5.魔王……?

「蓮! やっと来たのかー! もう昼だぞ。何してたんだよー?」


「ッケ。昼登校なんて、随分と身分がたけぇじゃねぇかクソ蓮」


 扉を開けると、自分の名前を呼ぶ声に顔を上げる。


 あの後、蓮は何度か保健室の前を行ったり来たりとウロチョロしてみたのだがどうすることもできないと悟り、しぶしぶと自分の教室を探す旅に出た。

 場所は分からなかったが去年の二年生の教室があった辺りを探したら、扉の前に名簿が張り出されていてすぐにたどり着くことができた。

 

 蓮の新しいクラスは二年A組。本校舎二階に上がってすぐの場所だった。

 そして教室に入るとすぐに声をかけられたという形だ。


「友次……ウルフ」


 声をかけてきた二人の男子生徒の名前を口にする。


 一人は背尾 友次せお ゆうじ。入ってきた蓮に居の一番に近づき肩を組んできた、とてもフレンドリーな男子生徒だ。言い方を変えればチャラ男か。ピアス穴が耳にたくさん空いている。


 もう一人は、牙崎 浪牙きばさき ろうが。最初に肩を組んできた友次とは正反対で、自分の机の上で足を組み、入ってきた蓮に暴言を吐いてきた。とてもじゃないがフレンドリーとは呼べない男子生徒だ。あだ名はウルフ。人に対してすぐ牙を見せる態度と、見た目、名前から決まった。きっとこれ以上ないくらいぴったりと合ったあだ名だと思う。

 灰がかった髪に、盛り上がった二つの耳ぽい寝ぐせ、なんのためにつけているのか分からない腰の尻尾のようなアクセサリー。どうみてもウルフだ。


 ふたりとも一年からの知り合いで、数少ない蓮の友人……いや悪友か。


「いや、ちょっと瞳狐先生に捕まってた」


 嘘じゃないが本当でもないことで誤魔化す。

 本当は見知らぬ少女を保護したら、魔法とかなんとか使う変態に襲われて、実は人間じゃなっかった瞳狐先生に助けてもらったんだよ。……誰がこんなことを言って信じてくれるのか。

 信じてくれないだけならまだしも、最悪少女誘拐で豚箱入りだ。


 できるだけ平静を装い言葉を発する。


「あー朝から見ないと思ったら……。瞳狐ちゃんなら仕方ないか。気に入られてっからなー蓮ちゃんわよ」


「職務放棄してんじゃねぇよクソ女が」


 瞳狐先生の名前を出すと二人とも思い思いの表情をするが、すぐに納得してくれる。

 瞳狐先生の人徳(?)のおかげか。他の生徒は分からないが、この二人が瞳狐先生をどう思ってるのかなんとなくわかるというものだ。


「でも、瞳狐ちゃんいなくない? 一緒にこなっかったのか?」


「一緒には来てないけど……なんでだ?」


 友次は蓮の後ろをキョロキョロとみると、首を傾げる。

 しかし、蓮も同じように首を傾げる。別に一緒にここまで来る理由も特に思いつかない。


「だって瞳狐ちゃんこのクラスの担任だぞ?」


「マジか」


「まじまじのおおマジ。瞳狐ちゃんのクラスになれてラッキーって浮足立ってるやつばっかだよ。そのおかげで他のクラスだけじゃなく他の学年にまで目の敵にされてるけどなー。なのにホームルームの途中で抜け出してっちゃったのよ」


 それから一回も帰ってきてないんだぜとぼやくのを横目に体中に冷や汗があふれるのを感じる。

 そういえば瞳狐先生が助けにきてくれたのはちょうどそれくらいの時間だったか……。


 しかし、まさか瞳狐先生が担任のクラスの生徒になるとは。


 うーんと、蓮は顎に指を添える。

 ─────何かきな臭いものを感じる気がする。


 ラナという少女に、白い奴の出現、瞳狐先生の正体、瞳狐先生が担任のクラス。

 何かを断定できるという訳ではないが、偶然にしてはたったの数時間でいろいろ起こりすぎな気がする。


 それに少し気になったこともある。先ほど瞳狐先生は自分の正体がバレてしまうのを承知で、蓮を助けに来てくれた。結果、バレたが、蓮の態度がそこまで変わらなかったからか瞳狐先生はさして気にした様子はなかった。だが、それが気になる。


