第12話 便利すぎる開拓村

「エリス。この馬車はずいぶんと変わっているように見えるんだが…」

「はい。お父様が呼び寄せてくれたノゴスの鍛治職人と協力して作った特別馬車一号です!」


 衝撃を許容して板バネ式で荷台を浮かせて激しい揺れを吸収させることから始め、今ではスプリングとシリンダーを組み合わせた油圧式のショックアブソーバーと、錬金術で作り出したゴムタイヤを装着した車輪に、ボールベアリングの軸受で摩擦を少なくした特注品まで進化を遂げている。

 そのうち独立懸架式どくりつけんかしきサスペンションにして片側だけのショックに対応できるようにしたいけど、そこまではまだ無理だった。


 しばらく物珍しそうに馬車を見ていたお父様が馬車に乗り込み席に着くと、驚きの声をあげる。


「これは、随分と弾力のある椅子だ」

「中に金属のバネを仕込んで、反発するようにしてあります。これで、王都に行った時みたいにお尻の痛い思いをしなくてすみます!」


 椅子の部分は家具屋に相談して改造ソファを積載してもらったこだわりの一品だ。それと…


「というか、エリス。外から見たより広いんだが?」

「マジックバックの応用で魔石を使って多少中の空間を広げています」


 これで、私の身長なら馬車の中で横になって眠るのも可能になった。まあ、寝る為には揺れを最小にしないといけないのだけど。


「じゃあ、出発してください」


 御者に合図して目的地に向かってもらう。しばらくしてお父様が驚いたような声を上げた。


「信じられない。まるで揺れを感じない」

「お父様、それは言い過ぎです。ちょっとは振動しているじゃないですか」


 そう言ってアイテムバックから水の入ったコップを取り出し、車内のテーブルに置いてみせる。その水面は、常時、波紋ができていた。


「いやいやいや、コップに手を離して水がこぼれないこと自体がおかしい」

「まあ、お父様。今からそんなに驚かれては、私が舗装ほそうした街道に入ったらもっとびっくりされますよ?」


 しばらく馬車で進むこと一時間、ようやく西の森の入り口に入ったところで、それは起きた。


 カタカタカタ…スゥ…


「なんだ? 振動すらも止まったのに外の風景は流れている。まさか!」


 お父様が乗り出して窓の外から私が手ずから舗装した街道をご覧になる。


「今走っている街道を、国境付近まで通しました!」

「嘘…だろう? 大理石張りの街道など聞いたこともない」


 私が丹念に一平方メートルずつ錬金術で舗装した道路は、王宮の廊下で見かけた大理石を模したものだった。両脇に雨水が通っていくように広めの側溝を設けて石板で蓋をしたけど、何年も維持するとしたら掃除が大変かもしれない。


「正直なところ、もう、王宮に行った時のようなお尻が痛い思いは嫌です。だから、お父様のお許しを得て、私が通る可能性のある街道は全て、このように舗装させていただきたいと思います」

「領内なら全部こうしてもらって一向に構わないが、できるのかい?」

「一日、十キロくらいまでなら無理なくできます!」


 私の言葉に、お父様は顎に手を当ててじっくり考える素振りをみせると、しばらくしてこのようにおっしゃった。


「わかった。他国にこのような高速に移動ができてしまう道を通すのは軍事上の理由で現段階では許可できないが、領内や隣接する領に続く道なら、こちらで調整するから好きに舗装しなさい」


 お父様の説明によると、西に隣接する国とは中立関係にあるものの、完全に友好関係にあるわけではないので、整備された道が通っていると進軍速度を上げる手助けになってしまうので望ましくないそうだわ。

 確かに、仲の良い国とじゃないと、もうかるからと安易に貿易するのは危険かもしれない。


「わかりました、お父様。それでは、開拓村をご覧いただいて今日は帰ることにしましょう」

「開拓村? こちらに領民が移り住んだとは聞いていないが」

「建物だけ建てた箱物の居住区です。無料で開放してもいいと思っていますが、周りは魔獣が住んでいるので、少し注意が必要です」


 そう説明している間に、二階建ての鉄筋コンクリート式の集団住宅が見えてくる。


「エリス、あの王都でも見ないような石造りの建物はなんだい?」

「住民が集団で住めるようにした“アパート“という建物で、コンクリートという泥のような状態からあのように固まる石材と、中に鉄の柱を通した作りをしています」


 まだ高層ビルなどは無理だけど、一般住宅レベルなら建てられるようになった。百年持つかは微妙だけど、少なくとも二十年は持つでしょう。地震も少ないみたいだし、風雨の暴露試験はデジタルツインで何十万回となく試行した。

 やがて開拓村について警備のデジタルツインたちを見たお父様はギョッとした。


「なんだか、辺境警護隊よりも装備がいい気がするんだが?」

「魔獣しか来ないのでミスリルの鋳物程度のなんちゃって装備です。それに、実際には魔法で対処するので装備は使いません。あれは、素振り用です」


 私はデジタルツインたちに合図して、空に向かって十メートル程度のファイアーボールを百発同時に斉射させる。


 ブボボボボォーン!


