第34話:The most powerful saint in Canaan②

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 当たり前の話だが、迷宮とは自然発生するようなものではない。誰かがどこかで、いつの頃にか造り出した人造物だ。


 目的は多々ある。


 例えば墳墓として。


 例えば宝物の隠し場所として。


 例えば良からぬ儀式を行う為の祭祀場として。


 例えば──……災いを地の底に押し込めて置くための封印装置として。


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 カナン神聖国の法皇レダの部屋は煌びやかな装飾とは無縁の質素なものだった。


 しかし金も力もかかっている。


 壁に掛けられた絵画や細工された家具……これらを見る者が見れば、いずれも強力な破邪の力を持っている事が分かるだろう。ここまで強力なエンチャントは金をいくら積んでも出来るものではない。


 この部屋で、オルセイン王国の国王オームとレダは重要な会談、というよりも密談を行っていた。


 公式の会談ではない。


 オームは追われたのだ。


 宰相ジャハムによって。


 オームはかつての権力の象徴であった王冠や王服を身にまとうことなく、僅かな忠実な従者たちと共にカナンへと逃げ延びてきていた。


 カナン神聖国がオームらを受け入れたのは、オームが追われた理由が単なる権力闘争の果てのものではないことを知っているからだ。


「法皇猊下、ジャハムらはもはや正気ではありますまい。アヴァロン大迷宮の魔がジャハムの精神を食いつくし、彼らをその手先へと変えてしまったのです。あの者は以前より迷宮に強い興味を示し、かの地より産出する魔道具などを集めておりましたからな……欲望が "あれら" を刺激し、精神のより深い部分での接触を許してしまったのではないでしょうか」


 かつてのオームは50過ぎという年齢を感じさせない程に力強く、そして堂々としていたが現在では見る影もない。


 表情には焦燥と深い憂慮の深い皺が刻まれ、かつての明るさのかけらも見えない。全体的に少し痩せたように見え、衣服も豪華な王服ではなく、目立たないようにと選んだ質素な衣装を選んでいる。


 レダは深くため息をついた。


 そしてキッと険しい目つきでオームを睨む。


「オルセイン国王……いえ、オーム。なぜ貴方はその様な無様を……まるで野良犬ですね。男子おのことして恥ずかしくないのですか」


 冷たい怒気の塊が弾け、オームの全身に雨あられと降り注ぎ、打ち据える。


 オームは堪らず上半身をのけ反らせ、不可視の打擲に対してまるで痛みを感じたかのように表情を浮かべた。


「し、しかし法皇猊下、いえ、姉上!もはや私には動かせる兵などなく……宮廷魔術師長、近衛騎士団長といった者達も皆ジャハムに靡いてしまったのです。逃げ延びるだけでも精一杯で、それにしたところで多くの兵も失いました!それとも剣を取り戦えと仰るのですか?迷宮最深部に続く扉は王家の血を以てしか開かないというのに!」


 オームはレダを姉と呼んだ。


 二人の年齢は外見だけで判断するならば、オームの方が何周りも上だ。そう、レダは強い魔法の力で自身の老化を抑止している。法皇レダは既に60をこえて久しいが、見た目だけならばせいぜい30半ばといった所であった。


 ある国の王と別の国の宗教指導者に血縁関係が存在するという例はしばしば存在する。


 歴史は王族や宗教家の複雑な家族関係で満ちており、特に政治的権力と宗教的権力がしばしば絡み合っていた時代や地域においてはこう言った例が散見される。


 その姉である所のレダはオームの言葉にやや気勢を削がれた様で、ふたたびため息をついた。


「私は貴方が逃げてきた事を責めているわけではありません。むしろよくぞ逃げてきたと褒めてあげたい所です。しかし、なんですかその負け犬の様な表情は。逃げるべき時にきちんと逃げてこられたのだから、もっと堂々としたらどうですか」


「は、はぁ……面目ありません……。アヴァロンがたちまちの内に濃霧に包まれたかと思いきや、ジャハムめが手下てかを連れて爛々と目を光らせつつ襲い掛かってくるものですから……もはやこれまでと思った時、思わぬ闖入者があったのです」


 レダが眉をあげて先を促す。


「恐らくは探索者ギルドの者でしょうが、数名の上級斥候と思しき者達が乱入し、ジャハムらに襲い掛かりました。そのおかげで逃げてこられたのですが……」


 レダは暫し黙考するが、アヴァロンの状況が良く分からない。


 ならば──……


「ヒュレイア!」


 と大声で叫ぶと、間髪を入れずに部屋の扉が開き、妙齢の美女が入ってくる。


「オルセインは魔に侵された宰相によって内部から崩壊しました。かの国はもはや "蓋" の役を為しません。そして大悪の存在を疑う余地もないでしょう。貴女も知る通り、神託機関はここ最近、連日で大悪についての神託を受けており、我々はこれに備えて様々な準備を進めてきましたが、いよいよ時が来たようです。かくなる上は私自らアヴァロン大迷宮に赴き、かの魔を祓いましょう。故にヒュレイア、貴女をはじめとする六大主教にはこの国の舵取りを頼みましたよ。そして我が娘、ラーナラーナの事も」


 レダがそういうと、ヒュレイアは恭しく一礼し、そして去っていた。代わりに入ってきたのは純白の鎧を纏った数名の騎士である。


 法皇直属の聖騎士アーク・ロードだ。


 彼らは言ってみればレダの私兵であり、レダにのみ忠誠を尽くす。その実力は小国ならば単身で滅ぼし得るとも言われており、ルクレツィアが引き連れていった聖騎士とは訳が違う強者である事は間違いない。

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