第二章 カストリア領の発展

第10話 魔境の森の開拓

「ようやく村が一つできたわね」


 カストリア領に戻ってから毎日のように、デジタルツインの数の暴力で西の森の木を伐採してはログハウスとして組み立てたり、アイテムボックスにより重量物を出し入れして街道を踏み固めたりしていったところ、それなりの規模の開拓村が一つできてしまった。


「六万人以上とはいえ、まさかお嬢のなりでここまでしちまうとはな。だが、こんなところじゃ、いつ魔獣に襲われるかと住めたもんじゃないだろ」


 確かに。高い城壁で囲むような規模でもないし…そうだわ。


「大丈夫よ。デジタルツインを三百体くらい振り向けて警護させれば、向かってくる魔獣の素材や魔石も手に入って一石二鳥よ!」


 さっそくデジタルツインを百体ほど村の周囲に配置させ、残りの二百体は三交代でシフトを組むために、ログハウスで睡眠をとる百体と、村の畑を耕したり整備したりする百体にグループ分けする。

 これで毎日襲撃を防いでいれば位階とやらも上がって村も綺麗に整備される…って、あれ? 自分で作って自分のデジタルツインが住むって、まったく発展してないわね。住人用のログハウスとは別に警備宿舎も建てないといけないわ。


「そういえば、辺境伯が領内のノゴスの街に鍛治師を招致したって言っていたぞ」

「本当!? それじゃあ、早速、会いに行きましょう!」


 私は警備するデジタルツインをそのまま置いていき、デジタルツインにフライで運んでもらい、お父様が呼び寄せた鍛治師に会いに行くことにした。


 ◇


「ふう、割と早く着いたわね。マップ機能があって助かったわ」

「まさか俺が七歳児に担がれて空を飛ぶ日が来るとはな…」


 担ぐというか、運動会の騎馬戦のように三人がかりで持ち上げて飛んだのだけど、あれも担ぐうちに入るのかしら。


「まずは馬車の改良を頼もうかと思っていたけれど、よく考えたらこうして三人がかりで飛んで運ばせれば馬車はいらないわね」

「お嬢、俺が言うのもなんだが、貴族には見栄えというものが必要だろ。歩いて移動する距離でも馬車を使うのが一般的な御令嬢というもんだ」


 確かに。それに、この辺境での物流を考えれば、今までの馬車よりも早く走れるようにするべきよね。

 そんなことを考えつつノゴスの街の門の前に歩いて行くと、門の前で門番に止められた。


「身分証はあるか?」


 身分証…冒険者ギルドは年齢的に会員になれなかったけど、幸い商業ギルドは金のインゴットを積むだけで会員になれたので、それを提示すればいいのかしら。


「はい、商業ギルドの会員証よ」

「いや、お嬢。俺が出せば済むことだろ」


 あ、それもそうね。カストリア領内の街の出入りは馬車の家紋のみでフリーパスという記憶しかなかったから、気が付かなかったわ。

 そんなことを考えている間に、手渡した会員証を門番が確認すると、急に直立不動になって敬礼してきた。


「た、大変失礼いたしました! どうぞ、お通りください!」

「街の警備、ご苦労様です」


 会員証を受け取りながら門番の人に挨拶して通ると、グレイさんが呆れたような声で指摘してきた。


「お嬢、まさかフルネームで商業ギルドの会員登録したんじゃないだろうな」

「そうだけど、何かまずいことでもあるの?」

「大有りだ。どこの世界に商業ギルドの会員登録をする貴族令嬢がいるってんだ! ファーストネームだけで十分だろうが」


 なるほど、わざわざ家名を名乗る必要はなかったのね。でも、もう登録してしまったし、しばらくはギルドでインゴットを金貨に換金するだけに使えばいい。それに、


「まあ、いいじゃない。これで、カストリア領内はフリーパスよ」


 お父様が治める領内で通行料の類を払うなんて馬鹿らしいわ。


「お嬢がいいなら別にいいけどよ…ああ、鍛治師は真っ直ぐ行って街の中央にある噴水を右に曲がってすぐだそうだ」

「え? 街の中心で槌を振るったらうるさいって苦情が出るんじゃないの?」

「辺境伯御用達の看板を掲げている店に苦情にこられる奴はいねえよ」

「そっか。軌道に乗ったら開拓村に火炎の魔石式の炉でも作って引っ越してもらおうかしら」


 そう言って、てくてくと歩きながら、素朴なノゴスの街並みをながめると、パン屋の看板が目にとまる。


「ちょっと鍛冶屋の前にパンでも買っていかない?」

「ん? ああ、別にいいぞ」


