十 父親

 また別の鱗を噛み砕く。

 映像が流れた。


『出せや』


 父親らしき男が、娘らしき少女の腕を蹴りつけた。

 少女は新品の高価な口紅を、両手に固く握りこんで抵抗した。


 その反抗的な態度に男は歯軋りした。


『会社付き合いがどんだけ大事かお前に分かるか? あ? 分かんねえだろ!?』


 娘は父親を睨み上げた。


『だからって、娘が友達からもらったものとか近所のお裾分けとか全部会社の人に差し入れすんの? 「貰い物ですが……」って毎回言うのウケるダサっ』


 父親は娘を蹴り飛ばし、その拍子に落ちた口紅を取り上げた。

 が、高価な口紅は既に封が空いていた。これでは贈り物にはならない。


 舌打ちして床に放った。

 娘が意地汚くそれを拾い、胸に搔き抱いた。


 父親は娘の必死な姿を見ているのが不快だった。


 娘を引き摺り、玄関から叩き出した。

 娘は諦観に満ちた目で最後はもはや抵抗しなかった。


 映像が音を立て、切り替わる。


『ちっ。あークソどうでもいい。会社の飲み会? 必要性がねえわ』


 男が耳に押し当てていた電話を乱暴に叩いた。


 男の”大切なもの”――会社付き合いはそれを認識できなくなり、同僚上司と険悪になり、つい先日クビになった。

 当然、極貧生活に移行した。


 その頃には娘関連の頂き物を得る機会もなくなった。

 娘が貰った誕生日プレゼントでも掠め取ればいい、という話でもないのだ。


 何故なら、


『まぁでも良かったわ、娘が――エリカがいなくなって。食費が浮くからな』





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