 蓮の言葉に対しては大変いいリアクションをしてくれていた。それだけだ。

 自分の正体に関わる重要な話だ。もし逆の立場ならもっと気にすると思うのだが。


 それがもし、偶然バレたのではなく、もともと今日蓮にバラす予定だったのだと考えたら、瞳狐先生があまり気にしていなかった理由として当てはまる気がする。


 そもそも瞳狐先生は蓮たちが一年の時には担任を持っていなかったし、担当授業も持っていなかった。それも含め謎めいた美人教師として学校中で有名だったのだ。 


 ただの憶測で、本人じゃないのだから答えなど分かるわけがない。そしてこの考えが当たっていたとしてもだから何だというはなしなのだが……。


「うーん」


「急に黙ったと思ったら、唸ってどした?」


 考えすぎて思わず声が出てしまう。慌てて友次の顔を見てみるが、よかった。考えてた内容は口に出してなかったようだ。


「そんなに瞳狐ちゃんが担任なのが嫌なのか蓮ちゃんは~」


 そう安堵する蓮の顔を見た友次は何を思ったのかにやけた顔を近づけてくる。

 実際このにやけ面の言う通り嫌だなのだが、今悩んでいるのはその程度の話ではない。


「……」


 こちらの気持ちも考えないで……と八つ当たりが声にでそうになる。しかし、事情も言わないでこっちの気持ちもうんたらかんたらなどとお門違いだと思いなおし踏みとどまる。代わりに盛大なため息が口から洩れた。

 そんな蓮の様子に友次は当然ながら首を傾げ、ウルフは興味なさそうにしている。


「? まーいいや。……それより蓮。さっきから気になってたんだが……あの子すごいこっち見てるけど知り合いとかか?」


「は?」


 何かを察したのか、唐突に話を変えた友次。

 そんな友次は何やら困ったような顔で、蓮の背後を指し示す。蓮とウルフは友次の指が動く方へつられるように向くと、その先には何やらこちらを見る少女の姿があった。


「い、いや見たことないけど……ウルフの知り合いとかじゃ?」


「んなわけねぇ」


「あれって隠れてるつもりなのか? 体の半分くらい見えちゃってるけど」


 友次が困惑するのも分かるというものだ。

 誰も知らない少女が、なぜか睨めつけるようにこちらを見つめてきているのだから。


「一年生かな? 結構派手な見た目だな」


 見える範囲での話だが確かに派手な見た目をしている。

 肩辺りに切りそろえられた髪はピンクに染まり、体を隠す壁からひょっこりと飛び出たひと房のアホ毛がゆらゆらと揺れ存在感を醸し出している。身に着けている制服の大部分も同様にピンクで飾られ、本当に同じ制服なのか不思議に思うレベルとなってしまっていた。

 なぜか地面に垂れさがってしまっているほど長いマフラーを首に巻いているし……一言で言うならめちゃくちゃだ。


「どういうファッションセンスしてればああなりやがんだぁ?」


 同じような感想を抱いたのか蓮が口に出さないようにしていた言葉をウルフは平然と口にする。

 しかし、何というか……


「あ? てめぇらなに見てやがんだぁ?」


「べっつに~」


「別に」


 友次と蓮はそういったウルフの全身に視線を向けたあとジト―っとした目でウルフを見る。

 そんな何か言いたげな二人に気味悪そうに牙をウルフ。

 まぁ、きっと彼女もウルフだけには言われたくはないだろう。


「れんくん? って人この子に呼ばれてるよ~!」


「あ、ちょっ、頼んでな─────」


 話の方向がウルフに向きそうになったとき、クラスの女子が蓮の名前を叫んだ。いや正確に言えばピンクの彼女の頼みで呼んでいるようだった。

 その本人はなにやら慌てふためいているようだったが。


「やっぱり蓮の知り合いか~何で知らないふりしてんだよ!」


「知らないふりじゃねぇってマジで知らないんだよ」


「あの女こっち睨んでやがんぞクソ蓮」


「れんくん~。いないのかなぁ?」


 きょろきょろと教室中を見回して蓮と呼ばれる生徒を探す女生徒。

 う~ん正直に言えば行きたくないが……。去年同じクラスで蓮を知る生徒の数名はこちらに視線を向けてきているし黙ったままではいられないか。


「はぁ、ちょっと行ってくる。……ごめんごめん俺が蓮だけど」


「あ~よかったいたんだ! それじゃあね」


「あ、あの、ちょ、ちょっと」


 蓮が名乗りを上げて近づいていくと女生徒はそれに代わるようにその場を離れていく。

 残されたピンクの少女はさらにおろおろとあちこちに視線をさまよわせる。


「えーっと……なにか用か? 一年生、だよな? それにしては派手目だけど」


「─────」


 あったこともないであろう少女にこちらから勇気を絞り話しかけてみるが、ビクリと肩を揺らし一歩二歩と後ずさらせてしまう。警戒を強まらせてしまったようで、決してそんなつもりはないがまるでいじめでもしているような気分になった。


