面倒なBBAに目を付けられた


「おはようございます、ライオ。少し、時間をいただけますか?」


「シヴァーナさま、おはようございます。どうかしましたか?」


 翌日、教会にて掃除を行っていたライオは、供を引き連れた女性に挨拶され、恭しく頭を下げた。

 ベールから靴に至るまで、白一色でまとめた出で立ちをしているその中年女性の名はシヴァーナ、このザルードの教会の責任者である女司祭だ。


 ライオの恩人となる司祭の後任であり、この街に生きる修道士を取りまとめる立場にある彼女は、静かな口調で彼を問い詰め始める。


「今朝、あなたの良くない噂を耳にしました。昨日、あなたは暴力を振るい、人を傷付けたようですね?」


「はい、その通りです」


「また、街で女性と連れ立ってどこかに向かうあなたの目撃情報も耳にしました。これも事実ですか?」


「はい、事実です」


「……申し開きがあるのなら聞きましょう。何か言うことはありますか?」


「ありがとうございます。では、その件についてお話させていただきます」


 顔を顰め、傲慢な雰囲気を放ちながら冷ややかな視線でライオを見つめるシヴァーナ。

 前任の司祭から彼の並外れた力を聞かされている彼女は、あまりライオのことを快く思っていないようだ。


 そのことを理解しながらも、同じ神に仕える者であり、自身の上司でもあるシヴァーナに対して、ライオは用意しておいた言い訳を口にし始める。


「僕が力を振るった相手は、か弱い女性に対して蛮行を働こうとしていた相手です。相手は説得に応じる気配もなく、三人組で武器を持っていたため、やむなく強硬手段を採ることにしました」


「まあ、それはそれは……! 襲われていた女性は無事だったかしら?」


「はい。その後、治療をしましたので。僕が女性と共にどこかに消えたという目撃情報は、その際のことでしょう。安全な場所で治療をしたかったので、自宅まで連れていきましたから」


「家に女性を……!? ライオ、まさかとは思いますがその際に淫らな行為など――」


「しておりません。私は神に仕える身。その誓約を破ることなどあり得ません」


「……そう。ならいいのです」


 不思議な反応だ、とライオは思う。


 男たちが女性を襲っていたと聞いた時には歓喜に顔色を染め、ライオが女性を家に連れ込んだと聞けば疑念の色を強める。

 どういう感情の起伏をしていればこんな反応を見せるのだろうなとシヴァーナに対して訝しさを感じながらも彼女とは真逆にその思いを一切表に出すことなく彼女の追及を躱したライオは、そのまま無言で上司の言葉を待った。


「事の仔細はわかりました。ですが、修道士として乱暴だったり、他人から疑われるような真似は慎みなさい。わかりましたね!?」


「はい、申し訳ありません」


 深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にするライオ。

 これで説教も終わりかと思った彼であったが、シヴァーナは続けて彼にこんなことを話し始める。


「そうそう、あなたは昨日、街に行っていたのですよね? なら、このような写真を売り捌く者について聞いていませんか?」


「!?!?!?」


 そう言いながらシヴァーナが懐から取り出したのは、モモのグラビアだった。

 どうして司祭である彼女がこの写真を持っているのか……と驚くライオへと、シヴァーナはややヒステリックな声で叫ぶようにして言う。


「なんて破廉恥なんでしょう! この女は、何を思ってこんな絵を描かせたのか……? 男に下着姿を見せつけるだなんて言語道断! 慎みのない、色情魔がする行為です! しかもその絵を街で売るだなんて、馬鹿げているにもほどがあります!」


「お、落ち着いてください、シヴァーナさま……」


「これが落ち着いていられますか! この絵を持っていた男の話によれば、売っていたのはモデルとなった少女とのこと! しかも、自ら服を脱いで宣伝するだなんて……! 愚かの極み! 愚の骨頂! その少女は魔に魅入られし悪魔か、サキュバスが化けた存在に違いありません! 一刻も早く、処罰しないと……!!」


 従者の言葉を遮って、一人熱狂した様子で叫び続けるシヴァーナ。

 彼女は気が付いていないが、思っていたよりも早くにモモの存在が教会に露見したことにライオは内心かなり動揺している。


 よりにもよって責任者であり、面倒な性格をしているシヴァーナに目を付けられるだなんて、マズいことになったぞ……と、彼が思案する中、そのシヴァーナが教会に響くような大声で叫ぶ。


「このような淫らな異物をばら撒く女性を野放しになどしておけません! 絵は全て回収し、この女には罰を与えなければ! ライオ! あなたも何か聞いたらすぐに報告しなさい! 男たちを調子付かせる不埒なサキュバスを神の名において成敗するのです!! わかりましたね!?」


「は、はい!」


 シヴァーナの剣幕に押されたライオは大声で返事をして彼女の言うことを了承する。

 そのまま、鼻息を荒げてこの場から去っていく司祭たちの背を見送った彼は、心の中で迷いを抱いていた。


 修道士として、色欲を否定することは当然のこと。シヴァーナも言葉は乱暴ではあるが、立場としては間違ったことを言っているわけではない。

 であるならば……ライオのすべきことは彼女の命令通りにモモを捕縛し、教会に差し出すことだ。


 が、しかし……修道士ではない部分の彼の心は、モモに自由に生きてほしいと願っている。

 こんなつまらないことで彼女には夢を諦めてほしくない。モモと一緒に過ごす中で、自分は彼女が本気でグラビアアイドルになりたいと願っていることを知った。

 モモの写真は男性の性欲を刺激するが、決して悪しき物ではないはずだと……そう思いながらも、修道士としての自分の立場も考え、悩んでしまうライオであったが――?

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