第4話

「TRPGってのは略さず言えばテーブルトークロールプレイングゲーム、紙とペンとサイコロ転がして遊ぶアナログゲームさ」


「こっちの本はなんだ? ずいぶんと種類があるが」


 食事を終え、雄太たちが案内されたのはドラマでよく見る取調室のような部屋だった。

 部屋に中央には簡素なテーブルと、それを取り囲む雄太たち4人。

 それに壁際には何人か白衣を着た研究者たちが並び、手元のクリップボードに忙しなく何かの記録をとっている。 あまり落ち着く空間ではない。


「こちらはルールブックですね、遊ぶタイトルによってシステムやルールも異なるので」


「んでこの“くとぅるふしんわ”?が雄太のモデル? タコみたいなの映ってるけど、そんなにヤバイのこれ?」


「「まあ色々と……」」

 

 クトゥルフ神話、それはアメリカのとある作家が創作した架空の神話だ。

 認識しただけで常人ならば発狂し、顕現するだけで星が滅ぶどころか目覚めるだけで宇宙すべてが泡沫と消える、そんな規模スケールの神様がいくらでも登場する。 数多の創作物の中でも殺傷力が高い部類のを持ち合わせている。


「まあプレイヤーキャラである探索者はそんな神々に翻弄される一般人だ、本来ならば特に警戒するようなものはないんだけど……」


「…………これ、私のキャラシです」


 雄太がおそるおそる提出したものは、事前に記入しておいたキャラクターシート……「藍上おかき」を表わす履歴書のようなものだ。

 高校生時代の産物ゆえ、覚えている限りの虫食いになってはいるが、それでも一番の問題点だけははっきりと覚えていた。


「えーと……職業は探偵、年齢20歳、ステータスは……魅力20???」


「宮古野、基準がわからないがそれは高い数値なのか?」


「高いどころか人間の限界超えちゃってるねぇ……」


 APP。 Appearance(外見)の略称であり、雄太が遊んでいたTRPGでは見目の良さやカリスマ性を表わす数値だ。

 数値はダイスを用いた乱数で決定され、10あれば平均的、15を越えればアイドル級、18ならば傾国の域に到達する。


「20はもはや人外レベルだね……でも今の君はまだ常識の範囲内に見えるけど」


「おそらく、初期作成時のステータスが反映されているのではないかと」


「あー、シナリオ過程で増減しちゃったやつか。 神に見初められちゃってる?」


「局長さん、あたし2人の話全然わかんないや」


「奇遇だな、私もだ。 不勉強を恥じるしかあるまい」


 置いてけぼりの姉たちとは裏腹に、理解者同士の議論はどんどん弾んでいく。

 周囲の研究者にも、何名か知識を持つ者がいたらしく、時おり頷き理解を示す反応を見せていた。


「問題なのは、私がここから成長してしまうことがあるかどうかですね」


「……可能性で言えばゼロとは言い切れない。 将来的に傾国を超える美貌を持つならば、君の存在は無視できないだろうね」


 今までの砕けた態度から一変し、宮古野は難しい面持ちで答える。

 雄太を除けばカフカの前例は12名しかいない、参考が少ないがゆえに安易な太鼓判は押せないのだ。


「キューさん、これから私は……藍上 おかきはどうなりますか?」


「うーん、そうだね……局長、頼んだ!」


「キラーパスだな、だが受け取った。 たしかにここから先は私に仕事だろうしな」


 懐から新しい飴を取り出した麻里元が、宮古野から手渡されたバトンを受け取る。


「単刀直入に言うと、まず早乙女 雄太は死亡として処理。 そして君は藍上 おかきとしての戸籍を与えよう」


「まあ、そうなりますか……」


 予想していたものとはいえ、それでもなお裕太にとって受け入れ難い通告だった。

 今までの人生を全て捨て、性別すら異なる別人として生きていくなんて、あまり気分のいい話じゃない。


「ちょちょちょ、待って局長さん。 雄太の病気って治るんですよね? なのに死亡って……」


「お姉さん、申し訳ない。 その件は完全にこちらの都合だ」


「行方不明として偽装するとどうしても事件性が疑われる。 おいらたちはカフカが世間にバレるリスクを少しでも下げたいんだ」


「もし、彼が元の姿を取り戻したときには全面的なバックアップを約束する。 どうかご理解願いたい」


 麻理元と宮古野の2人は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。

 組織のトップとして示す、精一杯の謝意だ。


「だけど……」


「いいよ、姉貴。 俺は納得してる」


「雄太のそれは諦めてるだけでしょ!」


「……」


 姉に図星を突かれ、雄太は返す言葉が出てこなかった。

 思うところがないわけではない、しかし現状治る保証もないのだ。

 治療法が見つかるとしても何年かかるかわからない、その間「行方不明」のままなら、それは「死亡」と変わりはない。


「……あたしちょっと外で待ってるわ、話終わったら教えて」


「おっと、それならおいらも着いていくよ。 部外者を一人歩きさせるわけにはいかないからね」


「ああ、そちらは頼んだ。 悪いが他の皆も退席してくれ、ここから先は2人で話したい」


 姉と宮古野、そして局長さんに促された研究者たちが部屋から出ていく。

 残されたのは麻理元と、対面して座る雄太だけだ。


「申し訳ない、彼女の気持ちも慮るべきだった」


「いえ、こちらこそ姉貴が失礼しました。

 それにどのみち伝えなければならなかったはずです」


「そう言ってもらえると助かるな……話を戻そう、これから君の身柄は我々の監視下に置かれる」


「それは……治るまでこの施設から出られないとか?」


「いや、君の人権は尊重するよ。 まあ、君がカフカ症候群やSICKについて外に漏らすことがあれば別だが……」


