 せーのでミシッとベッドを鳴らし起き上がる。


「そういや、毎朝日課のランニング……まぁ、いっか、……今日家帰ったら走ろ……」


 ルーズな思考を回しながらも朧げな頭の中を整理。今日って行っても帰るのは日を越した朝6時になるな、それまでは取り敢えず……


「ちょっと遠出するか……」


 咲月ちゃんとの会話から出てきた事で思いついた事があるので、今日はそれを果たす為に電車を使ってちょっとした一人旅をする事にした。


 なんせ田舎だからな、電車を使わないと大型ショッピングモール、ジャ〇コには辿り着けない。


 という事で、ガタンゴトンと人の乗車が少ない電車に揺らされながら、目的地へとシュッシュポッポー、それは機関車だ。トー〇スだ。そして俺はゴー〇ン派だ。


 追突も脱線事故もなく、あってもらっちゃ困るが、無事にショッピングモールへと辿り着いた俺は、モール内のエスカレーターに乗り、2階へと行く為の俺の足となってもらう。片道切符では無く往復なので帰りも頼みますぞ。

 …さすさす…と手すりを撫で、でも次使うのは君じゃなかったね、バイバイ、と別れを告げたところで、おのが足でそのまま書店へ。


 ⎯⎯そして今日俺が、ここまで足を運んだ理由だが、咲月ちゃんの興味のある物でも買って気を引こうと言う作戦を立てた為だ、俺の耳にした情報に寄ると、都会で財力のある男は若い女の子に興味のある物、主に高級品をあげたり、お高めのレストランに連れて行ったりあれやこれやして気を引くという……なに活って言うんだっけ……? 間違った情報じゃ無ければ良いが……


 若干不安が拭えないが取り敢えず書店で特にジャンルに拘らず何冊か買ってから、他に何か無いかなー、と詮索。


 田舎と言えども日曜日の昼にもなると大型ショッピングモールにはかなり人が集まってくる。顔を巡らして見れば、和気あいあいとした暖かな家族、見ればほっこりとするご老人夫婦、ゲーセンまで行くと賑やかに男友達でカードゲームで遊んでいたり、UFOキャッチャーの前では、イチャつくカップル、その隣の台では、イチャつくカップル、またその隣の台では、今まさにチュー寸前のカップル……他所でやれ、もう帰ろっかな……


 この世の地獄の中、非リアな心が抉られ心傷中、段々と居た堪れなくなって来て、自殺願望が芽生えそうだった……やっぱりアレだな、この世界は主観か客観ってだけで天国にも地獄にも見える、この世の真理だ。


 などと、この歳にして真理に気づき世界を達観した冷めた目で観ていると、動物の人形が入れ込まれたUFOキャッチャーの台を目視。


 認識。これは……議論の余地アリだな、いや、即断だ、やってみよう、何故ならそのUFOキャッチャーの台にはデカデカと『童話シリーズ、動物編』と銘打ってある。


 周囲がカップルだらけの中、胸を張り、堂々とした足取りでその台へと近づき中身を確認。


 ……紐で括られセットになった子ブタが3匹に、アヒル……みにくいアヒルの子かな、ツバメ……えっと、……オスカーワイルドの幸福な王子か、オオカミ……お腹が膨らんでいるから赤ずきんちゃんのおばあちゃんは食べられた後だ。

 ……なんてもの入れてんだ。更に視線を横にスライドさせると顔の付いた卵(なんで卵?)の隣にカラフルな洋服を着た真っ白なウサギ、ああ、なるほどアリス繋がりか、パンプティ・ダンプティだ……でもなんで卵? 中身がヒヨコだからって事? 謎のバリエーションに驚きつつも今回の捕獲対象を決める。


 そう、勿論、キリッとした濃い顔付きの卵では無く、その隣のウサギちゃん。


 ワンプレイ300円と、500円ツープレイがあるので、一回では流石に取れないだろうと言うことで500円の方にしようと決め、コイン挿入、童貞卒業。意外とすんなり入ってくれた……コインがな。


 という事で、愉快な音楽と共にゲームスタート、数個ある内の一つのボタンを押し、ウィーンと目的地まで動かす。

 これ、俗に言う確率機かな、ちなみにUFOキャッチャーは全然した事ないのでド素人だ、初めてなので初心者ラック頼み。


 間違えて卵の方にしてしまわないように慎重に落下予測地点を予想し、ボタンを離す。


 ……やっべ……ちょっとズレた、ど素人下手くそ露呈。でももう確定してしまった現実は変わらないので潔く隣のボタンを押し込みアームを落とす……ぬ、やっぱりダメかな。


 ウサギちゃんからズレズレのアームを見て早々にして敗北の未来を予知。


 下手くそが入れ込んだもう片方のアームは子豚ちゃんにぶっ刺さり、歪んだ顔は「痛い痛い痛いよー」と、泣き叫んでいるよう。


「……ごめんな、あんまり上手く出来なくて……」


 悔しさで苛まれる中、パッパラパーな音楽と共に上がっていくアームを諦観の目で見つめていると、ウサギのカラフルな服が地獄に垂れ下がった蜘蛛の糸に引っ張られるようにしてウサギの身体ごと上へ上へと昇っていく。


 バイバイウサギちゃん、行き先はどこだろう、極楽浄土かな……


 ……って!


「取れそうなんだけど!!」


 周りのカップルズのピンクな雰囲気をぶち壊すように思わず叫ぶ、だが、ちょっと目を向けられただけで、カップルズは直ぐにピンクゾーン。

 まぁいいや、どうやらアームはタグの付いた透明の輪っかに上手く引っかかった様だ。

 ……ちなみに輪っかの正式名称はセキュラーピン。黒奈瀬に教えてもらった。どうでもヨカッタ。


 横に移動するアーム、連れられるウサギちゃん、それに着いてくるニッコリと微笑む顔の付いた卵。


「……なんでやねん!!」


 思わずエセ関西弁を発動。


 仲良く連れ去られたウサギと卵は穴の底へと落ちていく。


「割れて無いよな……卵……」


 悲劇的な結末が脳裏に過ぎりつつも、ゲートオープン、ソコには落ちてパックリと割れたパンプティ・ダンプティ、は勿論居なく、姿形の変わらない顔つきの良い卵が健在、それと目当ての可愛いウサギちゃん。

 それを取りだしすぐ傍のフックに掛けてあったレジ袋に入れて残りワンプレイは隣のカップルに譲渡してやり、俺はピンクな世界からすたこらさっさとトンズラする。



「……まじ、どうすんだよ……卵……要らないんだけど……」



 ――予期せず取れてしまったとれたて卵人形の行く末に迷いつつも、ふと目をやると……袋の隙間からは、ニッコリと微笑む卵のアニキが居た⎯⎯⎯。








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