鋼鉄領主の領地改革 ~体が鋼に変わる呪いを受け追放された侯爵家五男、呪いを鍛え上げ最硬の肉体で成り上がる~

草乃葉オウル@2作品書籍化

第1章 爵位継承編

001 石ころのラスタ

 リオハルコン王国の南東部――。

 パルクス・シルバーナ侯爵が治めるシルバーナ領の貧民街には『石ころ』と呼ばれる少年がいる。


 昼夜問わず現れては、突然道端でうずくまって動かなくなることからそう呼ばれているのだが、彼が『石』である理由はもう1つある。


「おいっ、今日は道の真ん中に石ころが転がってるぜ!」

「ほんとだ! おもしれー!」


 貧民街の子どもたちはまるで玩具おもちゃを見つけたみたいに目を輝かせ、その少年をとり囲んで蹴りつける。いくら子どもとはいえ、本気の蹴りは痛いものだ。


 しかし、その少年は動かない。揺れるのは美しい銀髪のみ。体はまったく微動だにしないのだ。それどころか、蹴りつけている子どもたちの方が苦悶の表情を浮かべている。


「や、やっぱり硬てぇ……!」

「本当に呪われてるんだ……!」

「くぅ~! 不思議なもんだなぁ~!」


 今度はその少年の硬さを確認するように足の裏でふみふみし始める子どもたち。


 まさに玩具扱いのこの少年。その正体がシルバーナ侯爵家の五男『ラスタ・シルバーナ』であることを、子どもたちは……知ったうえで玩具にしている。


 五男とはいえ紛れもなく領主の息子であり、貴族の血筋でもある。その事実を大人たちも知ったうえで、子どもたちの行いを止めようともしない。


 その理由はラスタが持って生まれた『鋼の呪い』にある。


 リオハルコン王国ではごくまれに呪いのアザを持った子が生まれる。アザによって呪いの種類は様々だが、ラスタが持つ鋼の呪いの場合は、体が鋼のように硬く重く変質してしまう。


 しかも、その変質の具合は日によっても時間によっても異なる。体が比較的軽い日もあれば、動けないほど重い日もある。朝方は軽かったのに、昼になると重くなる日もある。


 酷い時は頭だけが重くなり、地面に頭を擦りつけながら暮らすこともある。腕や脚、内臓だけが重くなり、体が歪まないように気を使いながら生活することもある。


 ただ、それだけなら侯爵家が暮らすシルバーナの小城を追い出され、貧民街で地を這いずることにはなかっただろう。


 呪いの一番の問題は差別だ。


 古来より呪いは前世で重い罪を犯した者に与えられる罰だと信じられており、生まれた瞬間に呪いを受けた我が子を殺す親も少なくないという。


 パルクス侯爵もまた伝承を信じる人物であったが、ラスタの母親である侯爵夫人プレシアの願いによってラスタは生かされた。


 しかし、通常の胎児より重いラスタを身ごもったことで、プレシアの体力は確実に失われていた。出産で最後の力を使い果たしてしまった彼女は、出産したその日のうちに亡くなってしまった。


 領地を持つ貴族としては珍しく1人の女性しか愛さなかったパルクス侯爵は深く悲しみ、その悲しみは他の息子たちに、共に暮らした小城の人たちに伝わった。


 そして、悲しみは怒りとなり、ラスタへと向かった。もはや貴族たちの住む小城にラスタの居場所はなかった。やはり呪いの子は存在してはいけない。殺せという意見もあった。


 だが、プレシアの残した願いを無下むげにするわけにもいかない。


 結果、パルクス侯爵はラスタを小城から追い出して貧民街に押し込め、最低限のものを与えて生かさず殺さずの生活を送らせることにした。


 これでラスタの受難は終わり……というわけにもいかない。


 シルバーナ領は領主が住む『領都りょうと』すら貧しく、その貧民街ともなると無法地帯と言っていいほど治安が悪かった。さらに領民の稼ぎに対して税は重く、人々は常日頃つねひごろから領主への不満を口にしていた。


 そこへ呪いの子とはいえ、領主直系の子息がやって来たのだ。ほとんどの領民は呪いを抜きにしてもラスタに冷たかった。


 しかし、どんな状況でも世の中のすべてが敵に回ることはない。どんな時も、たとえわずかでも、手を差し伸べてくれる者は必ずいる。


「こらー! またラスタ様を玩具にしてー!」


「やべっ、クロエが来たぞー!」

「逃げろ逃げろ~!」

「あははははっ!」


 笑いながら散っていく子どもたち。その後、地面にうずくまるラスタのもとに駆け寄ってきたのは、これまた幼い少女だった。彼女のキリッとした切れ長の目は、歳の割に大人びた雰囲気と知性を感じさせる。


 少女クロエは走って乱れた長い黒髪を手で直しつつ、母親のようにラスタをしかりつける。


「もー! ラスタ様もラスタ様ですよ! あれくらいなら追い払えるんでしょう?」


「あはは、まあね。でも、あんまり楽しそうに蹴るもんだから、ついついね」


 うずくまっていたラスタはスッと立ち上がる。


 背はあまり伸びていないが、その肉体は健康そうに見える。美しい銀髪、小さな口や鼻、ちょっとタレ目、薄い青の瞳。どれも穏やかさを感じさせるもので、実際彼の性格は穏やかそのものだった。


 今日も体は重いが、調子は良い方だ。そんな日は普通の人と変わらない動きができる。そう、普通になれるまで体を鍛えてきたのだ。


 ラスタ・シルバーナ、14歳――。

 生まれた瞬間から迫害され続けてきた少年は、亡くなった母を含めわずかな人の愛を受けて真っすぐに育っていた。


 自分の運命にも人生にも絶望などしていない。与えられた呪いを克服するため、何年も努力を積み重ねてきた。そして、今日もまた……。


「さあ、師範のところに向かいましょう! 遅刻ですよラスタ様!」


「おっと、思ったより遊び過ぎたか……。でも、走れば間に合う!」


 ラスタは慣れた足取りで貧民街を駆け抜けていく。彼の故郷は遠くに見えるシルバーナの小城ではない。この貧民街なのだ。

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