014 鋼拳制裁
ラスタは貧民街にいた頃、何度も人攫いの現場を目撃している。時にはクロエが攫われそうになったこともあった。
そんな時、何もできない自分をいつも情けなく思っていた。呪いの子、それも重量がある鋼の呪いのラスタを攫おうとする者はまったくいなかった分、その惨めさは際立った。
だが、今は救える。目を逸らすだけだったあのころとは違う……!
「落ち着け……。まずは状況の確認だ」
ラスタだけなら敵が何人いようと問題ない。しかし、攫われた少女を守りながらとなると、それなりに考えて動く必要がある。特に敵の戦力の把握は絶対だ。
見える範囲に敵は7人。みな腰に刀を下げているが、防具の類は身につけていない。全員鋼の拳で一撃だろう。
アジトの中に人の気配はない。みなアジトの外で追手が来ることを警戒しているようだ。
少女の方に注目すると、その身なりがキッチリしていることがわかる。間違いなく貧民街で適当に攫ってきたような子ではない。平民街……いや、金持ちが住む城下町あたりから、彼女個人を明確に狙っての犯行に思える。
その証拠に彼女が引きずり出された馬車の装飾が豪華だ。おそらく馬車そのものを奪い取って、中にいた少女ごと連れてきたのだろう。
それなりに兵士がいる城下町で、とっさの思い付きで馬車ごと人を誘拐するとは思えない。つまり、それなりに練られた計画。目的も奴隷制が残っている他の領での人身売買ではなく、彼女の親からの身代金と考えられる。
さて、どう攻めたものか……とラスタが考えている間にも、縛られている少女は身をゆすって抵抗する。目も口も塞がれ、周りの状況がわからないにもかかわらず、逃げるために戦っている。
「さっきからジタバタしやがって……! 大人しくしやがれぇ!」
男の拳が少女の顔面を打つ。よろけた少女は地面に転がり、恐怖に震えている。
「おいっ、顔を傷つけたら価値が下がっちまうだろ!」
「いいんだよ、今回は売りもんじゃないんだからよ! 親が娘だとわかる程度の原型さえ残ってれば、何をしたって構わねぇ! 二度と逆らえないようにもう何発かぶち込んで……ごぉっ!?」
「なっ……!? 誰だてめぇ……おげぇっ!?」
状況確認が少し甘いが、もはや我慢ならなかった。
少女の一番近くにいた2人組は、ラスタの重鋼化した拳を顔面に受けて吹っ飛ぶ。余罪追及のために殺してはいないが、顔は原型を留めていないだろう。
仲間の悲鳴を聞いた人攫いたちは、慌てて襲撃者に対して武器を向ける。しかし、そこにいたのは小柄で非力そうな少年だったので、人攫いたちは思わず余裕の笑みを浮かべる。
「なんだぁ……このチビ!」
「冒険者になりたての田舎もんか?」
「いるんだよな、最初は正義に燃えてる奴。だが、そういう奴は薄っぺらい正義感のせいで死ぬんだよォ!」
一斉に襲いかかる4人の男たち。しかし、彼らの武器はラスタに触れた瞬間、粉々に砕け散った。
そして、ラスタのカウンター。死にはしないが、二度と逆らえないようにぶち込まれる鋼の拳。4人の男は次々と吹っ飛び、残ったのはリーダー格の男1人となった。
「な、なななっ、何もんだてめぇ……!? ただのガキじゃねぇ……! 俺の部下をこんなに簡単に倒しちまうなんて……ギ、ギルドマスタークラスの……ッ!?」
「俺は死なないよ」
「え……っ!?」
「お前たちみたいなクズをのさばらせない領地を作るために、俺は今こうして戦っているんだ」
「領地を作るだと……!? お前は一体……!?」
「ラスタ・シルバーナ侯爵……予定だけどね」
「こ、侯爵って……ぐがあああッ!?」
「まあ、お前が覚える必要はないよ」
男の腹に鋼の拳がめり込み、意識は一瞬で飛んだ。それどころか、あまりの衝撃に数秒前までの記憶すら飛んでいるだろう。
こうして、人攫いの一団は壊滅した。
「よし……! そうだ、縄をほどいてあげないと!」
地面に転がっている少女を縛る縄を手刀で切るラスタ。同時に目隠しや猿ぐつわも外す。少女は自由になった後も震えが止まらず、しばらくは動けずにいた。
やがて少し気持ちが落ち着いてくると、少女は震える唇で言った。
「あ……りが……とう」
「いいんだ、お礼なんて。俺は当然のことを……。やっと、当然のことができるようになっただけなんだ」
拳を握りしめるラスタ。自分を苦しめ続けた鋼の呪いが、今ハッキリと人を救った瞬間だった。
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