Dream Worker

TiTO

第1章 夢を喰らう者達

第1話 忘却の先

目が覚めると手を伸ばしていた

#忘れられない夢。忘れてしまった夢。<藤野亮>


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夜の新宿の街を歩いていた。大江戸線から登って、西口から東口にかけての通路は人混みで五月蝿くなっている。改札の前の道路沿いでは、いつものようにシンガーソングライターが歌い、聴衆の横で警察は静かに終わるのを待っていた。歌っていたのは、Loserだった。好きな曲に少し足を止めてしまう。ふっと、目の端に燃えるような赤い髪が揺れるのが見えた。目が惹きつけられる。人混みの中におそらく女性だろうか?後ろ髪が消えていくのが見えた。

前からくる、180cmほどの身長の男、香水を臭いほどにつけたそいつとすれ違う.

流れる人の波に任せて、歩く。目の前のカップルは、お互いしか見えていない。自分の首にかけられたお揃いのネックレスを女が触り、少し可笑しそうに顔を崩す。別の女性が追い越していき、白い肌に黒髪が妙に映えた。横を見るとショーウィンドウに映る自分が異物のように見える。横を歩く女の子は電話をしてしきりに笑っている。


ふっと、目が覚めた。

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夜魔 〜夢魔たちの幻想郷〜

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清潔な制服に身を包みんだ受付の担当者たちは騒がしく動き回る。

受付の中では、制服を着こなした主任のパスコフ・ユアが次々と指示を飛ばす。私、ライラ・レイはというと仕分けされた種子や書類を持って走り回っていた。


「ライラ、4層のC区画の夢の種子、それで全部?」


パスコフ・ユラの薄く青い短い髪が揺れる。彼女の切れ目は人によってはかなりの圧迫感を得るようで、新人の子などは良く泣いてしまう。本人にも自覚があるようで、次の日に目元を隠すようにメガネをしてくることもよくあるほどだ。だが、近くから見ている私からすれば、その切れ目はパスコフさんの良さでしかなく、カッコ良く、綺麗な女性であることがよく分かっている。


「はい、確認も終わっています。書類の整理が終われば、ホルダーの方々に報酬を渡せます。」

「準備が終わったら、受付でアナウンスをお願い。ガイアスには、特別報酬よ。本人は受け取りに来れないそうだから、振り込みで対応しなさい。」


ガイアスさん、怪我でもしたのかなぁ。心配になりながらも手元の資料の整理を止めることはない。でも、少し鈍る。


「わかりました。」


ホルダー、それは夢の種子を収穫するものの総称だ。ライラと呼ばれる私は、この階層都市で受付嬢として、ホルダーの方々のサポートをしている。ガイアスさんの報酬の支払いのために、経理の机に向かい必要な資料を淡々と渡し、不足があれば後で対応しますといい、その場をすぐに離れる。受付の中も外も何処もかしこも慌ただしい、総じて、朝の時間はこんなものなのだが、今日は何だがそれがより顕著に見える。夢の種子を手に入れたホルダーが受付に押し寄せてくるだが、最近何故か小ぶりになった夢の種子を数えつつ、この小振りのせいでボルダーがこんなに遅くまで狩りに出ているのだろうと推測が立つ。1つずつ特殊な天秤に乗せ、昨夜の夢から得られた種子を、計測、その結果を書類に記載、経理課に届け主任の指導の元、報酬の支払いを行なっていく。書類に影が差し、顔をあげ影を生んだ何かに目をやる


「ライラさん。今日はどう?空いてるかな?」


…空いてない。空ける気もない。何故こういう忙しい時に、話しかけてくるのか。本当に信じられない。時間を持て余してるのはわかるけど、見てよこの書類の山!…って言っても仕方ないか…。深く深呼吸をして、落ち着く。笑顔、笑顔…。


