第29話 アイテルスバッハー・カルトホイザー・アウスレーゼ騎士爵の末路

 アイテルスバッハー・カルトホイザー・アウスレーゼ騎士爵は、6年前の侯爵軍の反乱に、王宮側で従軍した。

 ちなみに名前はダン。アイステルスバッハー・カルトホイザー・アウスレーゼは、すべて苗字。

 10代の時、国境で起きた小競り合いで武勲を立てた。

 長い名前は爵位を得た時自分でつけた。

 まあまあ、浅はかだと言えるだろう。

 彼が1代貴族の騎士爵どまりなのは、その能力によるところが大きい。

 30代に入ったが、武力としては衰えない、むしろ年々強くなっていく彼は、しかしながら脳筋だ。強くても指揮ができない。故に1代貴族から上ることなく、1つ上の男爵位なら金で買えるのに金もない。

 だからもう1度武勲を上げたくて剣を握り……

 が、この戦争はイオ、ミウ兄妹の初陣でもあった。

 何の成果もあげられなかった騎士爵は、戦場を走り回り回復に努めた少女の、特徴的黒髪と金目に気付いてしまう。

 自ら地雷を踏みぬいた。


 「そなたはわが娘、ミウ・アイテルスバッハー・カルトホイザー・アウスレーゼではないか?」

 戦場でわざわざ声をかけてきた男に、微かに覚えがある。

 「あの、酒みたいな名前、何?」とイオが聞いた。

 「多分親だったと思うよ。」

 名前長い。5歳のあの頃、覚えられなかったのも納得だった。

 無能力ならいらないとばかり、『祝福の儀』の帰り道そのままスラムに捨ててくれた。

 そんな親が今更と思ったが、

 「さすがわが娘だ。今回の武功、親としてもうれしく思うぞ」と、やたら上から褒めるイヤらしい笑顔に、

 『そういうことか』と納得する。

 騎士爵は血縁関係を見せつけて、おこぼれにあずかるつもりなのだ。

 もう親でも子でもないし、何をいまさらと思ったミウだが、激怒したのはイオの方だ。

 「貴様か?」

 一瞬で沸点に達したらしい、スラムで見せたよりも、ギルド前で見せたよりも激しい、人知を超えた殺意だ。

 武を生業にしている、周囲にいた兵士までが失神する。

 精神的に強かったというより、鈍かっただけだ。

 なんとか気絶は免れた、しかし動くこともできない騎士爵の、左右の小指が宙を舞う。

 炎の小太刀で、普段なら腕や足を飛ばしているイオが、精密で何よりダメージの大きい攻撃をした。

 「ぐあぁぁぁっ‼」

 焼け付く痛みに崩れ落ちる騎士爵に、

 「自分の子供を捨てておいて、よくぬけぬけと出てこれるなぁ‼」と叫ぶ。

 この一瞬だけ熱くなり過ぎていたのか、妹のふりの親友を、妹と言うことにした大切な何かを抱き締めた。

 「こいつはオレんだ‼お前にはやらねえ‼」

 剣は左右の掌で持つものだが、小指がないと支えが利かない。

 ダン・アイテルスバッハー・カルトホイザー・アウスレーゼは、一瞬で騎士では無くなった。

 この長い名前の騎士爵家は、王都の歴史から姿を消し……


 そう言えば、あの時はっきり、

 『こいつはオレんだ‼』って言ってたな、イオ君。

 王太子は思い出す。

 イオは直情的で、曲がったものが大嫌いだ。

 それでも自分の親の処分は借金奴隷と意外と甘く、ミウの父親には酷かった。

 おそらく自らの親に情があったわけもなく、そこまでの怒りや興味がなかったのだ。

 妹のふりの少女の親に真面目にキレた。

 もう答えなんか出ていると思うけどな。

 何が1番大切なのか?

 生徒会室に迎えに来たイオに、宝物を返しながらハルトは思う。

 イオ君、手遅れになっちゃうよ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る