“七日目”

   七日目


 卵の運搬を終えた昼過ぎにイルベルトの元を訪れると、複製された“ズーのウロコ衣”が赤いクロースの上に陳列されていた。

 ――僕らは昨日イルベルトに隠し通したエメラルドグリーンの方の指輪で、二枚目となる“ズーのウロコ衣”と、こちらが要求した通り、履いた者の重量を羽のように軽くする、“羽靴”を寄越した。

   

「それで? キミは一体何をしようとしているんだい?」

 屋根裏に溢れ返った雑多に深く鼻息を吐いてから、首を振ったスノウは僕に訝しげな瞳を向けた。あれから数日が経過して、今の時刻はイルベルトが裏通りで店を開き始める十五時位だった。

「正直少し、予想は付くけれどね」

 スノウは部屋の隅に立て掛けてある細長い板から、リズが滑り落ちて来てガラクタを舞い上げる光景にウンザリしてた。そうして腕を組み、二度こめかみを指先で小突いてから言う。

「じゃあ懸念すべきは突然のリセットだけだね」

 スノウが無数のロープで組み上げた縄梯子を手元で遊ばせる僕に向かって頷いた。

 そう――僕らの記憶を突如と忘却させてしまう突然のリセット。その原因不明の災厄だけが僕らの唯一の懸念材料という事に以依然変わりは無かった。

 何とも言えないミステリアスな表情を見せ始めたスノウに、僕は得意になった。胸を張りながら、鼻の下を指先で擦って答える。

「だけど、その心配もだ」

「明日だって?」

「そうだよスノウ、リズも聞いて。――僕らは明日、村のみんなを連れて、この呪いから脱出する」

 目を丸くしたリズが、生唾を飲み込んだ音がこっちまで聞こえた。

「それって、明日壁を越えるって事……なの?」

 微笑んだ僕は、二人の神妙な顔付きを見渡してから頷いた。

「決行は明朝六時三十分、場所は村の東南、つまりイルベルトの現れると言う、風穴の場所だ」

 ――準備は整った、僕らは明日、このスノードームを抜け出して見せる。

「……」

 頷き合った僕とリズの隣で、スノウが何かを言おうとして口を開き掛けたけれど、結局その口から何かが発せられる事は無かった。彼の長いまつ毛が伏せられていくのだけを、僕は見ていた。


   *


 夜会を終えて後、スノウと二人きりになった屋根裏で、僕らはこれまでの日々を振り返っていた。散らかった屋根裏はなんだか落ち着かないけれど、八年越しの決戦前夜――今日という夜は感慨に耽る以外に無いだろう。これまでの日々を逡巡しゅんじゅんしながら、屋根裏に一つ灯ったランプの揺らめきに心を投じる。

「いよいよ明日。僕らの戦いが終わるんだ」

「……うん」

 僕らの本能にそう刻まれているのか、得も言えない火の魅力に心吸い寄せられているスノウは、ランプを挟んで対面となった形で灰の瞳を猛火に揺らめかせていた。そんな彼の気のない返事に僕は首を傾げる。

「どうしたんだスノウ、浮かない顔をして」

「キミは感じないのかい、この嫌な予感を……」

 柔和な笑みを携えた僕を、灰の視線が切り付ける様に一瞥していった――

「なにか根本的な所を間違えているみたいな……それにまだ解き明かせていない謎も沢山ある」

 ――確かにスノウの言う様に、僕らにはまだ分かっていない謎がある。

・石の壁の向こうに吹き荒れる死の霧の実態。

・世界を巻き戻すリセットのトリガー。

・過去の僕らを忘却させた突然のリセットとは。

・居なくなった村の人たちが何処に行ってしまったのか。

・呪いの影響を受けないセーフティゾーンが何故存在するのか。

・イルベルトの言う風穴とは。

・〇時十一分に東南の方角の石の壁で起こる壁の崩壊音の真相。

・僕らが八年前の十二月二十四日をループし続けるその理由。

・僕らにこんな呪いを施した、霧の魔女の思惑とは――

 そうしてスノウは毅然と僕の目を見返して言い放って来たのだった。

「何か妙だレイン、壁越えの決行は考え直すべきだ。一歩間違えればキミは、本当に死んでしまうかもしれないんだよ?」

 僕の肩を力強く掴んだスノウの剣幕に、驚きを隠せずに狼狽する。それでも思い詰めた表情をして、スノウは譲らない。それが僕にはんだ。

 けれどスノウはやがて思い直した様に下を向くと、シーツに沈み込みながらこう囁いた。

「いや、忘れてくれ……ごめんね」

 沈黙の中、スノウは背けた顔の前で、床を鍵盤に見立てて指先を立てた。そうして彼の夢であるのメロディを口ずさみながら、憧れに向かってその指を這い回らせるのだった。

 得も言えない不安に襲われた僕は、彼の丸まった背中に微笑み掛ける。

「心配する事なんて無いよ。今に僕らは奪い去られた刻も取り返して、人生をやり直す事が出来る。キミの弾きたがってるその曲だって、時間を取り戻せばきっと届かなかった鍵盤にも指が届く様になって、完璧に弾きこなせる様になる。キミの夢が叶うんだよスノウ!」

