十四 脱皮

 アキホシは現実に――暗い井戸の底に帰ってきた。


「見つけたよ。あんたの”大切なもの”……」


「ああ、そうらしいな」


 不気味な男はぐったり脱力して、椅子代わりの岩に深く腰かけていた。


「……あんたさ、あんたの名前は、アキホシ?」


「……ああ、そうか。そうだと思う。

 ……この井戸の底は時間が、時系列通りに進んでいないんだな。

 だから、違う人生を歩んだ俺が二人存在してしまうような、奇妙なことが起きた……」






 気付けばその空間に男はいなかった。


 ただじっと地に伏せるエリカと、鱗をすっかり失くした神聖な白蛇がいた。


 白蛇はエリカに擦り寄った。


 白蛇はしばらくエリカの無事な右手の上をくねって、突然身震いした。

 白い膜を纏ったかと思うと、粉を噴くように毛羽立った。


「脱皮だよ」


 冷静沈着なエリカがアキホシを見上げた。


 白蛇は一回り大きく粒の整った真珠色の鱗へと脱皮を果たした。


「エリカは、その白蛇、前から飼ってたのか?」


 エリカは仰向けのまま苦労しながら首を横に振った。


「ずっと前から友達なだけ。そんで今日からきょうだいになる」


「あっ」


 アキホシは目を見張った。


「手足がなくても床に寝たままでも自由に動ける動物なーんだ?」


 エリカの左肩から下半身にかけてが白い蛇の鱗に覆われた。

 左腕が体側に癒着し、両足が融合して一つの尻尾になった。


 クイズの正解は一目瞭然だ。


 頭と鎖骨と右腕は人間、それ以外は蛇と言う異形の姿になったエリカは神秘的に見えた。


 片腕と両足を失くして――欠損をそれとして受け入れて、その上で何一つ不自由を持たない美しい大蛇の体躯。

 まるで彼女が自らその姿を選んだかのような不思議な縁を感じた。





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