第15話 大陸間貿易の挑戦

「食文化は一日にしてならずとはよくいったものね」


 ビリーさんに届けてもらった食材をもとに、今度はピザやパスタなどを作り出しているものの、調味料が足りない。スパイスの類は、船もおぼつかない今の技術水準では、南国から買い入れるのは夢のまた夢。

 であるならば! 死んでも構わないという特性を活かして、万の一つの可能性を信じて大航海に乗り出すのも手かも知れない。ただし、船が無限に手に入る場合に限る、と。


 いや、別に船で行かなくてもフライで自分自身を運べば、MPが尽きたら交代したりイカダの上で休んだりといった感じで挑めば、どこまでも飛べるわね。この際、飛行限界に挑戦するのも一興かも知れない。積荷やイカダはマジックバックに詰め込めばオーケー。世界旅行の夢に向けて、今、第一歩を踏み出すのよ!

 マップ機能の縮尺を調整すれば、南の方に大陸や島があるのはわかるし、海は広いな大きいなと渡航を諦めるのは早計かも知れない。


 こうして、ひょんなことから大陸間貿易の可能性を思いついた私は、毎日、限界まで飛行しては海に沈むデジタルツインを戻すという長距離飛行訓練とMP増強訓練の果てに、南の大陸をはじめとした別の大陸や島への渡航を成功させたのだった。


 ◇


「ねえファルコ、どうして南の大陸の人は同じ言葉をしゃべっているのかしら。かなりなまりはあるけど」

「モデルにした世界が同じ言語を喋っていたから、単一大陸の段階で言葉が生み出されるように調整したんだよ!」


 はあ、そんな都合いいように大陸と進化の過程を連動させられるなんて、さすが神様ね。

 そして純金という普遍的な価値があるものを抽出することができて本当に助かったわ。おかげで、スパイスや南国の果物やカカオ豆にコーヒー豆、そしてサトウキビも手に入れることができた。カレーパンやチョコレート、そして上白糖やグラニュー糖ができるのも時間の問題よ!


 問題があるとすれば、この大陸間貿易は私個人の能力に依存しすぎていることよね。


「そうだ、中継地点として島をつくりましょう!」


 ストーン・ウォールを六万回も発動させれば、人が休息するための島の一つや二つ作っていけるでしょう。それをいくつか作って中継地点を作れば、つたない造船技術であっても南の大陸と貿易ができる気がする。

 造船も、デジタルツインで何隻も作っているうちに、そのうち立派な船を作れるようになるでしょう。


 こうして、大海原での大地造成と、造船に明け暮れる日々が始まった。


 ◇


 カンッカンッカンッ!


「なあ、お嬢。今度は何をしでかしているんだ?」


 海の近くでもないのに、急に木造の貨物帆船を作り始めた私にグレイさんが問いかけてくる。


「南の海を越えたところにある大陸と貿易をするための船を作っているのよ」

「そんなの職人に任せればいいんじゃないか?」


 私はマジックバックから航海地図を取り出して見せた。


「今いる大陸のここが、カストリアで、ここが王都で大体五百キロよね。そして、目的とする大陸は、ここ。五千キロくらいあるから十倍くらいの距離を航行できないといけないの」

「はあ? そんな距離に陸地があるなんて誰も確かめられないだろ。ガセ情報でもつかまされたんじゃないか?」


 私は、今、グレイさんが手にしているコーヒーを指差しながら指摘した。


「デジタルツインで飛んで、今飲んでいるそれの原料を買って帰ってきたんだから、間違いないわ」


 そして、最近レシピを生み出したカレーパンやチョコレートをマジックバックから出して見せる。


「ちなみに、これも南の大陸から買ってきたスパイスや豆を使って作ったのよ!」

「最近飛躍的にメシがうまくなったと思ったら、そんな大それたことしていたのかよ」

「今は、ここと、ここにストーン・ウォールで海底から大地を造成して、中継地点となる島を作っているところだけど、今ある船ではたくさん島を作らないといけないから、新型を作っているのよ」