「こんな感じで三百人を百人ずつにわけて三交代で警護していますので、ドラゴンでも来ないと魔法連打の壁を突破できないかと思います」

「…なる、ほど」


 その後、警備宿舎やコンクリート建てのアパートの内部を見てまわり、中に据え付けられたオーブンや冷蔵庫などの魔道具を紹介する。


「幸い魔獣がよく来るので食肉には困りませんし、離れで耕している畑には、例のテンサイ以外にも野菜を育てているので栄養バランスも取れるような村になったかと思います」

「水はどこから来ているんだい?」

「水の魔石を設置して、蛇口を捻ればどの家庭でも好きなだけ得られるようにしています」


 ドバドバドバッ…


「近くに川は見当たらなかったが、どこに流れているんだい?」

「地下に下水道を作って少し離れた場所にある川に浄化の魔石を通して清水に変えて流しています」


 まあ、健康で文化的な最低限度の生活を営めることを目指して作ったので、生活インフラに抜かりはないわ。


「開拓村という位置付けなので買い物が少し不便ですが、そのあたりに目をつむればそれなりに住める場所になりました」

「エリス、これはそれなりなんて生易しいものじゃない。一般的な領民からすれば、至れり尽せりというんだ」


 仮想村長の家の執務室で頭を抱えて仰るお父様に、私は、昨日出すのを忘れていた牛乳プリンをお出しして糖分を補給してもらう。


「でも住民は一人もいないので、最初にお話しした通り箱物なのです。それに、私にもしもの事があってデジタルツインが消えたら自力で魔獣と戦わないといけません」


 住宅の類は、一度住んでみないと何が不便か気がつかないところがあるし、私がなんらかの理由でデジタルツインを戻す必要が出た場合、ここだけ戻さずにいることはできない。

 そうした開拓村の脆弱性を説明すると、お父様はこう返した。


「もともと、開拓村に住む住民は自ら戦えるものを募るものだ。これだけの規模の家屋があれば、住民だけで十分、村を守れるだろう。普通は住宅も何もないところから始め、その苦労の見返りとして村長などの役職に就かせるのだ」


 なるほど。なら、私は村長になれるだけの働きをしたことになるわね。でも、辺境伯であるお父様の娘の私が村長をするわけにもいかないし、この村を本当の村として運営しようとしたら、誰かに譲らないといけない。というか、


「お父様。実は、第二、第三の開拓村がこの先に等間隔の距離で存在しているのです。全く同じ間取りで」

「そうか…お父様はあまりの急展開に頭が痛くなってきたが、せっかくだから少しずつ移民を募って維持させよう。通常、百年かかる開拓がすぐできたと思えば素晴らしいことだ」

「やったー! このままガンガン開拓して千年時間を早めてみせるわ!」


 そう言って無邪気に喜ぶ私の頭をお父様は優しく撫でると、「ほどほどにな」とやんわりとたしなめるのだった。


 ◇


 エリスと共に開拓村を訪れた後、エイベルはカールとブルーノを連れて再訪していた。


「これがエリスが作った開拓村ですか」

「こんな森の奥地に、こんな進んだ建築物など考えられない」


 驚きの声をあげる兄弟二人にエイベルは全くだと声をあげる。


「加護を持つことはわかっていたが、我が娘は想像の遥か上を行くようだ。そして、この水準でありながら不便だと言う」


 バシャバシャバシャ!


 手近な家屋に入って蛇口を捻り水を出して見せると、二人とも驚嘆の表情をさらに濃くした。


「端的に言って…世間知らず過ぎる! 二人とも、どうしたらいいと思う」


 カストリア辺境伯エイベルの最近の悩みは、如何にして可愛い末娘に常識というものを教えるかだった。


「そりゃ、エリスは七歳だから仕方ないのでは?」

「そうですよ父上、高望みし過ぎです。普通は蝶よ花よと育てられる年頃ですよ?」


 そんなことはわかっている。カールもブルーノもそれぞれ二十歳に十八歳だ。子供の教育についてまったく知らないというわけではない。本題はそこではない。


「そうか、ならば領内の名主との調整はお前たちに任せた」


 エイベルは、ここにくるまでに通った考えられないクオリティの街道を領内全てと隣接する領まで敷設するとエリスが話したことを聞かせ、隣接する領との交渉で手が足りない事情を話した。


「どうしてこんな平らな街道を敷設するのです?」

「物流活性化もあるが、王都に行った時のようにお尻が痛いのは嫌だとエリスが言っている」

「プッ…よくわかりました、任せてください」


 実に七歳らしい理由にカールもブルーノも納得すると共に、笑いを抑えられなかった。そして、そんな可愛い妹のためならば、名主との調整などなんでもないことだと、互いに頷き合うのだった。

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