 すると彼は、雪が溶け出すかの様に微かな声でこう残すのだった。

「それは、僕の夢なんかじゃない……」

「え……?」

 ――そこで、二十二時を告げる消灯の鐘が響いた。

「少し、外の空気を吸って来る」

 気まずい空気の中、必死に捻り出した言葉はそれだけだった。俯いたまま屋根裏を降りると、お母さんを起こさないようにそっと玄関の扉を開けて、肌寒い夜気に身を晒した。

「――――っ」

 そこにはただ、茫漠ぼうばくとした闇が、行く先の見えぬ混沌だけが広がっていた。雨音に支配された世界がじっとりと僕を侵蝕し、やがては僕だけじゃなく、この世界の全てを呑み込んでしまいそうな程に、それは虚空だった。

 すぐ隣に潜んで居ながら、すっかりと失念していた闇の奥深さ、その壮大さに圧巻されながら、この繰り返しの村に立ち向かうという事の恐ろしさを痛感する。

「待って……何か、聞こえる?」

 空寒い心象の狭間に覚えるは、びゅうびゅうとなる風の隙間で起こっている誰かの呼吸音。僕はそれに気付いて、月明かりを頼りに音の在処ありかに近付いていった。

「誰……っ、そこの干草の中で眠っているのは」

 その音の発生源が、どうやらうちの軒下に積み上げられた枯れ草の中から起こっていると言う事に気が付く。けれどもその姿形は何処にも見当たらない。

「なんで、確かに誰かが寝息を立てているのに」

 眼下に広がる干草の光景の中に、僅かな景色の歪みを覚えた僕は、そろそろと手を差し伸ばして何も無い筈の中空にを掴むと、勢い良く引っ張り込んだ――

「イルベル……ト?」

 空間に突如と現れた布らしき感覚を引っ張り上げると、そこに見えていた景色がズレて、見覚えのある細長い四肢が姿を現した。寝息の主は、隠しようのない手足を枯草から垂らしたまま、ムクリと起き上がって斜めになった仮面を僕に向ける。……余談だけれど、彼は眠る時にも仮面とハットをしたままらしい。(変なの)

「おやおや誠に妙だねぇ、私の姿が見えている? すなわち“姿隠しのマント”が剥ぎ取られたと言う事であるが……この仕掛けを見破るとは、とんだ慧眼けいがんだね少年。人様の敷地で無断で雨宿りと……これは紳士として気恥ずかしい所を見られてしまったものだ」

 イルベルトの言っているのは、無断でうちの軒下を寝床にしていた事に対してなのだろうが、同じ日々を繰り返し続ける僕にとってはそれ以上の驚きがあった。

「イルベルト、キミはずっとここで、うちの軒下で夜を明かしていたのかい?」

「ん? 何故私の名を知っている……それに、だと? 何をいうのか少年よ。私はこの村に来たのは今日が初めてなんだがな」

 今日はイルベルトの元を訪ねていないので、彼の認識では僕らは初対面という事になるのだろう。だから仮面を真っ直ぐに直しながら彼は首を振っていた。望んだ返答は返って来なかったけれど、イルベルトは毎夜うちの軒下で過ごしていたのに違いないと思った。……いつかの夕刻、彼はこの雨風を凌げる寝床を探すと言っていた。そのお眼鏡に、枯れ草を積み上げたうちの軒下が適ったという事らしい。

「……っ、そうだイルベルト、こっちに来て!」

 閃いた僕は、枯草まみれの彼の手を引いて引き起こす。大仰に驚いた彼は混乱するまま不満を垂れ始めた。

「少年よ、遊びならまた明日にでも付き合おう。私は疲れているのだ、キミらに言っても分からぬだろうが、私は本日、誠に信じ難い経験をして――」

「壁に空いた風穴を覗いたら、全然違う世界に紛れ込んだんでしょう?」

「ん……何故それを?」

 彼の発する緊迫した空気の中で、僕はあっさりと言ってみせる。

「イルベルト、キミは僕らの言うの世界を信じられないって、そう言ったよね」

「……? ふぅむ、もしやと思うが、キミはこの奇怪な現象を繰り返しと……刻に分断されていると定義していると言うのか?」

「ご明察だよ。僕の名はレイン。それと僕らが出会うのはこれが初めてなんかじゃない」

「ふぅむ成る程。そう仮定すれば確かに、本日私が遭遇した現象との筋も通る……クック、だが悪いな、繰り返しなどはあり得ない」

「その証拠を、今見せると言ったら?」

「は……?」

 仮面からはみ出した細長い顎が、シワを刻んで震え出したのに僕は気付いた。

「ふっふっふ……それは実に未知で、面白い」

 リセットの時刻までまだ時間があるけれど、僕はイルベルトを連れて、お母さんを起こさない様に、そろりそろりと屋根裏まで彼を連れ出す事にした。


   *


 屋根裏の隅で、シーツに包まったスノウはもう眠っていた。途中で起きたら、信じられない来訪者の光景に悲鳴でも上げかねないと思ったけれど、僕はそのままスノウは寝かせておく事を選択した。