「ティンゼルさん、申し訳ないですけど、お呼びになるまでお席でお待ちいただけませんか?」


大丈夫?笑えてるよね。うん、きっと大丈夫。目の前の筋肉は本当に大きくて、筋肉しか目に入らない。隆起し過ぎた胸元のせいで、かつ背が高すぎて、座っていると筋肉と、良くて鼻の穴しか見えない。…目は多分あそこら辺だと思うけど、座ってると見えないんだよね。


「ああ、すまない。でも、どうだろうか?丁度、海鮮の美味しいお店が空いてるんだ。今返事をしてくれたらすぐに予約するんだが、今日はいつ終わりそう?」


一生懸命なのはわかるし、こう言う必死さを可愛いと思う人もいるんだろうけど、ごめん、私、筋肉ダルマに興味ないのと、心の中で答える。心の中にある緊張の糸がゆらゆらと揺れて、今にもどうにかなってしまいそうで、気をしっかり保つために少しだけ拳を握り込んだ。


「ふふふ、すみません。ティンゼルさんのことも、なるべく早くお呼び致しますので。お席でお待ちください。」


笑う、笑顔が武器だと、パスコフさんが言っていた。だから笑う。私のために、パスコフさんのために、そうしてその後、数秒の沈黙の後、顔を背け、書類の整理、呼び出しの順番を確認を始めた。影はまだ落ちている。


「仕方ない、また今度、改めて誘わせてもらうよ。」


そんな声が聞こえ、踵を返したのか、影は書類の上から去っていた。良かったと、心の中で胸を撫で下ろしつつ、見上げた時に見えた鼻毛を思い出して少し笑いそうになる。いけない、いけない。深呼吸…彼のことは頭の中から消え去らせ、アナウンスの準備を終えるために、資料を揃えて、マイクに手をかけた。


「お待たせ致しました。4層C区画の担当者の方々、報酬のお渡しの準備ができましたので、お呼び致しましたらG1窓口までお越しください。」


そこからは、ひたすらにホルダーの方々への対応に追われた。今日は特に量が多いようで、仕分け等も受付総出で対処していた。種子が食料品に使えるのか、建材に使えるのか、家具、火、などなど分類し、市場の相場を確認しつつ報酬を渡す。今も受付の裏では、職人たちが一つ一つを鑑定してくれている。そして、経理部が、今市場にどんな夢の種子が流通していて、どれが供給過多で、どれが需要過多かの資料を元に値をつけて行く。午前9時になった今、やっと作業に終わりが見えてきた。


「…次で、最後ねっ」


手元の資料に目を通す。先ほど、経理から戻ってきた資料を眺める。ガイアス・ロイ、A級ホルダー。本日の成果は、5階層の夢の種子を6つ、うち1つは失敗。レポート欄には、どんな夢であったのか、攻略に至るまでの詳細が記されている。先ほどは気にならなかったが、資料の失敗の文字にどうしようもない不安を覚える。


「…攻略失敗?」


そこにはガイアスさんにしては、珍しい攻略失敗の文字に違和感を感じる。欄には、準監視対象とすべきと記載されていた。そして、最後の欄にG0という判子が押されている。そもそもG0窓口なんてものはここにはないから、この判子が使われた書類を滅多に見ることはない。このハンコが使われるようになったのも最近のことだ。何でもパスコフさん、主任が押している判子で、攻略の如何に関わらず、時々押されている。押された書類は受付に返却後、何用におかしなところが無いかダブルチェックが入った後にそのまま都市長室へと送られるのだ。私にいつも、お菓子を渡してくるおかしな人、ガイアスの姿を思い出す。


「大丈夫かなぁ、怪我とかしてないといいんだけど……それにこのG0、…資料を見ても特別なことは特にないし、どんな意味があるんだろう…高ランクのホルダーにだけとか?…」


