第三章 南大陸での開拓

第19話 三大公爵家の蠢動

「この報告書は本当かね?」


 ケープライト公爵家当主のボールドウィンは、執事があげてきた報告に、柔和な鋭い視線で問いかけた。


「はい、複数の経路で確かめましたところ、いずれも一致した見解を示しています」


 曰く、カストリア辺境伯令嬢エリスは、洗礼式を待たずして複数の属性魔法を操る。

 曰く、同令嬢は中級以上のポーションを作成できる錬金薬師である。

 曰く、その力をもってして領内の街道整備や港湾の整備を行った。

 曰く、魔獣がひしめく森で開拓村を複数作ってみせた。

 曰く、南大陸を発見し、いち早く貿易を成立させた。


 どれ一つとっても、眉唾まゆつばものの内容であったが、三大公爵家の中で随一の切れ者と称されるケープライト公爵は、配下のものから報告されてくる経済指標から、それらが全てまことであることを見抜いていた。しかし、


「いやはや、恐れ入った。儂でもここまではできん」


 魔法や錬金術はともかく、公爵家の財力にものを言わせても、ここまで領内の経済を活性化させるのは至難の技だし、船を揃えて遠く離れた大陸との貿易を、これほど早く定着させるなど、到底、七歳の小娘にできることではない。

 しかし、カストリア辺境伯とその妻に、そういった才がないことはこれまでのカストリアからわかっている。であれば、この報告が示す通り、娘の才能が突出しているのだろう。

 これが嫡男であれば牽制の一手でも考えねばならぬところだが、娘であれば話は別だ。


「我が孫、ベネディクトの嫁としてどうだ?」

「ベネディクト様は十一歳、エリス嬢は七歳でございますので申し分ないかと。ただ…」

「なんだ? 何か問題があるのか」

「チェスター王太子が御執心という噂を耳にしておりますが、王家が火消しに動く気配はありません」

「ふむ…」


 カストリア辺境伯は断ったと聞いていたが、未だに王太子妃候補に名前を残しているとなると、加護持ちであることは確定か。

 ケープライト公爵家には年頃の娘がいなかったことから、最大勢力であるグレイスフィール公爵家よりはよかろうと、オルブライト公爵家令嬢を王太子妃に推挙する立場を取っていたが、あの石頭のオルブライト公爵が一歩引いた立場をとるとなると、譲り合っているうちにグレイスフィールに漁夫の利を取られかねん。


 そうして、ひとつずつパズルのピースをめるように考察を進めていたケープライト公爵は、やがて一つの結論を出した。


「王太子には悪いが、辺境伯の娘はケープライトがいただいて、オルブライトめに再びやる気を出してもらうのが良かろう。ただ、グレイスフィールも黙っておらんだろう。婚約の打診と共にベネディクトをカストリアに挨拶に向かわせろ」

「かしこまりました、旦那様」


 こうして公爵家の一角、ケープライトの子息がカストリアにやってくることになった。


 ◇


 一方その頃、グレイスフィール公爵家でも同じ情報を得て検討が進められていた。


「まさか、あのイリスの娘にこのような才があろうとはな」


 グレイスフィール公爵バーナードは、若かりし頃のイリスの美貌を思い出し、ふとした興味で執事のカートンに問い正した。


「イリスの娘は、やはり美しい娘なのか?」

「まだ七歳にございますれば、判断は難しいかと」

「はは、それもそうだな。だがこの際どのような容姿であろうと、息子の嫁にもらえば娘のライバルが減って一石二鳥であることに変わりない」


 息子のアレクシスは十四歳。少々離れてはいるが、七歳なら許容範囲だろう。妹のアンジェリカの援護と言えば、嫌とは言うまい。だが、


「オルブライトはともなく、あのケープライトのジジイが座して手をこまねいているわけがない。カートン、何か良策はあるか?」

からめ手ではございますが、カストリア辺境伯の嫡男や次男に、派閥の娘を差し向け、辺境伯家の内部から影響力を行使されるのがよろしいかと」

「ふっ、さすがカートンだ。ではそのように取り計らえ」

「かしこまりました、旦那様」


 こうして、グレイスフィール公爵家からは、複数の婚約の申し出が届けられることになるのだった。


 ◇


 オルブライト公爵家では、今日もクリステティーナが鍛錬に励んでいる姿があった。


「父上。さすがに、そろそろとめた方がいいのでは? 第一、カストリアからも辞退の申し出がされたのでしょう?」


 オルブライト公爵家の嫡男は二十三歳。カストリア辺境伯家と同様に、歳の離れた妹を可愛がっているクリストフとしては、毎日、倒れるまで鍛錬をやめようとしない妹をハラハラする思いで見ていた。


「とっくに止めたが聞かん。よほど、カストリアの娘との立ち合いがショックだったとみえる」

「それほどなのですか? 色々と噂は聞きますが」


 クリストフはそう言って、父のコンラッドの方に目を向ける。クリストフは無言で胸の内ポケットから書状を取り出し、息子に渡して静かに語る。


「クリスティーナには気の毒というしかないな。お前がもう十歳も若ければ、先方が結婚を了承してくれるまで何度でも通うところだ」


 クリストフが書状を確認すると、そこにはエリス嬢の信じられないような調査結果がずらりと並べられていた。早くからエリスの存在に気がついていたオルブライト公爵家の調査内容は、三大公爵家の中でも真に迫るものがあった。


「上級ポーションを作り出せる錬金薬師で全属性魔法使い? これが本当なら、なぜ王家は黙っているのです」

「魔法については、おそらく正確なところはつかんでおるまい。カストリア辺境伯は、うちと同じで末娘には甘いだろうし、幼子相手に強引に事を進める陛下ではない」


 父が一歩引いたままでいたのは勝負の内容ではなく、本当に相応しいのは誰かを知ってのことだと悟ったクリストフは、改めて妹のクリスティーナの様子を伺う。


「父上、クリスティーナをどうするのです」

「この際、腹を割ってカストリア辺境伯の思惑を聞いてこようと思う」


 七歳で嫁ぎ先など考えたくもないだろうが、娘のクリスティーナは十三歳だ。王太子妃になるつもりがあるのなら、後ろ盾になるのもやぶさかではない。今ならまだ、クリスティーナに別の婚約者をあてがうこともできるだろう。


 こうして、オルブライト家からは当主自らが訪問するという方向で、調整が進められることとなった。


 ◇


 そんなことが裏で進行しているとも知らず、当のエリスは八歳の誕生日を迎え、料理長にレシピを伝えて作ってもらったバースデーケーキを食べてご満悦の表情を浮かべていた。


「料理長が作るお菓子は、最初と比べてとてもよくなったわ!」

「ありがとうございます。これもエリスお嬢様のおかげです」


 深く礼をする料理長は、充実した笑顔を浮かべていた。自らの料理の腕が、メキメキと上がっていることが実感できるのは、料理人としてこの上なく幸せなことであり、日々、新しいレシピに挑戦するお嬢様の課題は、非常に興味がそそられるものだった。

 また、辺境伯家の家族はいずれも穏やかな性格をしており、理想的とすら言える和やかな晩餐は、仕えるものにとっても幸せな空間だった。


 しかし、いつまでも続くと思われた、この平和な家族の団欒だんらんは、春を迎えた後、各貴族家の思惑により千々ちぢに乱されることになるのは、この時、辺境伯家の誰も想像していなかった。

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