「肝に銘じておきます」


 雄太の背にゾッとしたものが走る。

 相手は架空の戸籍すら用意できる秘密組織だ、粗相をいたせばそれこそ存在ごと抹消されかねない。


「なに、情報リテラシーを弁えてくれれば問題のない話だ。 あとで30分ほど情報規則に関する研修も受けてもらおう」


「なんだか会社の新人教育みたいですね」


「ふふ、そう思ってくれるなら話は早いな。 実は君をSICKで雇用したくてね」


「えっ?」


「こちらもがあって君たちカフカの行動を強く制限することができない。 ならばいっそ監視を兼ねて雇用してしまったほうが何かと都合がいいんだ、宮古野のようにな」


「いや、でも」


「ちなみに給料は車内で提示した額だ」


「喜んで引き受け……いや、条件を確認してからですね」


「くく……それはそうだ、よく考えてから決断したほうがいい」


 金に目がくらんで飛び出しかけた雄太の言葉に、麻里元が声を殺した笑みをこぼす。

 

「給料が破格なのはそれだけ仕事に危険が伴うからだ、秘密組織の肩書は伊達ではない」


「特殊情報封鎖管理局でしたっけ、具体的にはどのような仕事を?」


「カフカ症候群のような常識を揺るがす異常存在の隠蔽、認識するだけで気が狂うような危険物の封鎖、または情報テロリストどもの制圧など多岐に渡る」


「……冗談ではないですよね?」


「本気だとも、“3回見たら死ぬ絵画”なんて聞いた覚えはないか? SICKの倉庫には原本オリジナルが保管されているぞ」


「………………」


「この世界はな、君が思っている以上になんでもある」


 信じたくはないが、現実に秘密組織は実在し、二次元のキャラクターに変身する奇怪な病も存在する。 ならばどうして麻里元の言葉が否定できようか。

 雄太にとって必要なのは、今までの常識を捨てて認めることだ。 この世界には自分が知らなかったオカルトが存在するのだと。


「……わかりました、ただ私の力って必要なんですか? 藍上おかきにテロリストを倒すような力はありませんよ」


「必要だとも。 だが決して無理強いするわけではない、命を失う事すらある仕事だ、断ってくれてもかまわない」


「そう、ですか……」


「それに、都合上SICKには様々な情報が流れ込んでくる。 もきっと見つかるはずだ」


「……どこまで調べたんですか?」


「君が高校を中退した理由については、一通り」


 趣味が悪い、と憤る気にもなれず、雄太は深いため息をこぼす。

 きっとこの話を断っても悪い扱いにはならないだろう。 命を失ってもおかしくはない仕事、自分の身で預かるにはあまりに荷が重い。

 だが、雄太にとってこの機会を逃すにはあまりにも惜しかった。


「1つだけ条件があります。 もし私が死んだ場合は」


「遺族には十分な支援を約束しよう」


 これ以上ない返事をもらい、雄太……いや、おかきとしての決意は固まった。

 

「よし、それではこれからよろしく頼むぞ。 藍上おかき君」


「………………はい」


 それでも一つだけ不満があるとすれば、もう少しまともな名前を考えるべきだったということだろう。


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【藍上 おかき/早乙女 雄太】 139cm/32kg/苦手なもの:母親

主人公。 ある朝突然カフカ症候群を発症し、SICKに保護される運びとなった。

変身後のキャラクターは、高校時代に自作したTRPGのキャラクター。

先輩に誘われ、はじめて卓を遊ぶ際にステータスを決定するダイスが荒ぶった結果、

APPのダイスを確認した先輩が爆笑し、女性キャラの作成すべきと熱弁。

圧に負けた雄太によって、「藍上 おかき」が誕生した。


本来は一度きりの参加で終わらせるつもりが、その後も何度も誘われ探索を重ねるうち、シナリオクリア報酬などでバカげたステータスがさらに強化。 最終的にAPPは20を超え、キャラロストする暇もなく高校を中退した。

先輩の一人からキャライラストをプレゼントされ、アパートで保管していた。

カフカ発症時のキャライメージが明確だったのもこのイラストのおかげかもしれない。


カフカとしてはオカルトに精通した探偵としての能力が反映され、思考能力や洞察力が非常に高い。

そのAPPに偽りなく、街を歩けば10人中13人が振り返るほど顔が良い。 

放っておけば老若男女問わず引き付ける魔性の美貌、現在は髪の毛で顔半分を隠すことである程度影響を下げている。

顔を傷つけることで魅力を下げる案もあったが、宮古野から「倫理的に問題があるし、下手にモデルからイメージを遠ざけるマネはやめた方がいい」という反対意見もあり、凍結中。

また、他のカフカ発症者に比べ、自我の融和が顕著。 「雄太」と「おかき」の人格が拒絶することなく同居している。

普段はおかきとして淡々とした丁寧口調で喋るが、身内である陽菜々との会話では雄太としての人格が表面上に現れる。

宮古野曰く、「自作物のキャラクターゆえ解釈違いのしようがなく、相性がいい」らしい。

現状ストレス反応なども見られず、SICKが脅威と見る特殊能力も発現していないため、職員として雇用を検討。

しかし、今後人外の美貌を発現する可能性や、本人申告の「ちょっとした特殊能力」、出展元の神話などが懸念され、職員としてどこまでの権限を付与するか検討中。


名前の由来は50音順に8文字並べて「あいうえお かき」。

本人はあまりにも適当な名前を付けてしまったことを今になって後悔している。

 

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