「……まるで、夢想と現実が渾然一体となったかの如き様相だ」

 背を折って屋根裏に踏み込みながら、興味深そうに僕らの屋根裏を見渡していくイルベルト。周囲に取り巻いたロープ、太い枝、メモの山、その向こうにチラリと覗いた“ズーのウロコ衣”の片鱗を見つけ、彼は不敵に笑いを堪えながら顎に手をやった。

「二つとない筈の私の“ズーのウロコ衣”が、二枚もこの屋根裏に……ふっふっふ、これは大変だ大変な未知が起きている。私の商売も上がったりだな」

 浮き足立った様子のイルベルトは、彼にとっては非常に窮屈であろう屋根裏の中で、四肢を折り畳んだ三角座りの姿勢で体を揺らしていた。何だか彼が僕らのセーフティゾーンに滞在している事に若干の違和感を覚える。大人が子供の秘密基地に紛れ込んでいる違和感、と言ったらイメージが付くだろうか?

「証拠を見せると、キミはそう言ったな少年よ。誠に妙な、この現象に……」

「うん、順を追って説明するよ」

 頷く僕と、カタカタ揺れる仮面……


 それから僕は――もう何度目だろうか、イルベルトにこの村の真実を伝えた。そこに存在する僕らのメモを見せたり、複製された彼の魔導具を見せたりして、話しは存外にスムーズに進行した。これまで見て経験した全てや、明日の壁越えの事も全て話した。彼はコクリコクリと頷き続け、スノウはやはり、こちらに背を向けたまま動かなかった。

「……成程。過去のキミが書いたというこのメモの山に、私の物であると間違いなく断言出来る筈の魔導具の複製品……それでもまだ色々と口を挟みたい所ではあるが、キミの言う、この繰り返しの最大のとやらを待つ事にしようか」

 この繰り返しを証明する最大の証拠は、やはり村を超高速で巻き戻すリセットの目撃以外に無いと僕は考えていた。僕らもその光景を目撃するまでは、こんな奇天烈な現象の何もかもが信じられなかった。だけどあの光景を前にしたら誰もが信じざるを得なくなるだろう。

 リセットまでまだ数刻。小さな窓に打ち付ける雨粒を横目に、僕らは対面になって座り込む。

「それにしても少年よ、キミは明日、壁越えとやらを決行するのだろう。何故このような最終局面で、私のような得体の知れない者を理解者に引き入れようとしている? 私が言うのもなんだが、キミの計画に過不足が無いのならば、不安要素は排斥はいせきしておくべきだ」

「いいや、キミはそんな事はしない。それに僕はキミの事だってこの呪いから救い出したいと思ってるんだ」

 首を振った僕を認めて、イルベルトはグイと顔を寄せながら言った。

「得体の知れぬ私にまで手を差し伸べようとするその善行には痛み入るが……少年よ、根拠無き盲信をするのが、キミら子どもの悪い所だ」

「……っ」

 イルベルトはそう言うけれど、僕は信じるべき者も信じられなくなった、そんな大人にはなりたく無いんだ。それにこれは明日の予定を繰り越しているだけに過ぎない。と言うのも、僕らは明朝の六時半、村の東南の壁にて壁越えを決行するつもりだった。何故その時刻、場所なのかと言うとそれは――風穴から村に迷い込んだイルベルトに遭遇する為だったんだ。