机の上の、ベルが鳴る。ユアさんからのペースをあげるようにとの連絡だ。


「いけないっ、早く終わらせないと!」


書類を持って、都市内便へ向かう。その後も雑務に取り組み、時間がすぎ、仕事が完全に終わったのは午前11時頃だった。


「はぁ〜、疲れた〜。」


背中が硬い、きっと伸びをしたらポキポキと骨がなるんじゃ無いかと思う。恥ずかしいからやらないけど…


「ライラ先輩、今日も一段と忙しかったですね。お疲れ様です。」


隣のG2の窓口のフランが話しかけてくる。


「うん、フランもお疲れ様。」

「この後、ご飯でも食べに行きませんか?」


時計を見る。残念ながら私はもう、疲れ切ってしまったのよ。ごめんね、フランと心の中で謝りつつ、疲れ切った笑いが出てしまう。


「ごめん、もう眠くて眠くて、今日は帰るね。」


私のそんな表情に察したのか、うんうんと手を振ってくれる。


「いえいえ、また誘わせてください。」

「ありがとう、お疲れ様。」


そう言って、体を机から引き剥がして、ロッカールームに向かう。軽く、汗を拭き、着替えると退勤表に名前を書いて、退勤した。外を出て、ふっと後を見上げると私たちが働く、階層都市BUGが怪しく緑色に光っているように見えた。綺麗だなぁ、子供の頃はグリーンジャイアントなんて名前をつけて、みんなで怖がっていたのを思い出す。私はいつかアレが動き出して、踏み潰されたりしないだろうか?実は目も無いけど、こっちをいつも見ていやしないかと怖くてしかったなかったものだ。


少しセンチな気持ちになって、前を向く、自宅に向かう道すがらにはちょっとした商店街が並ぶ、階層都市BUGは街の中央に位置していて、そこから離れた四つ坂は、ちょっとした所だ。夜魔の世界はいつも暗から、道を照らす明かりが幻想的で、心が癒される。やっぱりライトは暖かいオレンジが一番いいなってつい思ってしまう。この時間でも灯りは優しく夢魔の世界を包んで、働き終えた人たちが楽しそうにお酒を飲んでいる。四つ坂を降り切ると、灯りは少なくなる。静かな闇に、街灯がゆらゆらと揺れている。四谷方面に更に歩いてゆくと木造の家々が並ぶ。家の前が傘を被った道になっていて、確か、人間の世界では雁木って呼ばれているんだっけなんて。木造だからか、ふっと中から足音が聞こえてきたり、声が聞こえてきたり…そうして歩いた先に私の家があるのだ。都市から提供された家で、割と大きい。ルームシェアの建物、その扉を開け、少し声が聞こえる居間を回って、部屋に入り疲れ切った体をベットにダイブさせる。


「忙しかったけど、もうすぐボーナスも入るし、これでまた新しい家具も…本も…服も…買えるよね…また、明日も頑張らなくちゃ…」


柔らかい布団に抱かれて、瞼を落とした。

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西暦2023年7月12日 夜


ライラ・レイの夜は早い。午後8時(20時)、人間や動物たちが寝静まる少し前、私たちの1日の業務が始まる。ロッカーの前で、鏡を見て身だしなみを整える。そうして、受付に向かうと、昨日雑務処理した書類たちを、同僚たちと支援部まで運んで行く。支援部に書類を引き渡すと、受付に戻り、昨日の業務内容の確認と今日の業務内容の確認を済ませる。そして、午後9時からミーティングが始まるのだが…


「ファァ・・・」


欠伸が止まらない。洗面台で顔を洗ってくるべきかな?…でも、化粧落としたくないし、なんとか耐えるしか…あっ、また欠伸が…すると、私の頭の上に紙の束が降って来た。


「ほら、ライラ。顔洗ってきても良いのよ?」

「…痛いですよ、パスコフさん〜。」


何となく誰が来たのかわかっているから、そんな風に軽口がすぐに出てしまう


「お・は・よ・う。ほら手が止まってるわよ。」

「おはようございます。」


頭を抑えながら、彼女の顔を見ると、どうしようもないといった風な顔でこちらを見ている。


「ほら、またパスコフって…ユアって呼びなさいって言ったでしょ?パスコフって可愛くないから嫌なの。あと髪、食べてるわよ。」


そういうと、ユアさんは指を口の端に持ってゆく。唇に挟まった髪を抜き、急いで髪を後ろにまとめる。


「昨日は寝れた?」

「はい、ユアさん。」


この知的な女性のユアさんは、階層都市1層で受付全体を取りまとめている。短く切り揃えられた髪が、カッコイイ女性って感じで、私の大好きな人。パスコフ、カッコイイのになぁ…。


