第4話

「…という話になったんだ」

「1ヶ月か、長いね。僕1人で家に居なきゃいけないのか」

「ナツト。その間家には居ないが店では合わせる事ができる。だからあまり心配しなくてもいい。」

「個人的には反対だよ。松井様、何を考えているんだろう?」

「彼の人は独り身だ。きっと話相手になって欲しいのかもしれないな。…取り敢えず荷物はこれで良い。それじゃあ別宅に向かうよ」

「ジュート。気を付けてね」


大塚の自宅を離れて、松井様の別宅に暫くの間居座る事になった。何時も通りに店には、週に一回同伴も兼ねて出勤して良いとの事で、其処は安堵した。


出勤後、更衣室で着替えを済ますとタイチが私に話しかけてきた。


「彼の人の別宅に居るって本当ですか?」

「あぁ。時折店にも来てくれると言っていたよ。大事な客人だ。粗相の無いようにしないとな」


「僕、彼の方は嫌いです。」


「どうして?何かされたのか?」

「ママにまだ言っていないんだけど…前の店の客人だった方なんだ」

「そうなのか?もしかして、お前を知っていて、此処に来たとでもいうのか?」

「分からない。一応注意はしておいた方が良いかも。ジュートさん、何かあったら僕にも教えてください」

「あまり深く考えなくて良い。様子は見ておくよ。」

「あの…この間言った話。貴方の事、僕も本気になりたいんです。」

「俺にはナツトが居る。悪いが諦めてくれ」

「話を聞いて。貴方を想う事の何がいけないんだ?僕だって恋がしたいんだ」

「しつこい。俺が全てじゃない。世の中にはもっと良い相手がいる。まともになって考え直せ」

「ジュートさん!」


強く言い放ってしまった。彼から告白された事は嬉しいが、極力いざこざになる事だけは避けたいのであった。


開店の時間になり、客人の相手をしていると、ある事に気が付いた。タイチの姿が見当たらない。

従業員に声をかけて探す様に頼むと、ステージでは踊り子のショーが始まった。

この後タイチも歌を披露する事となっている。


出番の時間になっても現れなかったので、席を立とうとした時、ステージにタイチが上がってきた。


「遅くなってすみません。今日は2曲披露します」


BGMがかかるとタイチは歌い出した。良く聞いていると、喉が辛そうにしているのが気になった。周りの客人も気付いたのか、ステージから目を逸らせてテーブル席で酒を飲み始めていた。


タイチは歌い終わり、まばらな拍手の中降りていった。


「彼、どうしたんだろうね。良く歌えていなかったよ」

「申し訳ありません。恐らく、すぐれないところがあったのかもしれません」

「次に期待しておくよ」


小休憩の時間、楽屋へ入ると畳の上にタイチが仰向けで息苦しくしていた。


「どうしたんだ?」

「貧血みたいなの。さっき苦しそうに歌っていたでしょう?このまま帰した方が良いかな?」

「タイチ。無理しなくていいわ。今日は帰りなさい」

「ママ。ジュートさんと二人きりにしてくれる?」

「分かった。話が終わったら帰るのよ」


皆が楽屋から出て行くと、タイチが私の手を握りしめてきた。


「僕の事、嫌いなの?」

むしろ好きだ。皆と同じ様にお前の事を慕っているよ」

「僕は…ナツトさんと別れてとは言わない。だけど、好きにならずに居られないんだ」

「俺も改めて考えておく。取り敢えず今日は帰ろう。起きれるか?」

「…ありがとう。僕、本当にジュートさん好きだからね」

「分かったよ。さぁ、立って。俺の肩に掴まって」


彼は私を抱きしめてきた。


「タイチ?」

「この温もり。なんか懐かしい。誰かに似ている…」

「ジュートさん、タクシー呼びました。タイチ、歩けるか?」


彼は従業員に抱えられながら、私に一礼してそのまま帰って行った。


閉店後、清掃が終わると、皆が退勤した。


別宅に着くと、松井様から呼び止められたので話を聞いた。


「店にタイチという男が居るは本当か?」

「えぇ。もしかしてお知り合いですか?」

「元愛人だ」

「愛人…?」


辺りの空気が凍てつく様で、身動きが取りづらい感覚に襲われていた。

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