「それで、私に何を求める? つい先程不可解な風穴からこの村に立ち入り、世界の全てをすげ替えられてしまった哀れな私に」

 ――よもや、何もわからないでいる私から魔導具の力を借りられるとでも思っているのか? と今にもそう言い出しそうな商人に、僕は指を立ててその鼻頭に向かわせた。

「キミに貸して欲しいモノはその体のだけさ。明日のキミも、複製した魔導具と繰り返しの事を伝えれば、それ位の助力はしてくれただろう?」

「重量……だと?」

「そうさ、リズだけだと足りないんだ。だからキミの体重を貸してほしい」

 ふぅむと唸って僕から離れていったイルベルトは、屋根裏に積み上がった雑多を見回し、一度顎に手を添えてから両手を上げた。

「何を目論んでいるのか皆目見当が付かないな、くくっ……だが、実に面白そうだ。流石は人間、だ」

「化学?」

 イルベルトの声をオウム返しにすると、彼は大手を広げて語り始めたのだった。

「そうだ、我ら魔族は魔法を扱うが、キミたち人間は化学を扱うだろう」

「化学って、そんなものが魔法と対立するモノだってキミは考えているの?」

「ん……何を言っている? 魔法で実現出来る事は大抵、化学でも再現出来るではないか、超常的な力を原理とする魔術ではそうはいかなくともな」

「そんな事は無いよ。僕らは魔法みたいに、見た目よりもずっと大きな物を収納出来るカバンや、こことは違う場所を映し出す水晶、姿を透明にするマントなんかは作れない」

「化学は物質の空気を圧縮してそのサイズを驚く程に小さくし、カメラという機械で何処の映像でも映し出し、戦場の兵士はその姿をカモフラージュして完全に自然に溶け込むでは無いか?」

 僕がキョトンとしていると、イルベルトは仮面を傾げて「化学に対する認識が鈍い? いや意図的に鈍化させられているのか」などとよくわからない事をボヤいてから続けた。

「魔族は魔法を使って火を扱うが、人は化学を用いて火を扱う。至る結果は同じでも、キミらが我らの魔法の仕組みを理解出来ぬ様に、我らにとっては化学という人の領域が理解不能なのだ」

 そこで僕はイルベルトの長細い指先が少し震えている事に気が付いた。

「知らぬのなら覚えておくといい、いや、キミたち人間は知らなければならないのだ……人の用いた化学という極地。あの想像も絶する恐ろしさを」

 ――すると彼は、窓に映し出された深淵に向かって語り始めたのだった。人と魔族、魔法と化学、対立したそれぞれが辿った奈落の命運。あの戦争に無秩序を生み出した、人の用いた化学の脅威を。

「十数年前、とある遺跡にて、旧人類が意図的に退廃させた科学の電子資料が発見された」

「前の世界の人が意図的に退廃……それに電子資料って?」

 ――電子と言うとキミらには聞き慣れない単語だろうが、王国の方では既に旧文明の復興が盛んなんだ、とイルベルトは続けていく。目の奥に宿る彼の緑色が、不気味に輝きだしていた。

「旧世紀、バイオテクノロジーの発展により、ヒトゲノム――つまり人を構成するDNAの全塩基配列は、西暦2022年にされていた事が判明した。これはその後の結末を予期した、旧人類の有志によって封印されていた重大なデータであったのだが、その全データがあろう事か、魔族との戦争中の現代人の手に渡ってしまった」

「DNAの完全解読って、人類を構成する遺伝子情報の全てが判明したって事? ……それに、魔族と戦争中の現代人って、きっとアルスーン王国の人の事だよね?」

「そしてヒト種という括りで、その祖先ルーツを共通させる魔族のゲノムもまた、それから遅く無い未来に完全解読される事となった」

 捲し立てる様に続けるイルベルトは、仮面越しからでもわかる熱気を口調に孕んでいた。彼が何を伝えようとしているのか未だわからない僕であったが、僕らが知る筈では無かった歴史の一ページが、これから彼の口から語られるのであろう事が直感出来た。居住いを正していった僕は、目前で語る魔導商人の気迫に総毛立ちながら、辿々しく理解できた範疇のみを繰り返す。

「人と魔族の遠い先祖が同じで……互いのDNAが解読されて……それが何だって言うの? これまで治らなかった病気の治療が出来る様になったり、遺伝因子について知る事が出来るのは僕らにとって有益な事でしょう?」

 困惑する僕の眼差しに映るのは、大きく揺れる長細い首。彼は頭の上から取り払った焦茶色のハットを何度か払いながら答えていった。

「発展し過ぎた文明は、知るべきでは無かった領域にまで……神秘の領域にまで手を差し込んでしまっていたのだ」

 気圧されまいと気丈に振る舞った僕だったが、次に放たれて来た強烈な一言に、思わず背すじが凍り付いてしまっていた――

「知っているか? 科学の産み出した生物兵器とは今や、特定のDNAにのみ作用する事の出来る、実に無慈悲で倫理観を欠如させたと化している事を」

 ――生物を構成するゲノム(全遺伝子情報)の解読。その偉大なる化学の一歩は、僕らに有益な事だけでは無かった。――いやむしろ、人智が神へと迫り過ぎた事は、終焉への扉が開かれたのと、ある意味では同義であったのかも知れない。

 イルベルトの言っているのは、ヒトゲノムが完全解読された事によって、化学はピンポイントで特定のDNAのみを害する事が可能になったという事だ。すなわちそれは、例えば白人のみを、例えば黄色人を、同じ人種でもとある地域の特定の部族だけを、同じ魔族でも特定のルーツを持つ者だけを……そんな要領で人は、を生み出してしまった。イルベルトはきっとそう言いたいんだ。

