第42話 ニンジャ


 スペースブートキャンプは続く。


「王国の西の森にちょうどいい場所がある」


 俺の領地となった場所だ。魔物も多く住む未開の森林だが、ちょうどいい。


「そこで楽しい楽しいキャンプと洒落こもうではないか」




「うわあああああああ!!!!!!」


 テリムが魔獣に追われる。

 巨大熊型魔獣ベアアックス。

 巨大な斧のような鋭い爪を持つ危険な魔獣だ。


「がああっ!」


 テリムはその巨体に吹き飛ばされる。

 鎧をつけていたから死にはしなかったが、盛大に巨木に叩きつけられる。


「うぐ……」


 起き上がるテリムだが、既に満身創痍の状態だ。


「もう諦めるのか?」


 俺は問う。

 無理なようなら、魔獣は俺が倒そう……と思ったが。


「ま、まだだ……こんなところで、負けてたまるかぁ!」


 テリムが吠えた瞬間、彼の体が光に包まれた。

 強化魔術か。


「おおおおおお!!!!」


 雄たけびと共に、テリムが駆けだす。

 先ほどまでのダメージが嘘のように消えている。

 いや――耐えているのだ。

 そして、テリムは強化された脚力で跳躍すると、ベアアックスの脳天に強烈な一剣の撃を叩きこんだ。


「おお」


 俺は思わず声をあげる。

 テリムはそのままベアアックスを斬り伏せた。

 倒れるベアアックス。

 ……死んでいる。


「……や」


 テリムは自分の手を、剣を見る。そして叫んだ。


「やりました、師匠!」

「見事だ」

「お、俺……初めて、自分の手で、自分の力だけで魔物を……倒しました! 一人で!!」

「そうか、よくやった」


 俺はテリムの頭をなでる。


「さて……記念としてそうだな。この爪でも加工してお守りにしておくか?

 いや、毛皮にするか剥製もありか」


 大きい獲物だ。記念としては申し分ないだろう。

 だが……


「まずは肉だな」

「はい、肉ですね!」


 食わねばなるまい。


「フィリム達がいれば、助かったのだが」


 フィリムとラティーファは留守番である。

 ちなみに辺境泊である俺の領地ではあるが、俺の屋敷……などはない。

 山賊が使っていた朽ち果てた砦がある程度だ。


 なので二人には国境の街にて待機してもらっている。

 王都で待っていろと言ったのだが、男二人で何かあったら心配だとか言っていた。


 何があるというのか。

 わからぬ。


「聖女様って、解体も得意なんですか」

「ああ。未開地で獲物を取って食うのは、どこの世界でも基本だからな」


 言いながら、ベアアックスをつり下げ、血抜きをする。

 そして臓物を抜き、解体していく。


「大腸以外は食えるぞ」

「そうなんですか」

「小腸はソーセージに出来る……が、面倒だ。やめておこう」

「あ、じゃあ内臓は捨てちゃうんですね」

「ああ」

「もったいない気もします」


 貴族の言葉ではないな。地に足がついてきたか。


「棄てた内臓は、他の獣が食うし、腐れば大地の栄養にもなる。

 大きな視点で見れば、決して無駄ではないのだ。

 まあ、その実、面倒なだけだが」

「面倒なんですね」

「面倒だ。俺たちは猟師や食肉加工業者を目指しているわけではない。

 彼らの仕事を下に見ているわけではないが、俺たちがやるべきことではない。

 やるべきことは……速やかに肉をただ焼いて喰う。それだけだ」

「はい、喰います!」

「熊肉は臭い。だがこの臭さもワイルドな風味だ。調味料と上手く合わせると中々にいける」

「へえ……楽しみです」


 そうして、熊を捌き終わった頃、日が暮れ始めた。


「よし、そろそろ火をおこすか」

「はい」


 俺は枯れ枝を集める。

 テリムはその枝に魔術で火をつける。


 そして肉を焼く。

 串にさした肉を――じっくりと。


「うまい」

「美味しい」


 焼けた肉をほおばる。脂が滴り落ち、口の中で肉汁が弾ける。


「自分で狩った獲物の肉は美味いだろう」

「はい! 俺、猟師になってもいいかもと思いました」

「公爵の子息だろう、お前は」

「……そういえばそうでした」


 火と肉を囲み、俺たちは笑いあう。

◆◇◆◇◆


 月が森林を静かに照らす。


「ふう……」


 俺は息をつく。


「テリム、今日はここまでにしておこう」

「はい、ありがとうございました!」


 テリムは頭を下げる。


「明日はもう少し、森の奥に行ってみるか」

「わかりました」


 俺は立ち上がる。その時だった。


「ん……」


 人の気配を感じる。

 それも複数人だ。


(まさか……)


