第33話 王子二人

「勇者様に、会っていただきたい方がいるのです」

「ほう」


 誰だろうかと思った時だった。一人の男が姿を現す。


 金髪碧眼の美青年だった。年齢は二十代前半くらいに見える。

 着ている服も上等な物だったが、しかし……


(……強い)


 その煌びやかな衣装の下にある筋肉の密度が高い事がうかがえる。歩き方からも、相当な実力者だと見て取れた。

 おそらく、相当な鍛錬を積んでいるのだろう。


「貴様がティグルか! 話には聞いていたぞ、ようやく会えたな、俺は嬉しいぞ!」


 男は、大仰にそう言った。


「初めまして。私は……」

「知っている! ティグル・ナーデ・アリュリュオン辺境伯にして、獣王! 我が妹の命の恩人だな!

 俺はレオンハルト。

 レオンハルト・リデル・ディァグランツだ!」

「妹……では、貴方が」

「うむ! このディァグランツ王国の第一王子だ!」


 彼は胸を張って言った。


「そうでしたか。お会いできて光栄です」


 俺は頭を下げる。


「はははははっ! そう畏まるな!」


 豪快に笑ってレオンハルト殿下は言った。


「こちらこそ光栄だ。お前の軍功はこちらの戦場にまで届いたからな、おかげで戦線の指揮はうなぎのぼりだ!」

「戦線、ですか」

「お兄様たちは、それぞれ翼王、海王と戦っておられたのです」


 リリルミナ姫が説明する。


「そうだったのですか」


 俺の言葉にレオンハルト殿下は力強く肯定する。


「お前がいなければ、この国は滅んでいたやもしれぬからな! まさか召喚した勇者が負けるとは……あ奴も確かに強かったのだが、冥王軍はそれを超えていたと言う事だ。

 お前がいなければどうなっていたことやら」

「恐縮です」


 俺は再び頭を下げた。


「俺の奴隷たちも感謝していてな」

「奴隷……ですか」

「うむ。獣人の奴隷を四人ほど可愛がっているのだが、獣王国の惨状を聞いて心痛めていてな」

「それは……」


 ギデオンの事だろう。あの男が獣王国を支配したあの事件か。


「翼王との戦いがあってとどうにも抜けられなかった時に、お前が獣王国を開放してくれたという話が届き、奴らも感謝していた。

 ぜひ一度お礼を言いたいと言っていてな、今度会いにこい! いや、こちらから行く方がよいか?」

「……」


 俺は言葉を失った。

 自分の奴隷が感謝していたからと、頭を下げる王子、か。

 随分と――器のでかい男と見た。


「まぁ、そんなわけで、だ。俺は、お前に褒美を与えたいと考えている」

「そうでしたか」


 俺は言った。


「ありがたく頂戴します」

「そうか! 受けてくれるか!」

「はい」

「よし! ならば、さっそく用意させよう!」

「いえ、今すぐにではなく……」

「構わん! では……」


 やたらグイグイと来るレオンハルト殿下。

 こういう社交的なタイプは正直苦手である。

 その時、横から声がかかった。


「兄上。勇者殿が困っているではありませんか。気持ちはわかりますが自重されてはいかがか」

「……む。アインか。お前も戻ってきていたのか」


 現れたのは金髪の青年だ。

 年の頃は二十歳ほどだろう。整った顔立ちに、眼鏡をしている。

 服装も上等で、腰に差しているのは細剣だ。

 王族特有の気品と、戦士としての強さを感じさせる雰囲気を持っている。


「ええ。こちらも海王軍との防衛がひと段落ついたのでね。それに……兄上に先に勇者殿に要らぬ事を吹き込まれても困りますので」

「はっ! お前ではあるまいし俺がそのような姑息な事をするわけがなかろう! なあリリよ!」

「わ、私に振られましても……」


 リリルミナ姫が狼狽える。


「ふん。相変わらず小賢しい男だ」

「兄上の為ですよ」

「俺の為だと? どの口で言うか!」

「この口から」

「減らず口を叩くな!」

「これは失礼いたしました」


 レオンハルト殿下はため息を吐く。


「まあ良い。とにかく、俺は勇者に褒美を与えるのだ。邪魔をするでない」

「それは失敬をいたしました兄上。 失敬ついでにそのまま話を進めさせていただきますね。

 初めましてティグル殿。私は第二王子、アインハルト・オルウス・ディァグランツと申します。

 海王との戦いを率いております。此度は貴殿にお目通りするために、帰国いたしました」


「これはご丁寧にありがとうございます」


 俺は頭を下げる。すると、彼は苦笑して言う。


「どうか楽になさってくださいティグル殿。私は、貴殿とは友人になりたいと思っているのですから」

「そうですか……それは光栄です。ですが……」

「ああ……わかっておりますとも……立場という物がありますものね?」


 ……察しが良いようだ。俺はうなずく。


「ええ……なので、その話はまたの機会にでも……」

「ああ、ああまたの機会にしろ、俺の話が終わっていないだろうが!」


 レオンハルト殿下が再び割り込んできた。


