第一章 星の勇者

第6話 勇者降臨


 ディアグランツ王国は、現在魔王軍と戦いを繰り広げていた。


 戦況は劣勢である。


 魔王軍には恐るべき敵がいた。

 四天王が一体、その名は【冥王】ヘルディース。死霊術を操る恐るべき敵であった。

 彼女の能力は強力無比であり、強力なアンデッドモンスターを無尽蔵に召喚できるのだ。故に、倒してもまた次の敵が現れるという状況が続いていた。そのため戦線を後退させることが出来ずにいたのである。


 このままではいずれ押し切られてしまうであろうと思われた。


(これは……本格的にまずいかもしれません)


 軍を率いて遠征しているリリルミナ王女は焦燥感に駆られていた。

 絶望感と言い換えてもいい。

 彼女はまだ14歳。成人してもいない。

 王族貴族の義務として戦いの訓練は受けているが、特筆して強いというわけでもない、そんな彼女が前線にいるという事実は、王国軍の窮状を物語っているだろう。


 しかし、そんな状況であっても諦めるわけにはいかないのだ。


 ここで自分があきらめてしまえば、彼らは戦意を喪失してしまうかもしれない。

 彼女は、旗印なのだ。それが戦火の最中にある王国の王女として生まれたものの責務である。

 だから彼女は諦めなかった。必ず活路を見出すと心に決めていたのだ。


 しかし現実は度し難いまでに非情だった。


 冥王を倒すべく挑んだ姫と共に挑んだ勇者は、冥王にたどり着くことなく、倒れてしまった。

 そして彼女の元にもついに死者の軍勢の追撃が現れたのだ。骸骨兵士の群れだった。

 数は千を超えるだろう。

 それだけの数を相手にするには厳しいものがあった。

 何とか耐えているがそれも時間の問題だろうと思われたその時――


 ――空から光が降り注いだ。


 それは亡者の群れを焼き払う光だった。

 まるで神の怒りのような苛烈な輝きを放つ聖なる炎によって、すべての敵は一瞬で消滅した。


 その光景にリリルミナは驚愕する。

 何が起きたのかわからなかった。


 黄金の光を纏う漆黒の――鋼の鳥か。いや、天使かそれとも天空のチャリオットか。


 舞い降りたそれ――そこには一人の青年が立っていた。


 これは、彼女が救国の英雄と呼ぶことになる男との出会いでもあった。


 その男の名は――星の勇者、ティグル・ナーデ。


◆◇◆◇◆



 とりあえずネメシスの機銃で骸骨たちを吹き飛ばしておいた。


『動いている骨はいないようです』

「ちゃんと人間たちには撃たなかったな?」

『当たり前です。私を何だと思っているのですか』


 お前だから心配なのだが。ぶち殺すぞ人間とか言ってたしな。


「とりあえず降りましょう先輩。現地人とは友好的に、ですよ」

「ああ、基本だ」


 俺たちはネメシスから降りると、地上にいた兵士たちのもとに歩み寄った。

 彼らは警戒したように武器を構えたが、こちらに敵意が無いことを見て取ると武器を降ろした。

 どうやらいきなり攻撃されるということはないようだな。


「君たちは何者だ!? ……い、いや、まずは助けてくれてありがとうと言うべきか」


 リーダーらしき男が声をかけてきた。

 三十代後半……いや四十代ぐらいか。短く刈った金髪の、いかにも騎士といった感じの男性だった。


 言語は通じている。


『宇宙共通語ということは、起源は同じと言う事でしょうか』


 外見も俺たちと酷似している。標準的な人間種だ。


「俺は――」


 さて、なんと答えるべきだろうか。


 彼らの装備を見るに、文明レベルは明らかに魔導科学文明の水準に達していない。見下すわけではないが、俺たちのことを説明しても理解できるとは思えない。どうしたものか……

 悩んでいると、彼らの中から一人の少女が進みだしてきた。

 金髪碧眼の美少女だった。

 年の頃は十代前半といったところだろうか。 なかなかに整った顔立ちをしている。

 だが……なにかすごくキラキラしてるというか、目が輝いてる気がするのだが……

 少女は俺の前まで来ると、勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます! 貴方様のおかげで私たちは助かりました! もしや、あなた様は……天使様では!?」

「いえ違います」


 俺は冷静に否定する。


「そうです姫様。天使などおりませぬ」


 リーダーが言う。


「どう見ても肉体を持っておられる。天使はアストラル体の存在ですからね。おそらく……天界人様かと」


 それも違う。


「なるほど……そう考える方が自然ですね」


 不自然だ。


「我らを救ってくださり、感謝いたします、天界人様」


 そして彼らは膝をつく。

 完璧に勘違いされているようだ。


「いや、ちが……「はい、私たちは天界人です!」


 フィリムが俺の言葉を遮る。

 何を言っているのだ。


「おお、やはり……!」

「すごいわ……! 本物の天界人だなんて!」

「神の御使いが降臨なさったんだ!」


 どうにもさらに誤解が広まったようだ。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 少女が聞いてきたので、素直に名乗ることにする。


