第18話【そーいや、よく知らない二人の事情】

 天狗騨とリンゼとフリーは3人でギルドを出て街中を歩き始める。歩き始めたはいいが、天狗騨はこの後どこへ行くべきかが分からない。なにせ異世界は不案内なのである。魔物退治のためのパーティーなど作る気もカケラも無かったが、不案内な土地では道先案内人は必須であるとの考えからリンゼやフリーとのパーティーがいつの間にか既成事実になってしまっていた。

 歩き始めて1分もしないうちに天狗騨は道先案内人たちに今後の予定をどうするのかを訊くことにした。

「この後どこへ行けばいいんだ?」

 リンゼとフリー、どちらに訊くでもなく天狗騨は訊いた。その問いにフリーの方が先に応えた。

「テングダさんの考え次第っスよ! 俺どこまでもテングダさんに付いて行きますから!」


「いや、行くとは言ったがとは違うというか、」


「解ってますって、それくらい。俺さっきのテングダさんの言ったことに猛烈に感動してるんスよ! 『私は人をクビにするだとか追放するだとかやりたくない』って。それ聞いたらもう地獄まででもついていく他ないって、そう思ったんスよ!」


「……地獄とか言われてもな……」


 しかしそのままのテンションで喋り続けるフリー。

「それも解ってますって! ものの例えってモンです! それくらい感謝してるってことっスよ!」


(『だったら最初から組まなければ』って言ったの忘れてるのか?)

「いや、別にそこまで感動させるつもりは、な」と遠慮がちな返答をするほかない天狗騨。

「そうよ。最初からパーティー作らなければって言ってたの忘れたの?」とリンゼ。

(なんで俺が気を使ったのにキミがそれを言うかなぁーっ⁉)


「うっせえ、リンゼ。なんやかんや言ってお前王族の血筋だろ。お前みたいなのに転方魔術師の苦悩が解るか! ヘッ、どうせ『王国のため』とかナントカ言ったんだろ?」


 そのフリーの剣幕にリンゼがたじろいだように天狗騨には見えた。しかしそれも一瞬、リンゼも負けてはいない。

「『王国の未来のために』は本心です!」


(そう言えば……)とふと思ってしまう天狗騨。(俺はこの二人のことをどれだけ知っているだろう?)

「まあ路上ではなんだ。細かい話しは住むところに行ってから、そこでしよう」天狗騨は提案した。


「そういうことならテングダさん。ここでした方がいいですよ。屋敷の大家がいちいち絡んできて込み入った話しなんてできないんスよ、あそこ」とフリーから言われてしまった。リンゼも別に異議を唱えない。

(どうやらそういうことらしい)と天狗騨

 かくしてまだギルドが視界に入っているくらいの近所の路上、もちろん往来の真ん中で立ち話こそしないものの、路上の隅で二人の事情を聞くことになってしまった。


「ともかくだ、一応パーティーを組んだと言うのなら最低限の協調性くらいは要るんじゃないか?」

 言っていて天狗騨が自身よろめきかねない台詞だった。基本協調性を欠くのは何よりも自分である事を自覚していたからである。(いや、俺も会社で浮いているとは言え最低限の協調性くらいはあるはずだ)と今自分に言い聞かせてる。


「とは言えフリー君もまったくデタラメを言ってるわけでもないんだろ? ほら、不幸な身の上話をしていたじゃないか?」

 ここで口にこそ出さなかったがリンゼがふと漏らしたことば、『〝みんなのため〟だけじゃ戦えないのかも』を記憶していた天狗騨である。このあたりは記者ならではと言えた。


「ううっ」と、言われてしまったリンゼは固まった。しかしそれでも反論(?)のことばは出てきた。

「わたしのようにが上に上がればもっと世の中を良いものにできる!」


「へっ、どうだか。自分が偉くなりたいだけじゃねーのか?」とフリー。


 しかし天狗騨は新聞記者である。こういう台詞を聞き逃さない。

「フリー君、魔物退治をすると金貨を得られるというのは分かったが、社会的地位も上がるのか?」


「それってってことっスよね? そうですよ。よほどの大活躍をすればパーティーの構成者全員にってヤツをくれることになってるんス。だからみんな無双転生者のパーティーに入りたがるんです。実は俺もそういう夢が無いわけじゃないんスけどね」