「人類は遂にパンドラの箱を開けた。開けてはならぬ禁忌の蓋を開いてしまったのだ」

「そんな、そんな事をしたら――ッ」

 だから旧人類の人たちは、ヒトゲノムが完全解読されたというデータを封印したんだ……。僕らがまた、を繰り返す事を予期して――

 仮面を抑えたイルベルトは、過激になりかけた声を潜めながら言う。

「キミが今悟った通り、無慈悲な兵器を使用された魔族もまた、非人道的な魔術を用い始めた。でなければ自国の民を守れはしなかったから……だが人も同じ大義名分の元、より直接的で過激な兵器を持ち出し始める」

「段々とエスカレートしていって、歯止めが効かなくなっていった闘争……それじゃあまるで……」

「そう……あれはまるで、旧世紀の終末の歴史を垣間見ているかの様な、本能、思想、エゴ、善悪と信仰、それらが絡み合った渦とも形容出来る――まさしく混沌カオスであった」

 ――核戦争によって破滅していった旧人類。その教訓を一つも活かせずに、僕らは繰り返し続けるんだ。

 いつかイルベルトは言った、この戦争の勝者はと。まさしくそれは、僕らの辿る愚かな結末を暗示していたんだ。

 ――信じていた大人たちは、僕らが思うよりもずっと汚れていた……。

 俯いたまま、涙ながらにそう言いかけた時、僕の頭に触れる温もりがあった。頭上に感じる小さな手の感触は、イルベルトの物では無いだろう。

「スノウ……?」

「馬鹿馬鹿しい。彼の言う事を信じる必要なんて無いよ、レイン」

 灰に世界を映らせて、憎々しそうにスノウがイルベルトを睨め付けていた。そして彼は吐息を荒ぶらせて言う。

「こいつはきっと、魔女の手先だから」

 面と向かってそう言い放たれたイルベルトであったが、彼は何を考えているのか、微動だにもせずに静かな息を吐いていた。

 何が真実で何処までが嘘なのか。全てがわからなくなった僕はスノウに抱き起こされた。そうして耳元で、僕を励まそうとする声を囁く。

「イルベルトは自分が魔族だから、僕らアルスーン王国の人間たちを貶めようとしてるんだよ。彼の話しに根拠がある訳じゃない」

 スノウは必死に擁護するけれど、彼もまたイルベルトの話しの信憑性が高い事はわかっているだろう。……情けが無くて、流れ出しそうになった涙。けれど僕はその時に思い至り、グッと雫が垂れるのを目尻で堪えていた。

「どうしたのだ、レイン」

 その有様を不思議そうに見下ろし、僕の名を呼んだイルベルトへと、思わず一歩踏み出す。仮面がギョッとのけ反って、彼のハットが地面に落ちた――そして僕は仮面に肉薄しながら問う。

?」

 ――僅かに動いた白い仮面の奥で、ニヤリと、イルベルトが口角を上げている気がした。

「これは呪いなんかじゃない……いつかキミはそう言ったよね、イルベルト」

「さぁ、私の記憶にはそんなものは一切無いが」

 魔女の思惑――僕らがこんな風にループし続けるのは、霧の魔女による何かしらの目的があっての事なんだ。光明の見えた混沌の中で、僕は仮面に問い掛ける。その疑念に解を結論づける、ただ一つの質問を。

「教えて欲しいんだイルベルト、僕らの認識から八年後、つまりキミの観測で

 固唾を飲んだスノウが、僕と一緒にイルベルトを見つめる。……やがて商人は窮屈そうな屋根の下で足を投げ出しながら、両手を首の後ろに回し

ながら言い放った。

「その質問には答えられない」

「は――ッ」「え――」

 僕とスノウの驚嘆の声が重なって、思わぬ声量になったので二人して互いの口元に手をやっていた。階下でお母さんが起きて来ない事を確認した僕は、次に太々しい態度になった魔導商人へと抗議の声を上げる。 

「そんな!? この後に及んでまだそんな事を言うの? 前もそう言って肝心な所を教えてくれなかったんじゃないか」

「キミの知る、前の私……と言うのが本当に存在するとしたら、今現在この村の外の世界がどうなっているか、と言う点に置いて、私は口を閉ざしていた筈だ」

 言われると確かに、イルベルトが以前に口を閉ざした内容も、今外の世界はどうなっているのか、と言う直接的な質問に対してだった。確か霧の魔女の思惑がどうとか、万が一にも背きたく無いだとか言っていたのを思い出す。それにしても、どうして彼はこうまでに霧の魔女に忠実であろうとするのか。スノウが言うように本当に霧の魔女の手先なのか、それとも魔族という存在にとって、あのエルドナの女王の名はそれ程に畏敬の対象であるという事なのだろうか。

 僕のいぶかしがる様な細い目つきに、イルベルトは不敵に微笑しながら肩を揺らしていた。

「何故? と言う顔で私を眺めている様だから答えるが、繰り返しの呪いというのが本当に存在すると言うのなら、無論理由があってそうされているのであって、その先のは、キミらが壁を打ち破って確かめるべき真実であり、それこそが霧の魔女の課したであると思われるからだ、と私は答える」

