千の魂にて神を創りて

池の小僧

 腐った肉の匂いが充満し、赤い血溜ちだまりがそこここに出来ていた。腐った肉の塊を覆う甲冑には、矢や刀が突き刺さっており、矢の多くは折れていた。刀ですらその一部が折れている。所々に見える白は、骨に違いなかった。かぁかぁと鴉がつついているどろりと丸いものは、おそらく眼球であろう。

 ここは戦場跡。戦があったのは、人の肉が腐る程度、前の事であった――


 その戦場跡の隣の森の中に、小さな池があった。鍋に入れた水を火にかければ、それが沸くまでに一周出来てしまうような、そんな小さな池であった。しかし小さいとは言え、深さはかなりあるようだ。池の水は驚く程透明で、それが良くわかった。何やら自然のことわりから外れた力でも作用しているかのような、そんな透明さであった。

 その池の底には、数多あまたの武具が横たわっており、本来の底である砂地を完全に覆い隠していた。

 そんな池のほとりに、小僧が一人立っていた。着物も肌も泥で真っ黒に汚れており、透明な池とは対照的であった。真っ黒な汚れはよく見ると、大量の血と、腐った肉が混ざってこびり付いている事がよく分かった。

 その小僧の右手には、一本の刀が握られており、同様に泥と血と腐った肉にまみれていた。戦場跡から盗んできたのだ。小僧が汚れているのもそのためであった。

 小僧はその刀をおもむろに、池の中へと投げ入れた。刀は小刻みにゆらゆらと揺れながら底へと向かっていく。すると白いモヤモヤとしたものが滲むように現れ、その刀を覆うと、やがてグニャグニャと人の姿を形作っていき、その両腕が刀を水面上へとゆっくり持ち上げた。その刀は新品のような輝きを持ち、先程の泥と血と肉は、きれいに洗われていた。

 小僧がその刀を手に取ると、両腕は池の中へと消え、代わりに頭が水面上に現れた。

「…」

 その顔を見て、小僧の顔が僅かに歪む。そして小僧は、頭に続き現れた首を見るや否や、刀を横一線。頭はポーンと刎ねられて宙を舞い、やがてポチャンと池に落ちた。頭は池の中で白いモヤモヤへと徐々に戻っていき、同様に首から下の身体も白いモヤモヤへと戻っていき、二つは一つとなり、やがて溶けるように消えていった。

 池は何事もなかったかのように透明なままであった。

 小僧はそれを見て、手に持つ刀を再度池へと投げ入れた。刀は僅かなあぶくを上げながら池の底へと沈んでいき、今度こそ既に横たわる武具達の仲間入りを果たした。

 小僧はこのような事を、何度も何度も繰り返してきた。池の底の武具は、そうして積み上がっていったのだ。

「――」

 小僧は目を閉じ、手を合わせ、短く念仏らしきものを呟き、目を開けると、また戦場跡へと戻って行った。


 小僧に念仏を教えてくれたのは、近所に暮らす年の近い男であった。二人とも農家の子で、暇な時間が一緒のため、よく男の兄も含め一緒に遊んでいた。

 その兄が、ある日戦に刈り出された。小僧は兄よりも弟の方と仲が良く、兄は二人と歳が離れていたため、よく大人達の作業を手伝わされており、小僧はその事をそれほど気に留める事もなかった。

 しかし男は違った。次は自分の番だ。自分もいつか戦に連れて行かれる。死にたくない。殺したくもない。そんな風に漏らすようになった。そして男はそれを和尚に話したそうだ。

 和尚は男の頭を優しく撫でながら、悲しそうな笑みを浮かべてこう言ったそうだ。

「戦に行って、敵を殺さなければお前が死ぬ。お前が逃げても、お前でない誰かが死ぬのだ。諸行無常。死にたくなければ…殺させたくなければ、殺すしかない。」

「⁉」

 男は酷く驚いたそうだ。和尚の口から、殺す等という言葉が出て来るとは思ってもいなかったのだ。

 そして怯える男に、和尚は今度は、寂しそうな笑みを浮かべてこう言ったそうだ。

「難しいな。先刻さっきは殺すしかない等と言ったが、儂には殺せとも、殺すなとも言えん。じゃから、もしもお前が生き残ったのなら、死んだ者達がせめて安らかに眠れるように、念仏でも唱えてやるがええ。」

 そして和尚は、男にその念仏を教えてくれたのだそうだ。


 幾つ目かの武具を池に沈めた頃、小僧は自然とその念仏を唱えるようになっていた。男がお前も覚えておけと教えてくれていたので、小僧はその念仏をはっきりと覚えていた。


 時を戻して腐臭漂う戦場跡。小僧はそこで武具を漁っていた。池に沈めるのはどんな武具でも良かった。厳密には持ち主の想いが注がれたものであるのだが、そんな事は見てわかるはずもなく、しかしそれでも小僧はりすぐっていた。ある目的があったからだ。

「小僧!そこで何をしておる!」

「⁉」

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