夕餉

夕餉1

 真っ赤なソファのあるダイニングの一角に、老女が独り腰掛けている。彼女は頻りに葉巻を吹かし、手許の書籍に目を落とす。テーブルには食前の珈琲。ミルクピッチャーは空だ。老女はツーブロックの短髪を掻き上げながら、時折喉を唸らせる。

 やや離れたテーブルには、メイヤと両親が座っている。テーブルは四人掛けだが、合間に少年を挟んだ並びだ。彼女たちはどちらも、肩でリボンを結ぶタイプのワンピースを着ている。彼は二人の母親に戯れ、胸の辺りを交互に行き来する。

 約束通り、リースの手伝いを終えたシウは、椅子にのけ反って座る父親の隣に腰掛けた。手伝いといっても料理はセトやレイが主に作るので、願われた通り、野菜を水洗いしたり食器棚から皿を出したにすぎない。ダイニングと対面する厨房の小窓には、流し台の前を世話しなく移動する双子の姿が見えている。

 ジンは体を起こすなり、息子の髪を一束掴んで自分へ引き寄せた。吐き出す息からアルコールの匂いがする。

「お前の髪は何だってこんなに色がないんだ。あの老婆と、さして変わらないじゃないか」

 隅から鋭い視線が飛んでくる。ほろ酔いではあるが、他人を不快にさせる言動が諸に表れ始めている。シウは父親の手を払い、顔を逸らした。

「母さんに似たんだ」

「お前の母親は赤毛じゃないか」

「父さんの最初の女が僕の母だ。再婚相手じゃない」

 ジンはさらにシウの肩を抱いて密着させた。絡み上戸特有のしつこさで、体にべたべたと触れたり、さすったりする。昼間は素面であの男と触れ合ったことだろう。テーブルに置かれた拳に指輪を見つけたシウは、忌々しく顔をしかめる。

「……離せよ、気持ち悪い」

「此処の看板娘と、随分仲が良いじゃないか」

「勝手に好意を持たれているだけさ」

「首に痕が付いてるぞ。お前から誘ったのか」

 気が付かなかった。厨房にいる間、レイかセトのどちらかに遊ばれたようだ。リースの仕業ではないのは確かだ。なぜなら、彼女は四号室に紅茶を運びにいったまま、依然戻っていないからだ。シウは面倒を嫌い、反論をせずに父親を押し退けた。

「その肌じゃあ、かすり傷でもすぐに目に入るな」

 厨房から二人が出てきて、宿泊客が座るテーブルに次々と料理を提供する。セトがトマトの冷製スープをトレイから下ろそうとしたさい、老女が書籍から顔を上げて口を斜めにした。

「何だい、トマトじゃないか」

「お嫌いですか? 美容にはうってつけですよ、マダム」

「あたしは今の状態が一番綺麗なのさ。それよりも、彼処の失敬な猪野郎に振る舞ってくれよ。トマトは酔いどれの毒を治すと言うからね」

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