「……ティグル。ティグル・ナーデです」

「私はフィリム・ランです」


「ティグル様とフィリム様ですか……」


 少女はうなずいた。


「申し遅れました。私はこの国の王女リリルミナ。リリルミナ・ステラ・ディアグランツと申します」


 お姫さまだったのか。


「このたびは本当にありがとうございました。天界人様が降臨されなければ私たちの全滅は必定……どれだけ感謝してもしきれません」


 再び頭を下げるお姫様。ちなみに周囲の兵士たちも同じように頭を下げている。


『見事に原住民を騙して優位に立てましたね。正解だと思います』


 アトラナータが小さく通信をしてくる。

 ……いやまあ、確かに衝突を起こさないに越したことはないのだが。

 フィリムはこういう所がある。調子いいというか、なんというか。

 仕方ない。こちらも乗っておくか。


「気にしないでください。魔物から人々を救うのはぐんじ……自分たちの役目です」

「本当に……何とお礼を言ったらいいか……」


 リリルミナ姫は涙ぐんでさえいる。よほど怖かったのだろう。無理もないことだ。

 まだ成人すらしていないように見えるからな。フィリムと同じか、それより幼いだろう。

 それなのに国を背負う立場にあるというのはプレッシャーも相当なものだろう。

 それを考えると少し同情してしまう。


「礼ならいりません。困ったときはお互い様ですから」


 俺が言うと、彼女は顔を上げた。


「それでも言わせてください。あなたたちは私の命の恩人なのですから」


 そう言って微笑んだ。


「どうしましょう先輩。めちゃくちゃ可愛いですあのお姫様」


 お姫様をリアルで見たのは初めてなのだろう、フィリムが興奮していた。

 少し落ち着け。今のお前はアイドルを目の前にしたファンみたいになっている。


「しかし、この骸骨たちは何だったのです?」


 俺は問う。

 俺たちの銀河にも宇宙アンデッドは普通にいたが……


「それは……」


 兵士の一人が答えた。


「魔王軍の尖兵です」

「魔王軍……?」

「ええ、魔王軍は我々人類種の宿敵。人類を滅ぼし世界を征服しようとしているのです」

「ふむ……」


 俺たちの銀河にも宇宙魔族はいた。そいつらと同種の生命なのか、それとも……


「魔王軍幹部、冥王ヘルディースの操る死霊軍団。それが先程のスケルトンたちなのです。我々は勇者と共に冥王征伐へと赴いたのですが……」


 彼はそこで言葉を詰まらせた。


「……我々の力及ばず勇者殿は戦死してしまいました」

「そうですか……それはお悔やみ申し上げます」

「ですがそんな時に、あなた方が現れて我らを救ってくださったのです」


「なるほど……」

『どうしますかマスター?』


 アトラナータが言う。

 どうすると言われてもな……


「先輩……」


 フィリムが俺を見てくる。言いたいことはわかる。

 民間人、現地人を助けるのは軍人の義務、使命だ。

 そして俺たちはもう軍人じゃない。だが……だからといって、助けない理由にはならない。

 何よりも……ここで見捨てるのは、俺たちを利用して裏切って捨てたあいつらと同じだ。


「わかっている」


 俺はフィリムの頭をぽんと叩き、そとて姫様たちに向き合う。


「私たちのいた、星々の国でも――」


 銀河共和国とかどうとかいっても通じないだろうし、そう形容しておく。


「魔物を打ち倒し、人々を守るために戦うのが私たちの使命でした。それはここに降りても変わらない。私たちは貴方たちを助けに来たのです」


 そう言うと、リリルミナ王女は驚いたような表情で俺を見た。


「――本当ですか?」


 信じられないといった様子で聞き返してくる。


「ええ、本当です」


 俺の言葉に、彼女は瞳を潤ませながら何度もうなずいた。

 騎士や兵士たちも沸きあがる。


「よくぞ言ってくださった!さすがは天界人様!」

「私たちを守ってくださるとは!」

「なんとありがたいことか!」


 そんな大げさなと思ったが、悪い気はしない。むしろ嬉しいとさえ思ってしまう。


「あんなことがあった後だと……なんか嬉しいですね」


 フィリムが言う。ああ、その通りだ。

 力を見せたから利害で受け入れられているだけかもしれない。

 だがそれでも……嬉しいと素直に感じる。


『チョロいですね、この猿たち』


 アトラナータがぼそっとつぶやいた。

 お前はぶれないな。軍事用AIにロボット三原則を求めるのも酷かもしれないがもうちょっとこう……いやいい。


 ともあれこれで、俺たちは彼女たちと行動を共にすることになったのだった――

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