018 ラスタの騎士たち

「とりあえず、救護隊の人たちを呼んでくれるかな? ケガ人が結構いてね」


「ラスタ様にお怪我が……!」


「いや、俺は無傷さ。怪我をしてるのはこの子とか、あと馬車の中にも……」


 まずはハルシュをラプトルから降ろし、詰所の中に招き入れる。彼女は殴られた顔が少し腫れているのと、地面を転がった時に擦り傷ができていた。


 そんなハルシュの姿を見て、真っ先に動いたのはハナビだった。


「思った以上に何かあったみたいだね。それは後で話してもらうとして、ひとまずは救護隊を呼んでくるよ」


 ハナビが詰所を出て行く。その後、ほどなくして詰所には救護隊のメンバーが数人やってきた。


 メンバーの中には、決闘の後にラスタを治療した女性もいた。ちょっと意識してしまうラスタだが、ここは次期領主としての威厳のためにも的確な説明を行う。


「俺がとある依頼で向かったチャコール森林地帯には人攫いのアジトがあった。こちらの女性はハルシュ・ヴェロキラさん。攫われてアジトに連れ込まれそうになっていたところを俺が助けた。彼女はおそらく軽症だが、問題は……馬車の中で拘束されている人攫いたちだ」


 ラスタの言葉を聞いて救護隊がざわつく。いきなり呼び出された上に、こんなとんでもない話を聞かされたのだから仕方がない。


「人数は7人。全員捕縛する際に少々派手に攻撃しすぎた。命に別状はないと思うが重症ではある。彼らには今回の事件および余罪についても吐いてもらう必要があるので、十分な治療を行っていずれは話ができる状態にしてほしい。説明は以上だ。後はよろしくお願いする」


 救護隊は気持ちを切り替え、すぐさま治療に乗り出した。ハルシュの治療はもちろんのこと、馬車の中から運び出した人攫いたちの状態も確認していく。


 その際に『こりゃひでぇなぁ……!』と何人かの隊員がつぶやいたのを聞いて、ラスタは少々反省する。制御できない力はいつか大切なものも傷つける……と。


「……ん? こいつの顔……どこかで見たな」


 人攫いの中の1人、リーダー格だった男の顔を見てハナビが首をかしげる。少しの間をおいて、彼女は『あっ!』と大きな声を上げた。


「間違いない……! こいつB級指名手配犯のグゲル・ナープラーだ!」


「グゲル……ナープラー?」


「資産家としての過去を持ち、金で買える爵位『準男爵』を授かった男……。ゆえに普通の平民とは違い家名を持っている。だが、その資産が非合法的な……それこそ殺人、強盗、誘拐などで作られたものと発覚し、貴族もどきから一転、指名手配犯になったのさ」


「そ、そんなとんでもない奴だったのか……!? 確かに悪事をやりなれてる人間だとは思っていたけど……」


「単純な犯罪者でB級は最高ランクだからね……。A級ともなると王家や各地を治める領主の家系の断絶および爵位の簒奪さんだつを狙う反逆者がほとんどで、シルバーナに関しては現在A級指名手配犯は確認されていない。まあ、領全体で確認する能力がないだけって可能性もあるけど……」


「つまり、このシルバーナで現在確認できている犯罪者の中じゃ、こいつは最強クラスというわけだな……」


「そういうことになる。グゲルは悪事がバレた際、他の領に逃げたんじゃないかと言われてたけど、まさか堂々とシルバーナに居座って、城下町に住む商会のご令嬢を狙ってくるとはね……。それだけ私たちが舐められてたってことだ……!」


 悔しさをにじませるハナビ。そもそも彼女1人でどうにかできる相手ではないが、それがまたハナビにとっては悔しかった。


「でも、今回はそんな悪い奴を運良く捕まえることができた。これを機にそもそも犯罪を起こさせない領地作りを一緒に進めていこう!」


 明るく前向きに語り掛けるラスタ。しかし、ハナビはバツの悪そうな顔をしている。


「すまなかったね……。結果的にクロエの言う通り、領主であるあんたを危険な目に合わせてしまったよ……。グゲルは武術にも精通している悪のカリスマと聞く。今回は無事だったけど、危ない目に遭わせたことに変わりはない……」


「いや、これでいいんだ。俺はもっと危険なことに首を突っ込んで、解決していかなくちゃならない」


 ラスタのとんでもない発言にハナビは絶句する。一方でラスタはさも当然のことを言っているような顔だ。


「俺は頑丈だ。そういう呪いを持って生まれてきた。だから、普通の人には危ないことでも無傷で切り抜けられる。この力を生かさない理由はないでしょ?」


「でも、あんたは領主だ。背負った命は自分のものだけじゃないんだよ……!」


「それはその通り……。でも、俺は呪いの子だ。体が鋼の変わる呪いを背負っている。そのことに意味があると俺は思いたいし、意味を作っていきたい。ならば、この頑丈さで他の人が受ける苦しみを受け止めるのが、一番俺に向いてるやり方なのさ」


 ラスタはほほ笑みながら拳を握る。白銀に輝く幾何学きかがく模様のアザ以外は普通の拳だ。パッと見は柔らかな皮膚に見える。


 しかし、それは何者にも砕けない鋼の拳なのだ。


「……ふふっ、偉い偉い領主様にそんな開き直り方をされたら、騎士である私は何も言えないな。せいぜい危ない目に遭わないように見といてあげる。だから、簡単に私の前からいなくならないでよね」


「ああ、俺は絶対にハナビの前からいなくならない。約束だ!」


 ハナビの手を取り、両手で強く握りしめるラスタ。ハナビにとっては年下の少年の手だが、修行を重ねて分厚くなった皮膚は大人のそれと変わらない。


 突然の肌のふれあいと想像と違う大人の雰囲気に、ハナビは思わず胸が高鳴るのを感じた。それに自分自身も驚いて、少し恥ずかしくて……顔を赤らめながら視線を逸らす。


「……まあ、せいぜい私が老いて死ぬまでその調子で頼むよ」


「うーん、それは難しいかも。だってハナビは120歳くらいまで生きそうだし!」


「ちょ、どこを見てそう思ったのよ!? そこは素直に『うん!』って言っておけばいーのっ! まったくもー、乙女心がわかってないんだから! まだまだ子どもね……!」


 失う苦しみから遠ざけていた新しい関係……。だが、ハナビはその恐怖を乗り越え、ラスタを新たなる領主として認めた。同時に少年ではなく頼れる男であることも……恥ずかしながら認めた。


 シルバーナ騎士団領都警備隊、現在の活動人数2名――。


 たったこれだけの戦力。されどこれだけの戦力。0と2ではまったく違う。そして、その違いの大きさをラスタは身をもって知ることになる。

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