「霧の魔女の……試練だって? キミは霧の魔女の何を知っているの」

 僅かに黙した彼の様子に、緊迫した空気が張り詰めてきた。そしてイルベルトは口を開き始める。

「別に多くは知らないさ、魔族として知っていて当然の事位しか」

 唇を尖らせたスノウが、鼻で笑いながらイルベルトに振り返る。

「どうだかね、イルベルトは霧の魔女の手先だから色々知っているのさ……いや待てよ、もしかしたら彼自身が僕らに呪いを掛けた張本人、霧の魔女なのかもしれないよ」

「霧の魔女がイルベルトに化けているって事? だけど霧の魔女には実体が無いんだろう? イルベルトにはこうして触れる事が出来る。そんな事あり得るのかなぁ」

 荒唐無稽なスノウの言葉を繰り返すと、「ふぅむ、確かにその線はあるな」と相槌を打ったのは、まさかのイルベルトだった。ヌッと僕らの間に入り込んで来た彼に驚きながら、至近距離にある仮面の声を待つ。

「実はその線に関しては私も一考した事があってな」

「ぇ……?」

「……と言うのも、私は私自身の事を何も覚えていないのだ。自らの素性や、その過去さえも」

 眉をひそめたスノウは、部屋の隅に座り込みながら傍観を決め込んでいた。イルベルトは身振り手振りと続けていく。

「知識があって魔導商人としての使命だけがあった。だがそれ以外の素性が何も思い出せない。自分が魔族の中で何の種族で、何をしていて、どう言う風に生きて来たのかもわからないんだ、まるで人格を塗り替えられたか、取って付けられたかの様な……そう、傀儡の様に」

 彼が思いも寄らぬ過去を打ち明けた事で、イルベルトという人物に対しての理解がまるで無かった事に僕は気が付く。

「思い出せないって、一体どうして?」そう聞くと「はてね、何かしらの呪いだろう、キミらと同じでね」と返答があった。

「ますます怪しいじゃないか。あの霧の魔女ならば、記憶に改ざん位の芸当はしてのけるに違いないよ」

 そうボヤいたスノウが僕を顎で促して来る。彼は自分の聞きたい事を僕の口から言わせたいらしい。こんな時にまで人見知りをしている彼に呆れ返りながら、僕は手で払い除ける仕草をしてから口を開く。

「記憶が無くても、自分が何の種族なのか位はわかる物なんじゃないの? ほら、例えばリズは耳が尖っているし、何か種族によって特徴があるじゃないか」

 最もらしい質問であったと思うのだけれど、返って来たのは意外な一言だった。

「いや、わからないのだ」

 アイコンタクトをして来たスノウが呆れ返っている事がわかった。イルベルトは自分の耳や、長細い手足を僕らに見せ付けながら力説し始める。

「少なくとも耳は尖ってはいないし、手足が異様に長い事から亜人と考えるのが一番自然ではある」

 するとイルベルトは続け様に、そんなスノウを前のめりにさせてしまう位に興味深い話しをし始めたのだった。

「キミら人間はよく勘違いをしているが、霧の魔女は実体が無いのでは無く、なのだ」

 それとこれでどんな違いがあると言うのか、僕がそう思っているとイルベルトは顎を揺すった。

「霧の如く不鮮明であるからこそ、その姿に定まった形は無い……要は実体はあるのだが、その姿は不鮮明で、自在なのだ」

「成程、霧の魔女であるのなら、その姿も偽る事が出来るのだから――わからない、か」

 指先でこめかみを弾いたスノウが皮肉を込めて言うと、仮面はモゴモゴと答える。

「しかも彼女はその霧で、自らの使者の姿や記憶まで変異させたというのだから、考えるだけ無駄だろう?」

 イルベルトはやれやれ、と仕草をしながら立ち上がったかと思うと、天井に頭をぶつけて中腰の姿勢になった。

「証明のしようも無い上に、登場人物全員が容疑者となると、とてもでは無いが霧の魔女を見つけ出すのは難しい、いや不可能だろう。もし仮にキミたちを苦しめるその呪いの真相が、この村に潜んでいる霧の魔女自らによるものであるとするならば、その真相はきっと迷宮入りだ」

 そう言い切ったイルベルトは、そこで声音を重くして、重大な情報をその口から漏らした。

「魔女の霧をも晴れ渡らせるという、あのでも現世に再生しない限りな」

「“魔導鏡”……?」

「これもまた考えても詮無い事だよ。この世にもう存在しない、割れてしまった鏡の事などな」

 恐るべき霧の魔女の能力を考察する間も無く、イルベルトは指を鳴らして僕らの注目を浴びた。彼は窓際ににじり寄りながら、後ろ手に投げ出されたままの懐中時計を指し示す。

「キミの言った証明の時間だ。さて、これによって私は身の振り方は大きく変わるだろう。もし繰り返しとやらが実在するのなら、私はキミへの全面的な協力を惜しまないだろう」

