第7話 ゼロの魔女

 ルビィにつられて三人が空を見上げたまさにその時。


 雲一つない美しく輝いていたオリオン座の三連星が不意に消えた。その光を遮ったものがいるのだ。


 アスカがとっさに制服のシャツの首元から小さなネックレスを取り出して叫ぶ。


「星の光を身に宿せ!! ウィッチクリスタル!!」


 その瞬間、アスカの体からまばゆい白い光が放たれる。しかしそれと同時に敵の攻撃を彼女が襲った。


 敵の正体は人間よりもはるかに大きなカラスに似た生物であった。広げた羽は5メートルほどもあり、そのケヅメはジャックナイフのように鋭い。そのジャックナイフがアスカの白い光と交錯したのだ。


「キャアッ!!」


「アスカちゃん!!」


 すぐ近くで同じく魔法少女への変身を終えていたチカが攻撃を受けたアスカに駆け寄る。


「ひどい……私の魔法で治療を!」

「また来るわよ!!」


 同じく変身を終えて赤い衣装に身を包んでいるマリエが二人に声をかける。


 アスカは何とかケヅメの直撃を躱したように見えたが、前腕の肉が大きくえぐれて骨が見えるほどの大けがだった。


 一方のオオガラスは急降下から一気に上昇してとんぼ返り、さらに追撃すべくアスカに照準を合わせている。


 一般的に夜に視力が著しく低下する者の事を「鳥目」などと呼ぶこともあるが、実際には鳥類で「鳥目」なのはニワトリなどごく一部のものだけで、その気になればフクロウやミミズク以外の鳥も夜間の飛行に不自由はない。


「くたばれメスガキどもめ!!」


 怒鳴り声を上げながらオオガラスの再度の急降下攻撃。その大きく広げた両のかぎ爪は抱え込むようにアスカ達を襲う。


 万事休すか、思わず目をつぶってしまったアスカ達であったが、かぎ爪が彼女たちを襲う事はなく、代わりに鈍い音が聞こえ、オオガラスは無様にも地面に顔から着地した。


 少し遅れてハートの形をあしらったメイスがごとりと地面に落ちる。


「子供が出歩く時間じゃないわよ」


 少し低い、落ち着いた女性の声。


 彼女たちにとってはよく聞きなれた声である。


 そう、ついほんの少し前まで、この声を学校で聞いていた。そしてその声の主を彼女たちは追跡していたのだ。


 振り返る。その先には。


 黒を基調としたへそ出し魔法少女の衣装に身を包んだ、アラサーの眼鏡の女性。


「愛の戦士、魔法少女プリティメイ、見参!!」


 そして左手にはスト□ングゼロの500ml缶。


「め……メイ先生……」


「メ……イ……? 初めて聞く名前ね。誰の事かしら?」


 雑な誤魔化し方である。


「いや『メイ』は今自分で言いましたよね! 葛葉くずのはメイ先生ですよね!?」


「先……生……? 初めて聞く職業ね。何の事かしら?」


 雑。


 言葉は通じるが会話は通じない。チカは問答を諦めて重症であるアスカの治療を始める。


「あなた回復魔法が使えるの? 便利ねぇ」


 メイはそう言うと左手に持っていたスト□ングゼロをあおって一気に飲み干し、両手でくしゃっと握りつぶしそのまま泥団子でも作るかのように圧縮してしまった。


「私の仕事終わりの安らぎのひと時を台無しにした罪は重いわよ」


「安らぎのひと時……?」


 スト□ングゼロが、である。怪訝な表情を浮かべるマリエの言葉には返さず、「げふぅ」と炭酸ガスを吐き出し、メイはそれを答えとした。


「貴様か、最近我ら屈筋団クッキングダムを執拗に攻撃し続けてるババアは!!」

「ババア……?」


 潰したスト□ングゼロの缶を持っていたメイの左手に力がこもる。どうやら「ババア」は知っている単語のようだ。


「め……メイ先生、気を付けて。あいつは屈筋団の四天王の一人『夕闇のフローキ』よ……」

「メイ先生じゃないって言ってるでしょブッ殺すわよ」


 ようやく痛みが治まってきて言葉を発することができる様になったアスカの発言をメイは即座に潰す。どうやらあくまでも知らぬ存ぜぬで通すつもりのようである。


「四天王ももはや俺と『霧のベルガイスト』のみ。仲間の仇を打たせてもらうぞ」

「ん?」

「え?」

「二人?」


 思わずアスカ達三人が顔を見合わせる。


「アスカちゃん……私達、まだ四天王一人も倒してないよね?」

「そのはずだけど……まさか」

「その通りだッチ」


 三人の会話にルビィが割り込んできた。


「アスカ達がもたもたしてるうちに最近何者かが屈筋団をボコってたッチ。獲物を取られて情けないと思わないッチ?」


 正直言ってアスカ達は自分が何もせずに悪が勝手に壊滅してくれるのなら願ってもない話なのだが。しかしルビィは事情が違うようである。


「悪の組織は『魔法少女』が倒さなきゃ意味がないッチ。あんな一般人に先を越されるようじゃ魔法少女失格ッチ!」

「一般人……?」


 アスカがメイの方を見る。どう見ても一般人の格好ではないのだが、しかしルビィは彼女の事を「一般人」と認識しているようである。

 まあ「魔法」でないのは間違いないが。


「あの……さぁ……」


 言いづらそうにチカが口を開く。


「最初のころ屈筋団クッキングダムってあんな感じじゃ無かったよね?」


 チカが震えながらおずおずと話す。


「なんかやたらとオタク関係のイベントだとかお店を襲撃したり、政治家を襲ったりしてたけど、もっとこう……ライトな感じだったよね?」


「そう言われてみれば……」


 アスカが既に回復した自分の右前腕部を撫でながら答える。


「私達も敵は倒したら改心させることで解決してたし、向こうもこんなガチな攻撃はしてこなかったわね……昨日の悪魔も、明らかに私達を捕食しようとしてたし」

「まさかとは思うけど、メイ先生が昨日みたいに敵を殺して、あの丸い化け物が死体を処理して……シャレにならない戦い方するから向こうもなりふり構わなくなってきたんじゃ……」


 マリエも疑惑の目をメイに向けながらそれを補足する。


 おそらくは、四天王の、残りの二人も既にこの世にはいないのだろう。


 一方メイの方は少し酔いが回ってきたのか覚束ない足取りでフローキとの距離を無造作に詰める。


「今までの四天王とは違うという事を見せてやる!!」


 その足取りを「好機」ととらえたのか、フローキが一瞬で飛んで距離を詰め、爪での攻撃を仕掛けようとする。しかし鳥の形態であるフローキが地を足で蹴って爪を敵に向けるまでには一瞬の「間」がある。


 その隙にメイは左手に持っていた、圧縮されて金属球のようになっていたアルミ缶を指弾でフローキの顔目がけて飛ばす。


「年収三百万だとぉ!?」


 メイが意味不明な言葉を叫びながら一瞬でフローキの背後にまわり胴体をクラッチ。そのまま背筋の力でブリッジに移行して地面にフローキを叩きつける。


「ふざけんな!!」


 バックドロップである。フローキは情けない声を上げて潰れ、そしてメイはすぐさま立ち上がってストンピングの雨あられを食らわせる。


「なんで! 毎日自分磨きしてる私に! 見合う男が! 年収三百万だと思うのよ!!」


 この戦いと全く関係のないことを口走っているようにしか聞こえない。


「なめてんのか!! こんないい女に!! 三百万が釣り合うか!!」


 イイ女は公園でスト□ングゼロを一気したりしない。


 八つ当たりである。

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