「昨日は忙しかったから、まぁ今日ばかりは、多少は、仕方ない部分はあるから多めに見ますけど、受付嬢がそんな顔してちゃダメよ?」

「えへへ〜。」


頬引っ張る手が優しく、ついニヤケてしまう。ユアさんが、そんな私を見て笑いを堪える。


「…今日もよろしくね、ライラ。」

「はい!任せてください。」


9時になり、ホールに向かう、このミーティングでは、受付業務以外で発生する書類案件や、私達、支援部へ他部署から依頼があった際に、ユアさんがその仕事を割り振ったり、進捗を確認する場だ。


「ライラさん、おはようございます。」


ロヴァネス・フラン。私の直属の後輩で、今は隣のG2窓口を担当している。


「おはよう、フラン。」

「寝不足ですか?」

「いやだ、顔に出てる?」


つい顔を抑えてしまう。目元にクマでもあるのだろうか?


「いいえ、今日も綺麗ですよ。」

「うん、ありがとう。」


うん、そうは言ってくれたけど、後で鏡を確認しないと…。隣のフランをふと見やる。ピシッと制服を着こなして、心なしか頼もしくなった。…配属当初は小鴨みたいについてきて、真面目で、健気で、可愛いいって印象だったのに…でもうん、しっかりした。嬉しいなぁ。


「はぁ…」

「え?大丈夫ですか?」


嬉しいけど、悲しいそんなため息が出てしまう。


「ごめん、何でもないの。それより、ミーティング始まるわよ。」


ホールの中心にいるユアさんが、それぞれの担当窓口を呼ぶ。


「それじゃあ、ミーティング始めるわよ。まず、A窓口チーフ、イエル・スラ」

「はい、まず開発部が支援しているホルダーの方から…」


AからGまでの窓口全ての報告が終わり、ユアさんの掛け声の元、全員が一斉に動き始める。準備を終えた受付嬢は、弛緩した雰囲気でおしゃべりをしていて、私が持ってきたお菓子とイエルちゃんが持って来た紅茶で朝の長閑な時間が流れていた。

…そして、21時半、BUGの入り口が開け放たれる。入り口から、最初は少なく、だんだんと寄せてくる波のように多くのホルダーが入ってくる。その歳、10代から50代まで、年齢層の幅は大きい。入れ替わりの激しい職場だけあり、若い子はいつも多いが、熟練のホルダーはどうしても少なくなってしまう。


「あの…」


歳にして15歳くらいの少年だろうか、胸にホルダーであることの印もなく、頼りなさげにこちらの窓口の前へやってきた。


「すみません。…ホルダーになりたいのですが。」


私はホルダーの卵に笑いかける。また1人、夜魔を支えるため、そして自分の夢のために欲望渦巻くこの夢の世界へ足を踏み入れるのだ。


「ようこそ、階層都市BUGへ。新規のご登録ですね。」


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その頃、階層都市1階 都市長室

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都市長のジャイコフ・ワァウは、ため息のままに椅子へ深く腰をかける。心なしか、肩が凝って仕方がない。息も浅くなっていることがが自分でもわかった。


「ワァウ都市長。」

「わかっている。」


目を瞑る。ウユラ・ナユは緊張した面持ちで、私の次の言葉を待っているのだろう。私の机の上にあるのは、4階層、5階層の近年の変異種の発生頻度だ。例年と比べて、その量は明らかに増している。そして、G0と印が押された資料。もう資料と睨めっこをしている時間はない。調査も行き詰まりつつある…安全策は、騙し騙しの策は通じない。わかってる。長い嘆息の後、私はウユラ・ナユを見据えて言う。