 不敵に笑ったイルベルトの横に並んで、僕らは三人窓の外を眺める。

「さぁ――」

 イルベルトがそう声を上げた次の瞬間、スノウの持った時計の針が〇時二十一分三十二秒を示す――


「こ――これはッ!」

「ね、言ったでしょう?」

 ホワイトアウトする世界。白き霧が視界を覆い、時計の針が巻き戻っていく。説明しようの無い逆回転の景色――夜が終わって夕刻へ、曇天から朝の日差し、そのまま闇へ……

 イルベルトが尻餅を付いた。そうして時計の針が止まるのを見届けると、彼は青褪めた下顎に汗を伝わせるまま、ニタリと口元を歪ませていった。

「誠に、スバラシイッ……この様な未知に巡り合えるとは……っ!」

 余裕の無い声で、彼はクツクツ笑っていた。


   *


 明朝六時三十分。場所――東南の石の壁。いよいよ壁越えの日がやって来た。

 本日最後となるであろう感慨深い朝の日差しを見やり、僕らはイルベルトと、屋根裏から持ち出した物資を運んでいた。

「オハヨーー!! って、うぅうええ?!! どうしてイルベルトが一緒に居るの!?」

「ふぅむ……魔族の少女、リズか」

 飛び上がったリズに簡単に事情を話した僕は、伝えていた計画を三人で実行する。イルベルトはその時まで必要では無いので、側の大岩の所で紅茶でも飲んでいてと伝えた。

 村の外周を囲む切り立った十メートルの石の壁。僕らをこの場に留めようとする絶壁を足元から見上げると、その果てしない圧力に無力感を覚えそうにもなる。だけど今日僕らは、遂にこの鳥籠から飛び立っていくんだ。高すぎる壁に目眩を起こしたリスが、あわあわしながら僕らに問い掛けて来た。

「ねぇレイン、どうしてこの場所で壁越えをするんだっけ? 本当ならもうじきイルベルトが出て来る筈だったこの場所で」

「一つはイルベルトに出会う為。そしてもう一つは風穴があるからだよ」

「それってイルベルトがこの村に入って来たって言うあの風穴? でも、こっちから見たら穴なんてなんにも無いよ?」

 壁の外から見える世界ではここに巨大な風穴があって、村の内部と交通していると言う。だからこそ僕はここを壁越えの現場に選んだ。ここでなら

「話したでしょうリズ。僕らは村のみんなでこの呪いを抜け出すって、その為にはここじゃなきゃダメなんだ」

 僕らだけがこの呪いから抜け出すんじゃない。お母さんも、みんなも、イルベルトも、この呪いに巻き込まれた人たちはみんな助ける。

 手に持っていたかなりの長さの縄梯子を体にしっかり巻き付けた僕は、次に背中のリュックサックから、二枚の“ズーのウロコ衣”と一足の“羽靴”を取り出した。そして一つ深呼吸をすると、生臭い衣の一枚をリズに手渡し、残る一枚を隙間が無いようにぴっちり羽織った。

「本当にやるの、レイン?」

 スノウが僕にそう問いかけて来る。その瞳は真っ直ぐで揺るぎなかったけれど、そこには僕を引き止めたいかのような、不安の色があった。

「うん、怖いけどやるさ。でなきゃ一生このままだ」

 スノウに言われて石の壁の外へと視線を投じる。風切り音を立てて噴き上げる突風。この壁の向こうで、緑をたわわに蓄えた大木がのどかに揺れている。――だけど僕は思い出す。この石の壁を越えた刹那、鶏が白骨化して死に絶えたあの光景を。

 僕はあの時の死骸の姿と自分の姿を重ねて身震いしていた。その時の事を何も知らないリズは、青い目を輝かせながら唇に指先を添えている。向こうの大岩の所では、イルベルトが呑気に紅茶を淹れていた。――僕はみんなを見渡しながら言い放つ。

「終わらせよう。繰り返すだけの毎日を」

 するとリズが手をとって僕を見上げた。

「きっと大丈夫。アナタが私を変えたみたいに、きっと世界は大きく変わる。だってレインは頭が良いんだもん」

 はにかんだ笑みに光が差して、卵のような頬に二つの窪みが出来た。サファイアの瞳がこの空色に瞬いて僕を見つめている。

「全てはキミが決める事だよ。この夢から醒めるのか、辛く険しい今を生きるのか」

 心を読んだ灰の眼光が、僕を射抜いていった――

 胸の前で拳を握り込んで僕は決意する――僕とスノウとリズ。この三人で未来を生きたいと。このままみんなで、大人になっても笑い合っていたい――そんな未来の為に。

「やろう!」

「……うん!」


   *


 長い板を指定の大岩に配置した僕らは、いつかの悲劇の再現でもするみたいに、イルベルトの座る大岩の下に長いシーソーを作った。眼下で繰り広がる異様な景色に魔導商人は肩を竦めている。