 俺はナイフを手に取り、警戒する。


「どうしました?」


 テリムが尋ねてくる。


「敵だ。囲まれている」

「え!?」


 テリムが慌てて剣を構える。

 月が雲間から顔を出し、月光が暗闇を照らした。

 そこには……


「……敵か」


 そこにいたのは……武装した男たちだった。

 数は10人程度。皆、粗末な防具をつけ、腰に剣を下げている。

 だが、一番異様なのは……全員が仮面を被っていることだ。


(暗殺者か?)


 俺は思う。

 彼らは一様に黒装束に身を包み、顔を隠している。そして黒装束の下には鎖帷子。

 クナイと呼ばれる剣を持つその姿はまさに……


「ニンジャ……この惑星にもいたのか」


 ニンジャ。それは東方の惑星独自の戦闘技術体系を持つ暗殺者にして密偵。

 優れた戦闘能力を持ち、時には一国の軍隊に匹敵する戦力とも言われる。

 そしてその技の多くは秘伝とされ、門外不出。

 一部の限られた家にのみ継承されると言われている。


「貴様らは何者だ? 何のためにここにいる」


 俺は尋ねる。

 だが、返事はない。

 代わりに、彼らが手にしている武器が発光し始めた。

 魔力光だ。


「やはり魔術を併用するタイプか……」


 厄介な相手だ。テリムはまだ実戦経験が少ない。ここは俺が相手をすべきだ。


「下がっていろ」

「は、はいっ!」


 テリムが下がると同時に、先頭にいた男が踏み込んでくる。

 手に持つ短刀が煌めく。

 速い。


「む……」


 俺は剣で受け止める。

 凄まじい衝撃。俺は押し込まれる。


(強い)


 俺は内心で舌打ちする。


(強化魔術も使っているか)


 しかも……


(身体強化だけじゃないな)


 相手の肉体に、何かしらの魔術がかけられていることを感じ取る。

 俺は相手を観察する。そして気づく。


 そういうことか。

 俺が観察しているように……彼らも俺を観察していた。

 おそらくは、この中の大半は……捨て石だ。

 俺の情報を手に入れるために送り込まれた斥候部隊だろう。

 そして、俺の戦闘スタイルや、能力を把握した時点で……彼らは撤退を開始するはずだ。


(……生かして帰してはまずい、か。いや……)


 俺はナイフを握る力を込める。

 そして、男の腹を蹴り上げる。

 男は後方に吹き飛び、木に激突する。


「くっ」


 だが、彼はすぐに起き上がると、俺に飛びかかってきた。


「やるな」


 俺はナイフを振るう。

 金属音が響き渡る。

 男は俺の攻撃を紙一重で回避すると、懐に入り込むと、短刀を突き刺してきた。


「ふっ」


 だが、俺はそれを受け流すと、男の腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。


「があっ」


 鈍い音と共にうめき声を上げる男。

 俺は彼の首元に刃を当てる。


「降参しろ」

「……」


 だが、答えはない。


「そうか」


 俺は剣を振り上げたその時――


「師匠!!」


 テリムが叫んだ。

 直後、複数の矢が飛んできて、俺に向かってきた。


「ちぃ!!」


 俺は身を翻すと、テリムの前に立つ。

 飛来した矢は、全て斬り落とす。


「大丈夫か?」

「はい」


 テリムは緊張した面持ちで答える。

 俺は視線を前に戻す。


 ニンジャ達は変わらず俺を包囲している。


 一人ずつ襲って来るヒットアンドウェイか。厄介だな。

 彼らを殲滅させることは容易い。だが、ここにいる十人で全て――と思ってはいけないだろう。

 完全に気配を消した「目」がいると考えた方がいい。

 もし彼らが、先日と同じく公爵家の息のかかった暗殺者なら――

 手の内を明かしてはいけない。

 逆に言うなら、すでに明かしているものならば、使ってもよいということだ。

 手札は限られているが――問題ない。


「――ウェイト・アウト」


 次の瞬間。

 俺はニンジャの一人に肉薄していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る