第2章 騎士改革編

008 最初にすべきこと

「ところでカスペン」


「なんでございましょうラスタ様」


「領主として俺が最初にやるべきことはなんだろう?」


「それは……治療ですよ! まだ頭から血が止まっていないのですよ!?」


「あっ、そういえば……」


 鋼の呪いを制御しても、すでに開いている傷までは塞げない。しかし、傷の多さの割に出血量が少ないのは、頑丈な鋼の体のおかげだろう。


 カスペンはなかば強制的にラスタを噴水のへりに座らせると、すでに待機させてあった救護隊の女性を呼びつける。その女性は20代中頃なかごろで髪はつやのある茶髪、桃色の給仕服に白いエプロンを着ている。


「まずはお顔についた血を拭き取ります。優しくしますが痛かったら我慢せず言ってくださいね」


「は、はい……。お願いします……」


 これまでの人生で深く接した女性はクロエだけで、母との思い出もない。ゆえにラスタは年上の女性に耐性がなく、優しくされるとどこか体がこそばゆくて、もじもじしてしまう。


「はい、綺麗に拭き取れました。続いて回復魔術で傷を塞ぎますね。こういう浅い外傷の治療には魔術が一番なんです」


「それは知りませんでした……はははっ」


 よほどの手練れでなければ深い傷を回復魔術で塞ぐのは難しく、針と糸による縫合と併用して魔術治療を試みるのが一般的である。


 しかし、今回の傷は血こそ出たが頭蓋骨には達していない。魔術で血を止めて傷口を塞ぐだけで、簡単かつ見た目的にも綺麗に治すことができた。


「はい、塞がりました。しばらくは治った部分がかゆいかもしれませんが、かきむしってはいけません。今回はないとは思いますが、ひっかくことが原因で傷口がパックリ開くこともありますので」


「き、気をつけます……! ありがとうございました!」


「ふふふっ、ただの救護隊員の私にそんなにあらたまる必要はありませんよ、次期領主様」


「そう……ですね! あはは……!」


 女性と目を合わせることすら恥ずかしいラスタ。だが、彼女が背を向けて去っていく時には、その背中をいつまでも見つめていた。


「鼻の下伸びてますよラスタ様」


「えっ、嘘……!? いやっ、そんなことないよクロエ……!」


「どうですかね~」


 むくれているクロエをなだめつつ、ラスタは再び同じ質問をカスペンに投げかけた。


「改めて今、俺が領主としてやるべきことはなんだろう?」


「まずはやはり3日後に控えたお父上パルクス様の葬儀を無事に終わらせることですね。それが終わらない限り、ラスタ様の肩書きは次期領主のままですから」


「なるほど……。でも、葬儀を3日待つって結構のんびりしたスケジュールだね。言いにくいけど、人の亡骸なきがらは腐るし埋葬するのはなるべく早い方がいいんじゃ……」


「現在、パルクス様のお体は氷魔術によって冷凍保存されておりますので、腐敗の心配はございません。それに3日待つというのも、古いしきたり……それこそ決闘の儀が関わっているのです」


「決闘の儀が……?」


「はい。かつて継承権を持つ者が大勢いた世代は、今回のように一度の戦いでは決着がつかなかったのです。戦いは前領主様が亡くられた日から三日三晩続き、その間は後継者が決まらないわけですから葬儀も開けません」


「そこから3日待つというしきたりができたのか……」


「その通りでございます。逆に言えば、この3日の以内に決闘を申し込まなければならないというルールにもなっているんです。いつまでも決闘の権利があると、世間が落ち着いた後に領主交代みたいなことが起こってしまいますから」


「思った以上によくできた仕組みなんだなぁ」


 これから自分が治めていく領地の歴史を知るというのは、有意義な時間だとラスタは思った。座学は苦手だが、領主になるという自覚があればやる気も湧いてくる。


「とりあえず父の葬儀の重要性は理解した。それまでにやっておいた方が良いことは他にないんだろうか?」


「そうですね……。この領地の運営には領主様本人よりも、領主様に選ばれた大臣たちの働きが大きいのです。さらに今はパルクス様が亡くなられて喪に服す時ですから、後継者たるラスタ様が忙しくそこらへんを動き回るのは、あまりよくないことと存じます」


「とにかく爵位を継承するまではおとなしくしておけ……ということか」


「さようでございます」


 そもそもパルクス・シルバーナ侯爵はあまり政治的に動かない領主だった。前の世代から受け継いだものをそのまま続ける治世……。


 世の中が大きく乱れることはなかったが、現状維持を目標にすると結局維持できずに下降していくという例に漏れず、領地は少しずつ貧しくなっていた。


 ラスタは現状にメスを入れなければならない。それはつまり、父と同じやり方ではいけないということだ。


 しかし、ラスタはとりあえず今日のところは先人の知恵に従うことにした。


 決闘の儀に勝利し、呪いを支配下に置くことにも成功した最高の日……。文字通りラスタの体は軽くなり、気分もうわついていた。


 こういう時に重要な決断を下せば失敗する。そんな直感があった。それに今日はもう体を休めることを優先しても、師範は許してくれるだろう。いや、むしろ休息を怠ると怒られるかもしれない。


「……そうだ。この城に騎士団はいるのかな?」


「ええ、いますとも。ただし、大半の騎士は現在遠征中で、残っているのは領都警備隊に所属する者だけですが……」


「うん、それで構わないから会いに行きたいな。この領地を守る騎士たちに!」


 アイゼンがかつて所属していたシルバーナ騎士団。そこに所属する騎士の中には、きっと自分の力になってくれる、信用できる人物がいるとラスタは考えていた。

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