「まさか、私の体重が必要だと言ったのはこの為か? クックク、確かにこれも物理の領域ではあるが、ふぅむ、なんとも奇想天外として、大胆な計画だな」

 一見すると無謀な作戦だって事は理解している。だけどシミュレーションは何度も済ませているし、理屈の上ではこの目論みは成功する筈なんだ。しかしいざこの計画を生身で実行するとなるとやっぱり一抹の不安が胸をよぎっていく。胴に長い縄梯子の束を巻き付け、“羽靴”を履いて風に体を揺すられる程に身軽になった僕は、板の向こうの端に立って“ズーのウロコ衣”を今一度手繰り寄せる。するとそこで泣き出しそうになったリズが声を上げた。

「レイン、わ、私っ、アナタが壁に激突する所なんて見たくはない、こんな高さから落下して大怪我する所もよ!」

「だ、大丈夫さ、今僕はこの“羽靴”で鶏みたいに軽くなっている。物質が落下する時の衝撃は、その重量に比例して大きくなる……正面衝突した時は、どうなるかわからないけど、とにかく計算は済ませてある、必ず成功する筈だ!」

 震えた声で僕は伝える。――そう、実は僕の壁越えの策とは、単純明快にあの日シーソーで打ち上げた鶏を僕にすげ替えただけの、シンプルなものだった。

 大岩に乗ってイルベルトの横に並んだリズとスノウ。落下のタイミングを合わせなければ、僕は予定の軌道をズレて何処に飛んでいくかわからない。無風の時を見計らい、計算通りに壁を越える放物線を描く事が出来れば、体に巻き付けた縄梯子のロープが、僕を向こう側の地面近くで宙吊りにするだろう。そこから結び目を解いて向こう側に着地したら、今度は大木の幹にロープを結び付ける。これで石の壁を越える架け橋が完成する訳だ。橋を掛けたら風穴から村の内部に戻り、もう一着の“ズーのウロコ衣”を着せたリズと縄梯子を登って向こう側へ渡る。“今日”を越えた壁の向こう側にはもう“死の霧”は無い筈なので、リズの“ズーのウロコ衣”を脱がせて、また村の内部に戻る。……村人全員を救出できるまでこれを繰り返す。疲れたらその役目をスノウに代わって貰う。蓋を開けてみれば随分地味な計画だと思うかも知れないが、盤石な故に手堅く、成功する確率は高いと踏んでいる。

 一か八かになるのは“ズーのウロコ衣”が本当に死の霧に有効であるか、というその一点だけなんだ。

 目一杯に肺に空気を取り込んで、今生きている自分を実感してから少し視線を下げる。そこには、大岩の上から僕らを見守る仲間たちがいた。瞳を閉じて、僕は息を整える。

 ――これまでの努力。忘却して来た数多の自分たち。何千回と繰り返し続けた、悲痛なメモの山を思い出す。足掻き、苦しみ、のたうち回って、それでも外に出られなかった、八年間の自分を追悼する。

「こんなおかしな世界、もう終わらせるんだ!」

 僕は言った。決意を固めた顔でスノウを見上げる。……彼は何も答えない。

「この風が止んだら飛ぶわ、準備は良い!?」

 大岩の上でリズが叫び、やがて風の音が止んだかと思うと――僕の体は空へと舞い上がっていた。


 まるで魔法にでも掛かったみたいにスローモーションになった景色の中で、僕は鳥みたいに空へと飛び立っていく。


「――――っ」


 打ち上がった風巻に乗って、ひるがえった僕の体、壁の向こうへと届かんとする伸ばした指先――


 眼下に見る、硬直した三人の姿。時のなだらかになった感覚の中で何故か――



 



「言った筈だ。根拠なき盲信をするのが、キミら子どもの悪い所だと」


「な――ッ」

「ぇ――っ」

 

 絶句したスノウとリズの横顔が、道化の仮面を冷たく見上げるのを見ていた……

 もうどうにも止まらない浮遊感に満たされながら、跳ね上げられていくこの体が、壁が落とす影を突き抜けて、晴れ間の覗く外の世界を見渡す。雄大に広がる緑豊かな山岳の起伏……この息を呑む絶景と、イルベルトの話した殺伐とした世界とのイメージが、まるで全てであったかの様に一致しなかった。

 空へと振り上げられたイルベルトの右腕。周囲にたちまち白い霧が立ち込めて、世界を満たす――

 ――殺されるんだ。

 そう直感で理解していた。今ここに居る僕ら、今ここにある意識の全て、全ての人格が、される。


「誰も、このスノードームから出る事は出来ない」


 ホワイトアウトした霧の世界で、パチンと指が鳴らされたのを僕は――――――

































 


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