 一分、二分と二人の間で静寂が流れる。


 「あ、あのそろそろ昼休み終わりからさ……も、戻るな?」


 沈黙に耐えられなくなった蓮は昼休みの終了を理由にその場を立ち去ろうとする。

 教室の前で男女の二人が無言で睨みあっているというだけで相当注目を集めているのだ、それが上級生と下級生ともなれば変なうわさも流れかねない。それ以上に初対面で勇気を振り絞ったのに無視だなんて蓮のメンタルが持たない。


 涙目で痛くなりそうな心臓を抑えながらとぼとぼと教室に戻ろうとする。


「……おう」


「え?」


 そんな蓮の背中に小さくだが何か声をかけてくる。

 その言葉に蓮は振り返る。


「おう? ごめんなに言ってるのかあんまり聞こえ─────」


「あ、あなたは─────魔王なんですか!!」


「え? ま、魔王? 知らないけど……あ、あのさ急にどうした? あんまり大声出さない方が……」


「ご、誤魔化さないで下さい! ぞ、族長の言っていた特徴にそ、そっくりです! そ、それにあんな危ない妖(あやかし)と異形の者をつ、つつ、連れて! な、何を企んでいるのですか!」


「え……妖、異形の者……?」


 蓮は人目も多くある中、急に大声で話し出した目の前の少女を落ち着かせようとするが、それ以上に気になる言葉が少女の口から聞こえた。

 妖に異形の者を連れていた? そんな記憶は蓮の中にはない。だが、もしその二つの存在に当てはまる人物がいたとするならそれは、


「─────瞳狐先生にラナ」


 蓮は先ほどあったことを思い出す。

 そういえばここに来る前、保健室の前のことだ。瞳狐先生によって保健室を追い出されたあと。あのとき確かにあそこには蓮以外の誰かがいた。きちんと確認したわけでは無いがあのとき見えていた唯一のもの─────あの一束の髪の毛はこの少女と同じ髪色ではなかったか。


 そこまで考えハッとする。


「……もしかして保健室の中の話を?」


 そう口からポロリと漏れる。

 

「そ、その目─────認めるんですね! 今はまだ族長からの指示がないので動けませんが……この学校。いいえ、この地球は桜間一族の忍者であるこの桜間 癒那さくらま ゆなが守ります! 覚えておいてください!」


 まるで勇者が魔王を倒す宣言をするように、蓮に向かてそう高らかに宣言する桜間 癒那と名乗る少女。


「膝が笑いっぱなしで格好がついてないけど……」


 上半身とは裏腹に下半身は正直であった。別に至って普通の目をしているはずなのだが……。

 本来なら口留めなどをするべきなのだろうが、そんな生まれたての子羊のごとく震える少女に蓮は何もできない。

 しかし、忍者とはいったい?


「あ、あのさ忍者とかって─────」


 キーンコーン、カーンコーン


 蓮はなにか聞き出そうと言葉を重ねようとするが、そこで昼休み終了のチャイムが鳴ってしまう。

 その音に阻まれ蓮は言葉を止める。そんな蓮の様子にチャンスと言わんばかりに少女は走り出す。


「今日のところは一旦失礼します! しかし見張っていますよ魔王さん! 忍法『退散』─────いたっ!」


「あ」


 捨て台詞を吐きながら走り出した癒那は、忍法と口に出した途端自分の首に巻いている地面にこするほど長いマフラーに足を絡め盛大にこけた。

 これには蓮も思わず声が出る。


「……」


「……」


「……」


「……さよならです!」


「あっ」


 転んだところをしっかりと見ていた魔王(蓮)と目が合い何度か無言が続く。

 そして最後には恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め普通に走り去っていった。


「なんか楽しそうな子だったな~」


「うるせぇだけじゃねぇか」


 いつから見ていたのか、友次は蓮に近づくとそう笑う。ウルフはいつも通りめんどくさそうだ。

 

「なんだったんだ」


 蓮は二人の言葉には返事をせず、去って行った少女の方へ訳が分からずポカンと立ち尽くしていた。

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