「悪いが、すぐクァリフを呼んでくれ、机の資料はもう片付けていい。」

「わかりました。」


私の指示にウユラは答え、その綺麗に磨かれた眼鏡を少し持ち上げると、資料を手に部屋を出て行こうと扉に歩み寄り、今まさにその扉に手をかけようとした瞬間。突然扉が開け放たれた。


扉の間から現れる黒と金の混ざったおでこがでるほどの短い髪、その髪には後に伸びる刈り込みに沿うように金色の髪飾りが垂れている。ダグラ・ハク、都市に数少ないA級ホルダーの1人。そして、高位の貴族でもある。彼は、許可なく部屋の敷居を跨ぎ、私の許可も待たず来客用のソファに腰掛けた。


「いやぁ〜ジャイコフ、元気?調子はどうだい?え?こっちの調子?もう大変だったよ。最近は家のこともやっているからね、ホルダーの仕事を少し減らしてくれると嬉しんだけど。まぁ、無理にとは言わないよ。ただね、こっちだって暇じゃないんだ。そうは思わない?ていうかジャイコフ、君、クマできてるけど大丈夫?」


ふざけた調子、勝手に話を展開し、試すようにみてくる視線に少し、イラつきを覚えるがペースに乗ってはいけない…深呼吸…最近寝つきが悪いせいか気が立っている。ウユラに目を向けると、突然のことに尻餅をついて、相当驚いたのか口をパクパクしている。


「ウユラちゃん。そんなところに座って、どうかしたのかい?」


今気づいたと言ったふうに語りかけているが、底意地の悪さが窺える…それにしてもダグラは一体なぜここに来たのか。ともあれ、ウユラを何とかすべきか。


「…ウユラ…ウユラっ……しっかりしろ!」

「はい!都市長。」


私の声に気を取り戻し、ズレた眼鏡をなおした彼女は、いくつか落としてしまった資料を拾い直して、さっとその場に立ち上がった。まだ幾分か気が混乱しているようで、目の焦点が少し揺れている。


「すまなかったな、ウユラ。ダグラには後で、私からちゃんと話しておく。」

「…あっ、はい。失礼します。」


ふらふらと扉から去っていくウユラを見送りながら、気を取り直し、目の前の敵をじっと見つめた。


「嗚呼ぁ、ウユラちゃん、あんなにフラフラしちゃって、働かせすぎじゃない?」

「まずその口調を改めろ。私はお前の友達でもなければ、同僚でもない。」

「はいはい、わかりましたよ。都市長殿。ご老人はうるさいね。」


飄々と答えるダグラの顔からは全くと言っていいほど、悪びれた様子を感じられない。手は何かを小招くように動いている。忠告が聞くような相手ではないと分かりつつも建前を話すことにする。


「知らないわけではないだろうが、ここは許可された人間しか入ることを許してはおらん。」

「許可なら取ったさ、受付の人とすこーしお話ししたら快く通してくれたよ?」


そう言ってこちらに見せつけるかのように、腕から垂らした、貴族の証である三又の槍を見せつける。光景が目に浮かぶようだ。きっと受付も対応に困り、結局面倒を嫌ったパスコフが通すことにしたのだろう。


「ここで貴族の権威を振りかざすなら、今後一切のホルダーの資格を剥奪する、2度はない。…外ではどれだけ偉かろうと、ここではお前は1ホルダーだ。」


忠告に全く興味がないように、三又の槍をハンカチで拭いている。相手も堕れて来たのがわかる。やっと本題に入れるな。


「…用があってきたんだろ。手短に済ませろ。」


こちらが聞く姿勢をとると、ダグラはうん?とわからないような顔をした後、そうだそうだと言った顔で、ソファで寛いでいた身体を起こし、棚ものを物色するように目を向け、歩き出した。


