第7話:後8回使える


「はい…はいっ!それはもう…仰る通りです。我が君…。それでは?……なんと!そのようなご配慮まで…!」


大きな瞳からポロポロと大粒の涙が毀れ落ちる。


君が彼女をカナン神聖国へ送り届けようというのは、当然いくつかの打算がある。


1つ。未来予知をすら可能とする『神託』とやらへの強い興味。


ライカードのそれとは体系が違う魔法というのは、君にとって非常にそそるネタだ。


仮に君が習得できるとするならどうだろうか?


ライカード周辺ではとにもかくにも危機が雨後の筍の如く生えてくる。


君が所属する魔導部隊にせよ、その危機への対応の為に設立されたのだ。


だが、予知とやらが可能ならば王国への多大なる貢献になるのではないか?


そもそもライカードの魔法というのは戦闘に偏りすぎなのではないか…?


君はちょっとだけ疑問を抱いた。


1つ。ちょっとした申し訳なさ。罪悪感は一切ないのだが、少し申し訳ないなという気持ちがあった。


話によれば彼女の取り巻きたちはれっきとした護衛だったそうだ。


恐らく彼女の言う大悪とやらにその心を変質化されてしまったのだろう。


そんな彼らの事を灰にして吹き散らしてしまった。


彼女ともう1人は蘇生が成功したが、そのもう1人にしたって精神に狂を発し、わけの分からぬことを呻くばかりらしい。


護衛をすべて使い物にならなくしてしまったのは君だし、道中の護りくらいはしようという事である。


君の戒律は善(GOOD)であることだし。


1つ。彼女が使えるかどうかの確認。


迷宮を踏破し、最深部のモノを確認するためには、やはり1人だと厳しいという判断を下した。


ルクレツィアの話を聞いてそう判断したのだ。


君は自身の力に過度や過小の評価をしているつもりはない。


大抵の障害なら切り抜けられる自信はあるが、ルクレツィアのように神職にあるような人間の精神、あるいは肉体に容易く干渉するようなモノには相応の警戒が必要だとおもっている。


干渉がどのような類のものかはわからないが、仮に呪いの様な物だった場合はゾっとしない。


ライカードにおいてはいかに実力を高めようと、呪いは当然のごとく受けてしまうからだ。


その呪いがどれほどに卑小なものでさえも、呪いの道具を手にとり身につけた瞬間、すべての耐性を貫通して呪われてしまう。


自分が自分でなくなっていってしまうというのは、まさに呪いの典型ではないか?


だから、そっち方面に明るい仲間というのが絶対的に必要だった。


彼女自身は残念にも打ち勝つことはできなかったようだが、国のほうになにかしら良い人材がいるならスカウトしてみるかと君はおもう。


よさそうなのがいなければ彼女を鍛えるまでだ。


そして、これは君のみならずライカードの探索者全てに言えることなのだが、数で攻められるのは余り得手としないのだ。


多数に対応する手はいくつかあるが、それら全て使用回数という制限がついてしまう。


だから相手が際限なく眷属を沸かせるタイプの邪神?だか悪魔?だと息切れの恐れもある…そのためこちらの世界の攻撃魔法が扱えるようになるのだったら良い、そんな目論見であった。


わざわざ神聖国へ出向かなくもいいではないかと思うかもしれないが、この世界ではそもそも魔法使いというものは、しかも人外魔境でも通じるほどに熟達した魔法使いというものは少ない。


そしてその少ない者たちの多くは探索者稼業などというモノではなく、宮使えをしてたり、荒事とは関係がない業界へ身をおいているものばかりだ。


そしてさらに数少ない、魔法を武器として迷宮へ潜るものなどは自分の飯の種をそう易々他人へ、ましてや君のような出所もわからない者へ教える奇特なものなどはいないのだ。


その点ルクレツィアの一件は君にとってわたりに船であった。


まあ彼女に課せられた使命とやらを鑑みると、彼女が本当に神聖国で重要なポストにいたのかどうかは疑問だが…。


君の視点でみれば、彼女はどうみても鉄砲玉のようにしかみえなかった。


ともかく、鉄砲玉に選ばれるほどならそれなりの戦力を見込まれているわけだから、ルクレティアは魔法を武器とできる程度には階梯を進めていると判断して良く、そんな彼女の国であるならば体系的な学習が出来るだろうと君は算盤を弾く。


ちなみにライカードではこういったケースの場合、つまりなんかやばそうな奴がいてやばいことを目論んでる…と分かった場合、元凶の首に懸賞金をかけて全探索者に対してこいつ殺して来いみたいな対処をする。