「あーうるさいですね。兄上は黙っていて下さい」

「誰が黙るか! 黙るのは貴様だ愚弟!」


 ぎゃーぎゃーと言い合いを始める二人。……正直、面倒くさい。

 俺は何を見せられているのだろう。


「まあまあ、お兄さま方」


 リリルミナ姫が仲裁に入る。


「ここは一つ落ち着いてください。ここはパーティー会場、皆さまの目もありますから」

「む、そうであった」

「これは、僕としたことが」


 二人は大人しく引き下がった。そして俺の方を見る。


「すまんな勇者よ。騒いでしまった」

「申し訳ありません」

「いえ、お気になさらないでください」

「そう言っていただけると助かります」

「それで、だな……褒美の話なのだが」

「はい」

「お前は、何を望み、何を望む?」


 問われて俺は考える。


(俺の願いか……)


 銀河共和国への復讐のために惑星を出る。


 そのために必要なのはふたつ、この惑星に眠る鉱石、エルナクリスタルの採掘と、それを軌道上にある宇宙船ノーデンスに持っていくことだ。


「今は、思いつきません」


 その目的を果たすには、この世界を調べなければならない。大事なのは地道な作業、この世界の人々に受け入れられる事だ。急いては事を仕損じるだろう。


「ふむ、そうか。勇者は欲がないと聞くが、お前もそうなのか?」

「さあ、どうでしょう」


 俺は肩をすくめた。

 俺は常人並みに欲はある。ただ、慎重なだけだ。


「しかし、いつかは答えを出すつもりではいます」

「そうか。わかった、その時が来たら遠慮なく申せ」

「ええ、その時はお願いします」

「うむ!」


 レオンハルト殿下はうなずいた。

 この手の人間に対しては保留が一番だろう。下手に「お任せします」と言うとどんなことになるかわかったものではない。


「しかし、耳を疑いましたよ。まさか冥王軍をたった一発の魔法で壊滅させるとは」


 アインハルト殿下が言う。

 正しくは、魔法ではないのだが……説明してもしょうがないことか。


「ええ、私とガーヴェイン侯爵はこの目で見ましたわ、あの見事な星堕としを」


 リリルミナ姫が言った。


「あれはまさしく天変地異でした」


 ……どうやら、俺のやった事は相当に凄まじい事だったらしい。


(やはり、やり過ぎたか……)


 とはいえ、後悔はない。

 あの時は最善だと思ったし、実際、被害は少なかったはずだ。


「獣王国を支配した偽勇者を倒したのも、その星堕としの魔術と言うではないか!」

「ええ、そのようですね」

「さすがは勇者だ!」


 ……なんと反応すればいいのだろうか。


「……恐縮です」


 とりあえず俺はそう言った。


「うむ! 俺はお前を誇りに思うぞ!」


 レオンハルト殿下は満足げにうなずく。


「流石は我が家臣!」


 なった覚えはないのだが。


「兄上。勝手な事を言わないでください。勇者殿は私が狙っているのですから」

「お前こそ何を言うか! 俺が先に目をつけたのだ!」

「いえ、私が先に見つけましたよ」

「いいや俺だ!」


 再び始まる兄弟喧嘩。俺はため息を吐いた。

 ……この調子では、いつまで経っても終わりそうにない。


「すみません、勇者様」


 リリルミナ姫が謝ってくる。


「お兄様たち、いつもこんな調子で、会うたびに喧嘩を……」

「仲がよろしいようで」

「それは……まあ、そうなんですけどね……」


 彼女は苦笑する。

 こうやって口喧嘩を出来る間柄なら、決定的な反目をしているわけではないということだ。

 喧嘩するほど仲が良い、ということだろう。


「お兄様たちは放っておいて、食事にいたしましょう、勇者様」

「はい」


 俺はうなずいて、料理に手をつけた。


「でも、私も獣王国で共に戦いたかったです」

「それは……申し訳ありませんでした」

「いいんです。でも次に何かある時は、私もお供したいです! 勇者様の傍で戦うのは、王女の責務ですので」

「それは……この国ではそうなのかもしれませんが、しかしご自愛下さらないといけませんよ」

「ええ、それはもちろんです! ですから、私は勇者様にご迷惑をおかけしないように頑張ります!」

「ええ、そうしていただければ……」

「はい!」


 元気よく返事をするリリルミナ姫。俺は内心でため息を吐いた。……やれやれ、先が思いやられるな。

 俺はそんなことを思った。


(……鍛えなければならんか)


 姫は決して弱くはない。だが……歴戦の戦士ではない。

 これからの戦いは、より苛烈なものになるだろう。

 ならば、強くなってもらわなければならない。

 もちろん、俺自身もだ。


 そんなことを思いながら料理に手を伸ばしていると、


「なんなんだ、なんなんださっきからあ!!!!」


 怒声が響いた。

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