 最初に作った頃よりはマシになってきたとはいえ、新大陸の発見に使われたキャラック船には程遠いけどね。ただ、私は水の魔石や風の魔石により天候によらない推進力をつけることができるから、嵐に遭遇しなければ到達できる船ができるのはそう遠くないはず。


「こんな船が作れる職人がいれば結構力になると思うんだが、育てる気は無いのか? 時々忘れちまうが、お嬢は、辺境伯令嬢だろう?」

「…たしかに、そんな肩書きもあった気がするわね」


 この数ヶ月というもの、エリーゼとして服飾や宝飾の職人になったり、限界飛行に挑戦して大陸間貿易をしたり、レシピ開発に料理人の真似事までして忙しくしていたから、すっかり忘れてしまっていたわ。


「おいおい。というか、最近やけに実践的な剣を振るうと思ったら、まさか、南の大陸で魔獣狩りなんかしてないよな?」

「そんなこともあったわね。でも、本体はここにいるから問題ないわ」


 南国の果物がなる無人島の開拓をした時に、トラっぽい猛獣とたくさん遭遇した気がする。


「そういえば、錬金術でなめした毛皮にしておいたんだけど、売れるかしら」


 ドサドサドサッ!


 漫画とかでオリエンタルな居間に、よくトラが足を広げたような毛皮の敷物をしている時に描かれる、トラ柄の毛皮を十枚くらい出して見せた。


「おいおい、お嬢。こんなデカブツと何体もやり合ったってのかよ!」


 グレイさんが顔に手を当てて呆れた声を上げる。


「フルーツパフェのための尊い犠牲というやつよ」


 おかげでバナナとパイナップルをふんだんに使ったフルーツパフェができた。あなたたちの犠牲は無駄にはしないわ、トラちゃん。


「こんなのとやり合うなら、俺も連れて行って欲しかったぜ」

「デジタルツインだけど十体くらいは致命傷を負わされたし危険だわ。命は大切にしなきゃだめよ」

「お嬢に言われると、ひどく納得がいかねぇ」


 死にさえしなければ上級ポーションで欠損も含めてどうにかなるけど、頭をガブリとかじられたらおしまいだし。かと言って手加減なしで魔剣の力を振るうと、魔石も残さず消滅してしまう…難しいところだわ。


「あ、そういえば冒険者登録でもしておけばよかったわね」

「何言ってんだ、冒険者は最低でも十二歳にならないと登録できねぇぞ」

「そこは、ほら、こんなふうに年齢詐称すれば…デジタルツイン、十七歳!」


 ポンッ!


「ばっ! 服が破れているじゃねぇか! ちっとは令嬢らしい慎みを見せろ」

「忘れていただけよ。それに七歳児の裸なんて見てもしょうがないでしょ」

「アホか、これはお嬢の十七歳の時の姿なんだろ。十年後に恥ずかしくなっても知らねぇぞ!」


 それは一理ある気がするわね。私はそそくさとマジクバックから大人用の服を取り出すと、デジタルツインに着てもらった。一体ずつ指定して消せれば楽なんだけど、面倒な制限だわ。

 と、そんなことを考えていると、中空からファルコの声が聞こえた。


「年齢を変えたデジタルツインは経験を統合できないから、指定した年齢ごとに消せるよ!」

「…」


 また、そんな今更のタイミングで重要なことを。本当にファルコはヘルプとして使えないわ!

 記憶や経験を統合する都合で、デジタルツインを一度に戻す必要があるという仕様なら、元から統合できない年齢を変えたデジタルツインは、その一度に戻す仕様制限が適用されないというわけね。


 私は、十七歳のデジタルツインを消しつつ、面倒な制限がない年齢指定付きのデジタルツインの活用について思いを巡らせるのだった。

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