第7話 はじめての王都

「エリスを連れて王に謁見することになった」


 お父様の言葉を反芻はんすうするものの、いまいち頭に入ってこないでいると、お兄様たちが声を上げた。


「父上! エリスはまだ七歳ですよ!?」

「俺だって一度も…まさか! 父上、王太子妃争いに名乗りを上げる気か!」


 王太子妃!? そんなクソ面倒くさそうな立場はごめんだわ!


「あなた、エリスは行儀作法も怪しいのよ? 王太子妃にあげるにしても、教育が必要だわ。礼儀作法にダンスを覚えさせなくては。あと二、三年は必要じゃないかしら」


 しかしお母様は乗り気でいるようで、教育計画をああだこうだとつぶやき始める。


「お母様、私は王太子妃なんて柄じゃないと思うのですが」

「大丈夫よ、エリス。五年もしごかれれば、今の性格がカケラも残らないくらい変われるものよ!」


 いや、それはちょっと…。私が顔を引き攣らせていると、お父様から追加の説明がされた。


「今回は単にエリスの魔法を確認するだけと聞いている。それに謁見の間ではなく、ごくプライベートな場で済ませてくれるそうだ。そんなに緊張することはない」


 なんだ。緊張はするだろうけど、それなら王都観光旅行を楽しみつつ、需要の調査が出来そうね。辺境の牧歌的な風景しか目にしていないのだし、楽しみだわ!


 ◇


 その数日後、王都に向かう馬車の揺れに酔いまくる私がいた。楽しみだなんて呑気なことを言っていた私を叱りたい。


「大丈夫か、エリス。少しとめさせよう」

「お父様、もっと揺れない馬車はないのでしょうか」

「うむ。これでも改良された方なのだ」


 はあ、これならフライで四六時中浮いている方が…って、その手があったわね。なぜ私は素直に馬車に揺られるがままでいたのか。

 そんなことを考えながら街道の脇で休んでいると、脳裏に表示させていたマップに赤い点があらわれた。


「お父様、グレイさん。よくわかりませんが、街道の両脇の森から五人ずつ害意を持った何者かが近づいてきています」

「なんだと? どうして…ああ、そういえば地図表示がどうとか言っていたな。グレイくん、どうかね?」

「おそらく盗賊の類でしょう、護衛のものたちに両脇を固めていていただければ、私が片付けてきます」


 大丈夫かしら。そんな不安が伝わったのか、グレイさんは安心させるように言った。


「ははは、お嬢の剣があれば十倍の人数が来ても、ものの数じゃない。そのまま休んでいてくれ」


 その後、しばらくすると地図上から盗賊を示す赤い点が次々と消えていく。でも、特に雷撃の音は聞こえない…と思っていたら、最後の数人の赤い点が一度にフッと消えた直後に、


 ガァーン!


 例の雷音が響き渡った。その後しばらくして、グレイさんが馬車に戻ってくる。


「私の剣、最後しか使わなかったじゃない」

「あんな音を立てたら奴らの仲間に位置を教えるようなもんだ。それに、最後以外でも訓練用のミスリルソードを使ったんだから、全てお嬢の剣に変わりない」

「なるほど。それにしても十人以上を一人で倒すなんてAランク冒険者って強いのね」


 そんな感想を漏らすと、お父様が説明を入れてきた。


「いや、Aランク冒険者の中でもグレイくんは特別だ。実力で言えばSランクと言っていい」


 Sランクは複数の国の王族から承認が必要で、Sランク冒険者として認定されるのは非常に稀だという。


「そんな凄い人が私なんかの護衛をしていていいの?」


 思わず滑り出た言葉に、お父様とグレイさんは互いに顔を見合わせると、次の瞬間笑った。


「ははは、凄いのはお嬢だろ。お嬢が他の国に攫われたら、それだけで軍事バランスが崩壊しちまうぜ!」

「そうだぞ。兵士全員に魔剣を持たせるだけで、一方的に攻め込めてしまう。しかも、ポーションで、ほぼ死なない。むしろエリスの護衛は薄すぎるくらいだ」


 ああ、この世界はまだ剣の性能で国家間のパワーバランスが変わってしまう程度の技術レベルだったわ。私は他国との戦争の可能性があることに思い至り、そっとため息をつくのだった。