「うん、まぁ、そうだね。そうだった、用があるんだ。…ジャイコフがお説教なんてするから、つい忘れちゃってたよ。今日は聞きたいことがあって来たんだ。」


続きを促すように、目線をキツくする。それを見て、クスッと笑うと

ダグラは、面白いものを見つけたっと言った風に、私の棚の熊の置物を手で遊び始めた。


「最近大変そうだし良ければ、僕が手を貸してあげるよ?」


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階層都市1階 G1窓口ライラ・レイ

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「まずこちらをお渡ししますね。」


緊張した面持ちの少年に、パンフレット渡す。友達と登録に来たのか、隣の窓口の少年をチラチラと見ながらモジモジしている。黒髪にキノコのような頭をしたクロード・セイと言うこの少年はまるで弟のようで、少し可愛く感じてしまう。いけない、いけない。


「フフ…緊張しなくても大丈夫ですよ。」

「あっ、えっと、…すみません。」


彼の拳はカウンターの下に隠れていて、上半身からでも握り拳をキュッとしているのだと伺えた。あがり症なのかな?目線も泳いでいるし、きっとそうなのだろうなとあたりをつける。


「いいえ。それでは、早速、そちらを開いていただいた上で、説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「…はい、よろしくお願いします。」

「それでは説明をいたしますね。こちらのボードをご覧ください。」


そう言って操作すると、ライラと少年の間の黒いボードに映像が流れる。全部で5階層の塔の内部が映し出された。仕組みに驚いたのか、目を少しキラキラさせている。実際に都市外でこのようなものを見るのはきっと稀だろう。


「階層都市BUGは、生きとし生けるもの夢が混在している場所です。あなた方ホルダーは、階層都市内で夢に干渉することとなります。夢の中では、様々な姿に変化することが可能です。その力を使い、交渉、盗む、強奪様々な手段を用いて、可能なら夢の主人を刺激させずに、穏便に夢の種子を手に入れてください。この変身ですが、あなたの力量次第で制限がかかります。制限は大きく分けて3つ、変身時間、変身強度、そして、投機です。投機は各人の性質によって変化します。新人の方はまず、変時間と変身強度を高めてもらうことになりますね。」


ボードには、説明に合わせて、図が展開されていく。それをじっと見て、真剣に聞いてくれているのがわかり、こう言う反応をされると説明にも少しだけ熱が入ってくる。


「また、夢の中には、夢の種子で生成されたものであれば、持ち込みが可能です。大抵のものは夢に持ち込めますが、夢の中を不用意に荒らすためのものは基本的に制限がかかります。ここまでは宜しいですか?」


制限がかかる具体例として、画面に銃火器、毒ガスなどが挙げられる。少年は、真剣な面持ちでうなずき、一つ気になったのか、目線をあげて私の目をみてくる。


「あの、基本的にと言うことは、許可される場合もあるんですか?」

「はい、都市への貢献度と、特に都市長からの信用の高い探索者であり、難易度が高く早急に対処すべき事案の場合、許可されることがあります。」

「A級の方々のことでしょうか?」

「そうですね、基本はそうなります。ランクはそのまま、貢献度と信用度に直結しますから、ただ、B級の方の中でも一部許可を得られる方はいますね。」


そして、横からチラシを出して、彼に渡す。


「持ち込み許可がある物品についてはそちらにも記載されているので、後で確認してみてくださいね。基本的な装備品は情報部に申請して許可が降りたら使えます。彼らは都市内のすべての情報を統括し、提供する役割を担っていますから、詳しいことは情報部まで問い合わせてくださいね。」

「はい、分かりました。」

「次に、大まかな施設の説明です。ご存知かもしれませんが、BUGの階層は1層が最低級脳、2層が低級脳、3層が富豪人間脳、4層が平民人間脳、5層が貧民人間脳というように分類分けが成されており、上の階層にいくにつれ、夢が安定せず、持ち帰りが難しくなりますが、夢の種子は大きくなり実入りが良いと行った様になっています。」


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階層都市1階 都市長室

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ダグラの言葉には、誰もが知る当たり前の事実が述べられていく。


