第16話:幸運の女神

 ■


 翌日、君はギルドへと足を運んだ。


 ギルドにはすでにルクレツィアとモーブが待っていたので会釈し、おはようと挨拶をする。


 ライカードの冒険者というだけで野蛮人で趣味は殺人みたいな風評被害を受けることもあるが、価値観がおかしいのは戦の場でだけであって、日常生活ではわりとマトモなのだ。


 君はギルドを見渡す。


 朝一番というだけあって、ギルドには依頼掲示板を見ているもの、仲間となにやら相談しているもの、受付嬢へ粉をかけているもの、備え付けの資料をテーブルにおき沈思黙考しているもの……色々な冒険者がいた。


 こういう空気はエンキドゥの酒場を思い出す。


 ライカードでは冒険者ギルドというようなカチっとした制度はなかった。


 その代わりに国が国費をつかって冒険者達の地力を最低限まで訓練するといった制度があった。


 最低限といっても矮小な魔なる存在と戦える程度であるので、ライカード以外の国の観点でみると「やりすぎ」ではある。


 そしてつつけば割れる卵のような存在から、ひよっこ程度までひきあげられた冒険者達は、エンキドゥの酒場に集い仲間を探すのだ。


 もしかしたら探せば4人目の仲間が見つかるもしれない、運がよければ5人、6人と……と期待をもって見回すが、これといった者は見当たらない。


 こうしてみるとルクレツィアやモーブの完成度の高さが実感させられる。


 そんな時、赤いショートカットの女性が近付いてきた。

 キャリエルだ。


「やっほーお兄さん。ひさしぶりだね。最近ギルドにも酒場にもきていなかったじゃん。どうしたの? 怪我でもしてた? あ……そちらのお2人は?」


 一瞬、まずいとおもったがキャリエルはルクレツィアたちの顔を忘れているようだった。


 ルクレツィアたちはといえば窺うような目でキャリエルをみている。


 君は即座にぴんときた。


 アレか、と。


 ライカードでは死んだものを蘇生させた際、能力が低下することがある。


 例えば少々物覚えが悪くなったり、足が少しもつれたり、力が減少したり……。


 だがこの世界の人間の場合はそういった直接的な能力低下は起きないものの、記憶に障害が発生してしまうようだ。


 あとでルクレツィアとモーブへ説明をしておく必要がある、と君は心のメモ帳へと書き込んだ。


 ■


 君はじっとキャリエルの体を観た。

 前から、横から、後ろから。


 君の透徹した視線の先にはキャリエルのおおよその階梯が見え、それは君にとっては正直にいってゴミ虫のようなものであったのだが、どうにも何かがあるような気がしてならない。


 キャリエルは目をパチパチとしばたたかせ、やや頬を染めながら抗議らしきものをした。


「ちょ、ちょ、ちょっとお兄さん!? あのう~……なにしてるのかな……」


 キャリエルが抗議するのも無理はない。


 傍目からみればただのセクハラにしか見えないのだから。


 とはいえ、君からすれば真剣そのものである。


 だが結局君にはキャリエルにどのような力が秘められているのかを見通すことはできなかった。


 もし有益なものならば、あるいは彼女を大迷宮へ連れて行く4人目の仲間としてもよかったのだが……丁度前衛が欲しかったところであるし、と君はやや落胆する。


 だがふと君は彼女と酒場で話した内容を思い出す。


 あの時彼女は嫌な予感がどうこういっていなかっただろうか? 


 予感……予感……


 君の脳裏にとある画期的な策が思い浮かんだ。


 人間は、その死の間際にこそ本来のスペックをたたき出すという……。


 ならば、キャリエルを殺してしまうつもりで拳を振るえばいいのでは? 


 もちろん当てるつもりはない。


 だが、気持ちだけは本気だ。


 君は拳をギュッと鋼鉄の如く固めた。


 その瞬間──……


「わっ! わわわ……なに!? なに!? なにしようとしたの!?」


 キャリエルが大慌てで後ろへ飛びのいた。


 君はにやりと笑う。


 彼女は当たりかもしれない。


 ■


 君はかぶりを振り、何もするつもりはないと否定した。


 キャリエルはしきりに首をかしげ、『でもなんかお兄さんに酷いことされる気がしたんだよね』と言っていた。


 君はそんなキャリエルをみて、ストレートに誘うことにした。


 殺し合い以外の駆け引きは君の、いや、ライカードの者の得意とするところではないからだ。


「え、えぇ~? 迷宮探索? いや、でも私ソロで……まあ、お兄さんだけなら別にいいけど、他の人も一緒なのはちょっと……」


 そこで君はぶっちゃけた。


 実は賊徒からキャリエルを救ったのは自分であると。


 もちろん新米冒険者達もだ。


 そして、極めて希少な回復薬を使い、死に掛けていたキャリエルたちを癒したのだと。


 キャリエルは瞼がまるで痙攣したかのようにパチパチパチパチと瞬きしていた。


 更に君は決定的な一言を言う。


 キャリエルがハノン……ギルドの受付嬢から受取った特別報酬の額だ。


 あれは本来君が受取るものだったが、君の戒律は言うまでもなく善(GOOD)である。


 善(GOOD)の戒律を信奉するものは、困っているものを無償で助けることを推奨されている。


 君は自身を善(GOOD)の鑑のようなものであると考えており、あのケースで報酬を受取ることは本来はありえないことだった。


 だが、君はそれ以前にキャリエルの家庭の事情のようなものをきいていた。


 だからあえて報酬を受取り、それを全額キャリエルに横流しするようにハノンに依頼したのだ。


 ■


 君はキャリエルにソロで冒険する理由はもうないはずだ、と言った。


 キャリエルは暫し何かを考えていたが、やがて口を開いた。

「そっかぁ……なんか、なんとなくそんな気がしていたんだけど……確証もなにもなかったからさ……。ありがとう。本当に助かりました。妹もお医者さんに頼むことができて、快方へ向かっています」


 キャリエルはぺこりと頭をさげ、続けた。


「でもお兄さん、私別に強くなんてないよ……? なんで私に声をかけたの?」


 君はキャリエルに、その危機察知能力を買ったのだ、と伝えた。


 迷宮のような魔境において、自らの危機を察知できるというのは非常に有益である。


「でも……あの時私は自分があんな目に遭うってわからなかった……ってことはないか、あれから考えたのだけど、あんまりにも危険すぎて逆に何も感じなかったんだとおもう」


 キャリエルがそういうと君はさもありなんと深く頷いた。


 君の目からみて今のキャリエルはその特殊な力を除けばちょっと強い小鬼くらいなものである。


 そんな矮小な存在が大きな危機に対して正常に反応できるはずがないとキャリエルを励ました。


「め、めちゃくちゃ言うね……そりゃ私はあんま強くないケド……ん? 危機察知能力を買ったって、じゃあさっきは私になにしようとしたの……?」


 君は言葉に詰まる。


 そんな君をキャリエルはじろじろと胡乱げな目でみていたが、ふっと表情を緩めて言った。


「いいよ、お兄さんのパーティに入ります。よろしくね」


 君は精神的にかなり追い詰められていたが、結果だけ見れば思った通りのものをだせたためほっと安堵した。


 黙ってやり取りを見ていたルクレツィアが言う。


「主様は、交渉ごとは余りお得意ではないのですね……」

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