016 存在の肯定

「あ、そうだ……。こいつらも連れて帰らないとな」


 気を失って地面に転がっている7人の人攫いたち。組織的な誘拐を行っていた彼らにはわんさか余罪があるだろう。生かさず殺さずで領都まで連行しなければならない。


「モス、こいつらを拘束する道具とか……持って来てなさそうだね」


「持って来てはないけど、そんなものいくらでも用意出来るんだなぁ~これが!」


 モスはそう言うと人攫いのアジトの中に入っていった。そして、多種多様な拘束具がどっさり入った木箱を抱えて戻って来た。


「ここは人攫いたちの隠れ家。人を拘束する道具には困らないんよ」


「なるほどなぁ~」


 自分たちが誰かの自由を奪うために使っていた道具でガチガチに拘束された人攫いたちは、少女が乗っていた馬車の中に詰め込まれる。これで逃げることは叶わないだろう。


「でも、この馬車を引いていたはずの馬が見当たらないな。馬具が壊れてるようだし、逃げてしまったのかも……」


「あ、いえ、違うのです侯爵様。その馬車を引いていたのは、うちの商会のラプトルなんです」


 口を出したのは少女だった。そして、このとっても人懐っこいリトルラプトルもまた彼女の持ち物だったのだ。


「商会というと……」


「自己紹介が遅れましたが、私はハルシュ・ヴェロキラと申します。そして、私の父が経営しているのがヴェロキラ商会です。貧民街、平民街、城下町……シルバーナに生きるすべての人々にピッタリの商品をお届けするのが、我が商会のモットーです!」


「ヴェロキラ商会……聞いたことがある気もする」


 貧民街では貧しい人にピッタリの安くて質が悪い商品を売っているため、ラスタもその名前を耳にしたことがあった。


 質はどうあれ物があるだけでありがたいというのが貧民街。ヴェロキラ商会は大金持ちの大商会というわけではないが、あらゆる層に物を売ってくれるため領民からの評判は上々だった。


「私は普段父の手伝いをしているのですが、今日は休日だったので馬車に乗ってお出かけをしている最中でした。それがいきなりあの人たちが馬車に乗り込んできて御者や召使いを叩き出し、ラプトルを操って私をここへと連れ去ったんです……」


 かなり大胆かつ巧妙な計画だった。


 まさか用もないのに7人組でぶらぶら街を歩いていた人攫いたちが、偶然小さなドラゴンとも言えるラプトルが引いている馬車を見つけ衝動的に襲い掛かったとは思えない。


 馬車に乗っているのが誰なのかを把握しているどころか、ラプトルが初対面の人にも簡単に懐いてしまう個体であることまで知っていないと、この誘拐計画は成り立たない。


 つまり、人攫いの魔の手はずっと前からハルシュに向かって少しずつ伸びていたことになる。


 だが、この計画が決行されてしまった一番の理由は……こんな目立つ事件を起こしたところで、腐敗したシルバーナ領に捜査する能力などないと高をくくられていたからだ。


 やる気のない兵士、遠征ばかりの騎士団、そして他人を気にする余裕もない領民……。今回は奇跡的に解決したとはいえ、この責任は領主であるシルバーナ侯爵家にもあることは明らかだった。


「怖い思いをさせて申し訳ない。これも領地を治めるシルバーナ侯爵家の責任だ……」


「わ、わたしそんなつもりで言ったわけでは……!」


「いや、俺たち一族がしっかりしていれば防げた事件だ。体制はすぐには変えられないかもしれない……。でも、少しずつ確実に平和な領地にしていく……!」


「……ラスタ様は呪いの子だから、領の統治にはずっと関わっていなかったのですよね?」


「ああ、貧民街で呪いを制御する修行に明け暮れてたよ」


「それなのに、まるで領地が今のようになった責任が自分にもあるような言い方をされます。むしろ、ラスタ様は被害者なのにどうして……」


「これが自分のやるべきことだと思うから……かな。今だからこそわかるんだ。自分は生まれた時から恵まれていたんだと」


「えっ!? でも、呪いが……」


「確かに呪いは苦しかったし、城から追放されたし、差別もされた。それも含めて良いことだったとは思わないけど、それがあったから大切な人たちと出会えた。そして、自分の中に侯爵家の血が流れているというだけで、他の人より恵まれてると強く感じることができた」


「侯爵家の血……」


「ハルシュは知らないと思うけど、シルバーナ家の爵位は決闘で勝った者に継承されるんだ。だから、俺はボンクラと呼ばれ嫌われている四男を一発殴っただけで領主になれた……。他の人が殴ったら処刑もありうる男をぶっ飛ばして、俺は権力の座を手にしたんだ。それはまさに侯爵家の五男だから許されることだった」


 四男ベリムを倒した一発を出すのに、どれほどの努力と怒りを積み重ねてきたのかをラスタは語らない。なぜなら、いくら積み重ねたところで血を持たぬ者には決闘の場すら与えられないからだ。


「俺は恵まれているから、このシルバーナに住む人たちの苦しみを代わりに背負う。そして、信頼できる仲間たちと共にその苦しみの重りを1つ1つ外していく。そうすれば、いつかは豊かな領地になると……俺は信じたい」


 鋼の呪いの苦しみと差別でほとんどが構成された14年間の人生。それから解放された少年は、また新しい何かを背負いこもうとしている。


 ハルシュは今日ラスタに会ったばかりだが、その悲壮感すら感じさせる覚悟を感じ取っていた。


「私……呪いを恐れていました。罪深い存在なのだと思っていました。でも、それは違う……! 私はラスタ様がこのシルバーナに生まれてきたことを誇りに思います!」


「ハルシュ……ありがとう」


 存在の肯定。それはラスタにとって何よりも嬉しい言葉だった。自分を受け入れてくれたハルシュの姿に、会ったこともない亡き母の面影が重なって見えた。


「さ、さぁて……こんなところで長話もなんだから、そろそろ帰らないとなぁ……!」


 嬉しさと同時に照れくささを隠せないラスタは、領都へ帰るための準備を始める。しかし、2人が長話をしている間に、その準備はすべてモスが整えていた。


「むふふ、後は次期領主様の号令を待つだけなんよ~」


 人攫いたちを乗せて重くなった馬車は、モスが乗って来た超重馬メガギガが引く。ハルシュは馬具をつけたラプトルに直接乗り、ラスタは……その脚で走る!


「よし、これより領都シルバリオに帰還する!」

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