「そもそも夢の種子とは何か?それは人の願望の塊だよね。それを奪おうとすれば、夢の主から抵抗を受ける。また、夢の種子によってその性質は様々で、家、朝食といった場面が存在すれば、建材や食べ物になる。この夢の種子は僕たち夢魔の体を作る食事であり、建物を作る建材であり、私たちが着ている衣服を作る糸、もしくは衣類そのものになるわけだね。さて、ジャイコフ、ここまではみんなが知っている話だ。」


ふぅと一息つき、手で遊んでいたものを棚に戻すとこちらに向かって、彼は笑った。


「…ねぇ、夢の種子の収穫率下がってるんだよね?何でかな?教えてくれない?」


ダグラの言葉に私は答えない。答えられない。彼の都市への貢献度は異様に高い、それは設備への投資、夢の種子の回収の実績に至るまで様々だ。もし彼が普通のA級であれば、きっと彼を頼っていただろう。しかし、彼は貴族だ。それも多くの貴族を統率し、グラム家と並んで、表を牛耳ってきたハク家のものだ。奴隷制を終わらせた正義のグラム、そして、形を変えて夢魔を支配するハク家。悪い話は後を立たない。どうしても子孫である彼には低い信用度をつけざる得ない。

そう、目の前のこの男は信用できない。


「小耳に挟んだんだけどね、最近、3階層、4階層、5階層は更にか…取れる夢の種子の量が激減してるっているんだ。種子自体も小さくなっているものがあるとかないとか。人間は減ってないし、最近は増えてるのに、なのにおかしいよね〜。それに、異変が観測されたのは上位の層で、1、2階層には影響がないっていうのも、何でかなぁ?君はどう思う?…3層より上ってことは、人間の間で何かあったのかな?夢を見る人が少なくなった?そうかもしれない、うん、確かに昔に比べて夢の中には魔女もいない、神もいない、悪魔も、化け物もほとんどいなくなったよね。平和になった。優しい夢だよ…でも、それは夢の質が落ちる原因になっても、数が減る説明にはならないよね。人は誰しも夢を見る。…まぁ、つまり、僕が何を言いたいかというとね、ジャイコフ。夢自体がどこかに消えてるんじゃないかってことだよ。」


怪しく、笑みを浮かべる。まるでこちらが何を考えているのかお見通しで、反応を面白がっているようにも見えた。


「元々、BUGは僕ら夢魔が生きるために必要な夢の種子を安定して手に入れるための装置のようなものだからね。必要な分だけ取って、乱獲しない。成長しきってない種子を狩ると、次が育ちづらくなるからね。それに、階層に割り振ることで、夢魔の死亡率の減少、そして同時に収穫率も増加した。」

「…」

「人間の夢なら大抵僕らが設定した基準は満たしている。昔は初期不良ってこともあるし、枠から出ちゃうこともあったけど、悪夢や集合夢だって最近は外れたことがないんだ。そこから外れて、他の階層の夢を吸っているなんて、ほぼあり得ない。ホラーだよ。でも、問題はそこじゃないんだ。ジャイコフ。僕は思うんだよね。仮に無くなったとされる夢の多くが基準から外れていたとしても、新しい基準を設けて設定すればいい。そしてホルダーで攻略する。いつだって不測の夢はそうやって収穫して来たんだよ。なのに今回はそうしていない。…何でかな?そんなにイレギュラーなのことなのかな?…今まで消えた分の夢の種子の規模を考えるとその不測の夢の中には相当大きな夢、夢の種子がある…と僕は思ってる。BUGの資源は全ての夢魔のもの、前都市長の言葉、まさか忘れたわけじゃないよね?」

「…世迷言だな。夢は未知だ。基準に外れることもあるだろう。それに、収穫の量の減少は私も危惧している。ただ、原因はわかっていない。人間の世界は複雑だからな、夢を覗くことしか出来ない我々にはわからないことも多いんだよ。」

「世迷言ねぇ、あくまでそうしたいなら別に構わないけど、原因、本当にわかってないの?教えてくれるなら、叔父さんにも話さないであげるよ?」


ダグラの叔父、モルメット・ハク。前都市長のヴァリス・カイと過去、BUGの支配権について争った経歴を持つ。ダグラの言うことは間違っていない、間違っていないが、残念ながらこれは儲け話ではない。あまりにも問題がありすぎる。


