第21話【聖典】

「ではこちらがテングダさんのお部屋になりますね」とという部屋を案内中の大家ミルッキ。階は二階であった。


「広いな」と率直に感心する天狗騨。部屋には暖炉もついていて、重厚な感じである。当然というべきか、寝室は別室になっているので総床面積もかなり広くなっている。この借り物件の唯一の難点は照明にあるようで、電気照明でないランプで夜間、部屋の明るさがどれほどになるか、といったところ。だが、元々ホテルなどはどんなに高級でも部屋の中はそう煌々とは明るくはない。それを考えれば悪くないと間違いなく言える部屋だった。


「それはもちろんギルド金貨12枚、いや鉄の馬車は別だから、2人分ヒト月10枚お支払い頂いたお部屋ですから」と、感心してくれた天狗騨にまんざらでもなさそうな大家ミルッキ。


「フリー君も同じような部屋?」


「まさか。誰がお家賃を出しているかはこちらも重々承知していますから。ここより格下のお部屋になりますよ」


「格下か…」


「テングダさんが気に病む必要などありません。この我がお屋敷ですよ。他の部屋もそれなり以上、現にあの人も住み続けたがっていたじゃないですか」


「確かにそれもそうか、」と、ここで天狗騨は暖炉の上に一冊の本が置いてあるのに気がついた。

 暖炉の前まですたすた歩みその本を手に取る。本を適当なところで開けば読めない文字でびっしりナニカが記されている。

「この本はなんの本です?」天狗騨は訊いた。


「それは『聖典』です。当地の宗教のものですが、貸部屋の中には必ず一冊置いておく、というのが慣習になっています。うちはこう見えて貴族の家系ですからやはりこういう慣習は大事にしようと、そういうことです」


「聖典、なるほどね、」と言いながら天狗騨はの顔を思い出していた。何枚かページをめくる。天狗騨は既に気がついている。

(この世界にはがある)

 その聖典に記された文字はどれも整いすぎていて明らかに手書きではない。いくつか間違いなく同じ文字と言える文字を見つけたが、比べても寸分違わず形が同じであった。

(大司卿とやらが言った『同じ物はある』とはこういうことか——)

「大家さん、この世界に『新聞』という物は存在しますか?」


「シンブン? なんですそれ?」


「日々起こる事件や社会の問題を、広く人々に報せるために作る印刷物です」


「人々に報せてどうするの?」


(いや、どうするのって訊かれても……)

「そう、ですね。問題をみんなで共有することで、みんなで知恵を出し合いその問題が解決できるかもしれない。そんなきっかけを作る仕事です」

 自分で言ってて少し恥ずかしいと思った天狗騨であった。(少し美化しすぎたか?)と。なぜなら実際にはという面が無いではないから——、しかし大家ミルッキには美化はほとんど通じていないようだった。


「それ、仕事なんだ。どうやってお金にするんです?」


「……そうした印刷物をみんなに買ってもらうんですが」


「買う? 売れるのかなぁ……魔物相手に無双してた方が儲かりそうだけど」


「元いた世界では——そういう仕事をしていたものでね、それでまぁ、」


「なんだか異世界ってよく解らないけど……」

 ここで出てきた異世界とはもちろん天狗騨が元いた世界である。異世界人に元いた世界を異世界扱いされ、確かにそれは当たり前なのだと絶句しそうになりながらも、それでも天狗騨は大家ミルッキに対し訊くべきは訊いた。

「……それで、この世界に新聞は?」と。


「そんな不思議なお仕事しているヒトは見かけないなぁ」


(もしかして俺がこの世界に来てしまったのは、なのかもしれない——)

 にわかに勝手に誰からも頼まれてないのに使命感に燃え出す天狗騨であった。


(よしッ!)

「今日からここはASH新聞異世界支局とするっ」天狗騨が断言する!


「はい?」

 半分笑顔のような不思議な表情のまま大家ミルッキは固まっていた。

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