 ◇


 その後、数日かけて王都まできて、貴族街の一角にある辺境伯邸に到着した。辺境よりは狭いとはいえ、十分な広さだった。


「それではお嬢様、ごゆっくりお休みください」


 パタン


 メイドに案内されて屋敷の一室に着くと、旅の疲れを癒すようにベッドで横になった。


「はあ、疲れた。ファルコ、いる?」

「いるよ! なにかな?」

「この世界の技術水準はどうなっているのよ」


 王都に移動したり移動したりするたびに常時フライという名の空気椅子をしていたら疲れてしまうわ。


「どうって、エリスが思っている通りだよ。錬金術の発展もまだまだだし、鉄の生産も難しいね!」

「なんてことなの! こうなったら王都で鍛冶屋さんを探して質の良い鉄や報酬を餌に辺境に招致するしかないわね」


 お金というか金のインゴットならそれなりにある。札束ならぬ金の延べ棒で腕のいい鍛冶屋さんの頬を張って辺境に連れて帰るしかない。そのためには、


「謁見の日までの限られた時間を有効に使うため、明日からデジタルツインで手分けして王都探索よ!」


 そんな宣言をしつつ、その日は安らかな眠りについたのだった。


 ◇


 明くる日の朝、ぞろぞろと王都見物に向かっていくデジタルツインたちを眺めながら、グレイさんが確認してくる。


「なあ、ここにいるお嬢は本物なんだろうな?」

「心配しなくても本物よ。良いお店を見つけたら馬車で出かけるかもしれないけど、こうして一般市民の格好に扮してデジタルツインに見に行かせた方が効率的でしょ?」


 さすがに六万五千人も出したら王都の人口に対して目立つので百人程度に絞ってマップに表示される各エリアに向かわせている。


「でも、あいつらはみんなお嬢と同じ性格をしているんだろ?」

「そうだけど、何か問題でもあるの?」

「問題しかないと思うが? 何をしでかすかわからん」


 そんな目立ったことをするはずがないじゃない。視察という役割を理解して慌てず騒がず、スマートに任務を果たすはず。それに、


「まあ、多少問題があってもパパッとフライで飛んで逃げてくれば大丈夫よ」

「…それが問題なんじゃないか。何が起きても知らんぞ」


 そう言って顔を覆うように手を当てて呆れるグレイさんが危惧するように、予想外のことが発生していたことを私が知ることになるのは、すぐ後のことだった。


 ◇


「殿下、このような場所に頻繁においでになるのは、いかがなものかと」

「クリフ、市井を知るのも王族の務めと言って最初に連れ出したのはお前だろう。それに、ここでは殿下はよせ」


 お忍びで城下に出ていたチェスター王子は、側近のクリフと数人の護衛を伴い散策に出ていた。


「それは王太子教育でお疲れのところを気分転換にという方便です。それに、令嬢たちとの茶会はどうするのです」

「今日は勘弁してくれ。ああも連日来られては限界なんだ。そうだ、気分転換といえばガゼルのところに行って剣でも新調しようじゃないか」


 王家御用達職人であるガゼルは、王都でも一、二位を争う腕利きの鍛治師だ。育ち盛りで剣の鍛錬に余念のないチェスター王子は、そろそろ剣の重量が合わなくなってきていたこともあり、久しぶりに彼の工房を訪ねていろいろな剣を見せてもらおうと言う。


「仕方ありませんね。今日だけですよ」


 渋々承諾するクリフに先導されて職人街を訪れたチェスター王子は、ガゼルの工房の前までくると、職人街には似つかわしくない小綺麗な身なりをした小さな女の子がガゼルと話しているのを目撃した。


「これでウチにきてくれないかしら。ほら、金でも鉄でもミスリルでも好きなだけ用意するわよ!」


 ゴトン、ゴトン、ゴトン


 そう言って少女はどうみても入るわけがない大きさの鞄から、金と鉄とミスリルのインゴットを出して見せる。


「何言ってんだ嬢ちゃん…って、こりゃすげえ! 信じられねぇほど高品質なインゴットじゃねぇか!」

「ほら、こんな感じに魔剣にもできちゃうのよ!」


 何やら面白そうなことを話しているとチェスター王子はガゼルのそばに寄って話しかける。


「ガゼル、久しぶりだな。店の前で何を大声で話しているんだ?」

「これは殿…いえ、チェスター様。いえ、なんでも…」


 かしこまるガゼルに、隣の女の子が答える。


「優秀な鍛治師をスカウトしに来たのよ! 彼の作る品は、この区画ではピカイチだわ」

「それは無理な相談だな、ガゼルは王家御用達職人だから王都を離れられまい」

「そんな…こんな粗悪な材料で彼の将来が断たれるなんて」


 そう言って悲しそうな目をする女の子だったが、粗悪な材料とは聞き捨てならない。彼には王家所有の鉱山から最高の鉄が供給されているはずだ。


「粗悪ではあるまい、最高品質の鉄が王家から用意されているはずだ。ほら、この剣も彼の手によるものだ」


 そう言って腰の剣を抜いて見せるチェスター王子に、女の子は納得いかないとばかりに食ってかかる。


「最高…? じゃあ、その最高品質で作った剣を構えてみなさいよ。私の剣を受けただけでポッキリ折れるわよ」


 そんな馬鹿なと剣を構えて斬りかかってくるように女の子にいう。


「いけません、殿…チェスター様! 危険です!」

「危険って、七、八歳の女の子の剣が危険なほど軟弱に育てられたつもりはないぞ」


 そう言ってクリフの制止を遮ると、女の子が目通りの可愛い声で斬りかかってきた。


「やぁ!」


 パッキーン!


「…なん、だと」

「ほら、材質が粗悪だからガゼルさんの腕でもこうなっちゃうのよ!」


 勝ち誇ったようにいうが、それ以前に今の剣筋と剣速はなんだ? 何万回となく素振りをした者にしか到達できないはずの境地ではないか。


「いや、剣というか、お前の剣技がおかしいぞ!」

「殿下! お怪我はありませんか!」

「え、殿下!?」


 ドヒュン!


 クリフがチェスター王子を殿下と呼ぶ声に正体を察したのか、その女の子は文字通り逃げて行ってしまった。


「クリフ、あれはなんだったんだ?」

「わかりません…」


 残された金とミスリルと鉄のインゴットのみが、その存在が幻ではなかったことを物語っていた。

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