王国側でろくに調査も支援もしないため、探索者達の死亡率は非常に高いのだが、蘇生という神の奇跡が教会で受けられるうえ、ちょっと格の高いプリーストなら大体蘇生の魔法はつかえるという事情がある。


だから本当の意味での死を迎えるものは案外少ない。


もちろんそれでも運が悪くこの世界から消失(ロスト)してしまう者もいるにはいるが…。


ともかく、死というものをライカードの探索者は少し重い風邪くらいにとらえているのでとにかく命が軽いのだ。


そして自分の命が軽いということは、他人の命だって軽いということで…


そんな連中が大挙して押し寄せてくる、しかも無策ごり押しと言う訳ではなく、死ぬたびになにかしら学習をして対策を打ってから際限なしに襲い掛かってくるというのは相手がどれほどに邪悪な存在であろうとも酷い話だとおもう。



君は本当に出発の手配を任せてもいいのかとルクレツィアに尋ねた。


彼女が言い出した事だからだ。


「はい、我が君。神聖国までは馬車で多少かかりますので旅の用意も必要ですわ。わたくしにお任せください。そ、それで…その、畏れ多いことなのですが…我が君のお名前などを聞かせていただければ、と…」


上目遣いに恐る恐る尋ねるルクレツィアに、君は名乗る。


君の名は『プロスペルロー』。


ライカードの黎明期に実在した大魔法使いの名である。


「ありがとうございます…尊いお名前…これが…光輝の…ああ…わたくしは、信仰を壊され、そして再び見出すことができました…」


ギルドマスターとその受付嬢はもはや完全に無表情であった。


いや、目をみれば「コイツなんとかしろ」という強い意思が感じられる。


だが君は彼らの思いを黙殺して、ルクレツィアに当日にギルドであおうと言い残し踵を返して部屋をでていった。


君はルクレツィアの狂態に思うところが何もなかったのだ。


身近に全裸で戦闘を行う大男(ライカードに置いてニンジャとよばれる者達は服を脱いだほうが強い。身軽になるからだ)や、人間性がそのへんの邪神より腐ってるもの、そもそも人間ではないもの、なんだったら元は魔物だが色々あって探索者になっちゃったものとか色々いるためである。


多少言動が変だろうが問題はない。


ちなみに人間性が腐ってる男の職業は魔物と契約して、これを使役する召喚師というものなのだが、やはり魔物だって矜持というものがあり、人間ごとき下等生物に使役されるのは嫌がるのだ。


そしてそんな彼らを殴り飛ばして、蹴り飛ばして、ノックダウンさせて意思を挫くことで契約しやすくするという技術があり、こういった虐待行為を王国も認可している。


その男はたとえば主従関係だったり友人関係であったり親子関係にある魔物同士がいたら、片方だけ暴力的に無理矢理契約し、かつての親しきものを殺させるという悪『EVIL』の者だってどんびきするようなことを喜んでやる。


あまりにも酷い行いに何度か殺したことがあるが、すぐ蘇生されてしまうので余り意味はなかった。



3日後、ギルドの応接室にはすっかり旅支度を終えたルクレツィアと、見知らぬ男がまっていた。


男は君を見ると胸を押さえ、たたらを踏んでしりもちをつく。


顔色はすっかり蒼白になり、かわいそうに全身をガクガクと震えさせているではないか。呼吸も浅く、君はあわてて魔法を唱えた。


──『快癒』


膨大な魔力が渦を巻き男を包み込む。


男の体に吸い込まれていく魔力は全身を駆け巡り、体の内、外を問わず癒していく。そしてこれ以上癒すところがなくなった魔力は男の体より緩やかに放出される。


魔力は白く色づき、応接室を柔らかく、暖かい光が満ちていく…


この世界の最高位の奇跡の行使に等しいそれは、死んでさえいなければ程度を問わずあらゆる怪我と状態異常を癒す。

欠損があろうがなんだろうが関係はない。


例えば頭が半分吹き飛び、四肢がない達磨であっても、いきてさえいるなら完全に元の姿に治してしまう。


例外は呪いの類だけだ。


神に愛され、神を愛した者が長年研鑽を積み上げ、それでもなお寿命を削り行使される最高位の奇跡。


ルクレツィアがあわてて君にかけより、体に異常はないか尋ねてきた。


「な、我が君…!!?こ、このような…このような奇跡を何の触媒もなしに…儀式すらおこなわずに…なぜそのような無茶を!?」


落ち着け、とばかりに君はルクレティアの肩をたたき安心させてやった。


あと8回使える、と。


魔法体系が違う以上は当然の結果。

仮に君がこの世界の流儀で同じ効果を起こそうとするなら、この世界の奇跡行使に等しい負担を負う事になる。

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