 カラン、コロン♪


 店の扉を開けると、小気味よいドアベルの音が鳴り響いて、店主のおじさんが声をかけてくる。


「いらっしゃい、何個買っていくかね」

「何個…種類はないの?」


 私の質問にキョトンとした顔をしてグレイさんの方を向く店主のおじさん。


「お嬢、パンに種類はねえ」


 なんと、スライスして切り売りするどころか、丸パンや細長いパンのような形状の違いすらないという。


「じゃあ、一個ずつ…いえ、グレイさんは二個で私が一個、合わせて三個ください」


 そう言って、金貨を一枚だすと、また店主はグレイさんの方を向いた。


「お嬢、前に言ったろ。パンに金貨は必要ねぇ」

「仕方ないじゃない。金貨しか持ってないのよ。それにお釣りをもらえばいいでしょ」

「あのな、金貨は商人同士とか貴重品店、大店おおだなでしか扱わないんだ」


 なん…ですって。それはひょっとして、百ドル紙幣を普通は使わないのと同じという奴かしら。


「じゃあ、この金貨をあげるから建て替えて」

「そいつはしまっとけ。街での支払いは後でまとめて辺…いや、旦那に請求する」


 そう言って店主に銀貨一枚と銅貨二枚を渡してパンを受け取って店を出る。袋からパンを出して確認してみると、やっぱり硬かった。


「好んで硬いパンを食べているってわけじゃなかったみたいね」

「なに言ってんだ? 十分柔らかいだろ」


 まあ、チーズをかけて焼くぶんにはこれでもいいんだけど、そのうち天然酵母でも作って自分でパンを焼くしかないわね。開拓村で火炎の魔石を使ったオーブンでも作って焼くことにしよう。

 そう考えアイテムボックスにパンを収納して、鍛冶屋を目指して歩を進めた。


 ◇


「こんにちわ、私はエリス・フォン・カストリアよ」

「ドレファンだ。いや、です。あんたが、いえ、あなたが」

「七歳児に敬語なんていらないわ。普通に話して」


 鍛冶屋に来たものの、槌を振るう音も聞こえず何かを売っている様子もない。どうなっているのかと単刀直入に聞いてみた。


「どうもこうも、鉄や銅がなけりゃどうしようもねえだろ。なんだってこんなところに呼び出したんだ?」

「馬車を改造してもらおうと思って。あと鉄や銅ならいくらでもあるからあげるわ」


 ゴトンッ


 とりあえず一キロの鉄と銅のインゴットを百個ずつ並べて見せる。これ以上出すと、木の床が抜けそうだからと出すのをやめる。


「こいつは…みたこともねぇほどの純度じゃねぇか。一体どこで…」

「私の錬金術で一トンでも十トンでも作れるから、わざわざ鉱山に行って鉱石から鉄を取り出す必要はないのよ」

「なるほど、それで辺境伯はこんな街中に俺たちを呼び出したのか。でも、馬車っていえば木造だろ。俺たちの出番はそれほどないんじゃねぇか?」


 私はこの日のために錬金術で作っておいたミニチュアのボールベアリング式の軸受や板バネ、吊り下げ式で使う普通のバネやクッションの中に仕込むバネなどを出して見せて説明する。


「こんな部品を作って馬車に組み込んで欲しいのよ」


 その後アイテムボックスから簡単な図面を出して全体の構造を話す。最終的には、私が錬金術で作ったタイヤでさらに衝撃を吸収させるつもりだ。


「ほう…こんな部品で揺れを吸収したり回転の抵抗を減らしたりするとは面白いこと考えるんだな」

「後は、火炎の魔石でオーブンやコンロを作ったり、氷結の魔石とかで冷蔵庫を作ったりしたいから、普通の金属の箱とかも作って欲しいわね」


 さっさと、あの硬いパンからおさらばするか、ピザにして食べるかしたい。それに、開拓村で畑ができるまでは、魔獣の肉とか保存が効くようにしておきたいものね。


「わかった! ところで他にも金属はないか? 細工師もいるから、金や銀もあるといい」

「あるわよ、はいこれ」


 ゴトンッ!


 金と銀、それからミスリルのインゴットを十キロほど出して、これ以上は底が抜けるからと倉庫を用意するように言うと、ドレファンさんは目を白黒させて答えた。


「ミスリルもかよ。とんでもねえお嬢さんだ」

「そのうち、魔石を使った炉を作って専用の村を用意するから楽しみにしていてね」


 こうして鍛治師の協力を得た私は、まずは馬車の改造と生活用品の充実に向かって邁進まいしんするのだった。

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