「ジャイコフ、僕は君を助けたいんだ。」


その言葉が妙に癇に障る。こいつが私を?都市を救いたい?それこそ世迷言だろう…何を知っていると問いただしたくなるのをグッと堪え…私は答えた。


「用がないなら帰れ。」


都市長室は誰もいないかのように静まり返る。ダグラはじっと私の目を見下ろすように覗き込んいる。


「…そうか、なら仕方がないね。」


長い沈黙の後、そういうとダグラは出口に向かって歩き出した。しかし、直ぐに出ていくと思われたその背中がドアノブに手を近づけて止まる。


「穴が見つかったらしいね。」

「…」

「その穴があれば、0階層の夢に入れる。」

「…」

「僕はちゃんとわかってるよ?価値がないものは誰も拾いもしないけど、そうじゃないものはすぐ無くなってしまうものだって。…ねぇ、ジャイコフ?」


扉が閉じられ、再び静寂な空間になる。

都市長は机の上の紙で、手汗を拭う。


「価値のあるものか…果たしてそう言い切れるなら、こんなに悩みはしなかったさ。それにしても、そこまで知られていたとはな…」


(敵なんて、いないさ。みんな味方だってアイツらとだっていつかは…)


彼の前の都市長の言葉を思い出していた。


「ヴァリス、俺はどうしたらいい。」


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階層都市1階 G0窓口ライラ・レイ

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「基本的に1、2階層では問題ありませんが、3階層以上となる悪夢が現れます。悪夢は人を縛り、夢が人に与える知恵、真なる知覚、魂の喜びを奪う。悪夢は好戦的なため、万が一、悪夢に遭遇した際は、新人の方には対処が難しので、アラートが鳴ったら直ちに夢から離脱してください。集合的な夢に関しても同様です。いいですね?」

「はい。」

「実際の訓練の際にまた説明があると思いますが、夢から出る際は、目を瞑って、夢に入る時に通ったポータルを想像すれば戻れるようになっています。最初は先輩ホルダーの研修で安全に学べますので、ご安心ください。」


小さく頷いてくれる。最初は緊張して大変だった彼は、少し和らいでくれたようだ。


「手続きはこれで終了となります。後は明日、先輩のホルダーの方と設備課の方が、施設の案内をしてくださることになっているので、お時間をお間違えのないようによろしくお願いします。クロードさん。今日からよろしくお願いします。」

「はい、ライラさん。こちらこそ、よろしくお願いします。」


急に名前で呼ばれて少し赤くなった顔で、嬉しそうに笑う顔に、私は少し笑ってしまった…バレてないといいんだけど。



*************

1話後書き


作者です。1話いかがだったでしょうか?設定を練るのに時間が掛かりすぎて、やっと書き始めと言ったところでしょうか。


拙い文章ですが、最後までお付き合いいただき、感想等いただけると幸いです。


今日は名前について話していきたいのですが、この世界ではライラが名でレイが姓です。


途中で出てきたティンゼル・ガイはモブです。次いつ出てくるかなぁ…。予定はあるけど、多分結構先。モブの名前は覚えなくてもいいですが、何度か出てくるうちに「ああ、あいつか」ぐらいになっていると嬉しいです。ちなみに高ランクのホルダーです。


2話では、階層都市BUGの全てはまだ見えてきません。大体5話くらいでわかるかな?だから、後書きでどんどん補足していけたらと思います。


彼らが何者であるのかきっと聡い読者の方ならお分かりいただけたでしょう…


余談ですが、この夜魔には発電という概念がありません。全ては夢の種子によって成り立っており、普通は”木は燃える”だが、”木は”夢の種子”を”消費して”燃える”となる。つまり、電気によって光るのではなく、夢の種子を消費することによって、光を再現しているだけに過ぎないのです。


それでは第2話で。

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