「いや、そこは別にいいんだ、」と天狗騨。「——それよりその話し、『そういう制度がある』だけなのか、『実例があった』のか、そこを聞きたい」


「確か過去にそういう例があったはずっスよ。まあランク最下位の『男爵』とかいうヤツなんですけどね。女でも男爵ってのが笑えるんスけど」


「それ以上は?」


「さあ、俺にはここくらいまでしか。そこにいるに訊いた方が話し早いですよ」


「なんです、その言い方は」


「普通のヤツが爵位ってのをもらうよりは王族の血筋がもらう方が、いろいろ得なんだろ? もしかしたら国を動かせるような立場になれるかもしんねーし」


 リンゼはフリーを睨みつけたが、睨みつけるだけでことばが出て来ない。

(当たらずといえども遠からず、か)天狗騨は直感し、

「何か、過去の事例を知っていますか?」と訊いた。


「歴史を紐解くと、王族とは認められない王家の血筋の者が、その活躍で『公爵』まで上り詰めた記録はあります。爵位の第一位です。正式な王族とはなれなくても、そこまで上がれば『大臣』にはなれる資格は得られますし、結婚し家名を立てればその後もその地位は引き継げます。一代では無理でも何代かかければ……」


「この王国はそれほど腐敗しているのですか?」


「そうですね、上の方々は贅沢です。悪い噂もあります」


(ほう、)とにわかに天狗騨の眼鏡の奥の眼が光る。こちらへ来てしばらく忘れていた新聞記者としての本能が揺り動かされた。

「ぜひ聞きたいのですが」と天狗騨が言うとリンゼは困ったような顔をして、「ここ、路じゃないですか」と小声で言った。


「だいじょうぶです。皆私を避けてますから」と天狗騨。見た目異様なナリはむしろフリーの方だったが、明らかにこの世界で異世界感をまき散らしているのは背広姿の天狗騨であった。その上髭だらけの面相。遠目からの視線を感じるものの、明らかに人々は天狗騨を避けている。


「じゃあもう少し近づいて話しましょう」とリンゼ。そのリンゼと天狗騨とフリーの間の距離はいよいよ近くなり、三人輪になっている状態。

「こう言ってはなんですけど、転方魔術師の方の方が詳しいと思います」さらに声をひそめるようにリンゼは言った。

「どういう意味だよ?」とフリー。当然転方魔術の使い手であるから自分のことを言われたのだと嫌でも気づく。

「わたしの口が言ったらあなたの悪口を言いふらしてるみたいじゃないですか。あなたも噂は知ってるはずなんですから」とリンゼはフリーに話しを振った。

「話しを聞きたいだけなんだ。知ってることがあったら教えてくれ」天狗騨も頼んだ。

 そう天狗騨に言われてしまい、といった調子でフリーが語り始めた。

「転方魔術の使い手って、中々魔物退治のパーティーに入れてもらえないんスよ。今の俺は先代と今のテングダさんとたまたま運が良いだけで」

「そいつは嫌われてるってことなのか?」

「魔物って退治するときんになるじゃないですか。なんか転方魔術を使ってそれを持ち逃げするってそう思われてるんスよね」

「しかしあれはきんきんでも呪いの金塊じゃないか? そのまま持ってると寿命が縮むって聞いたばかりだが」

「言っておきますけど、俺は知りませんよ。知りませんけど、正式でない闇の除呪術師というのがいて、そこに持ち込むと呪いの憑いたきんを金貨に造り直してくれるとか」

「そりゃ一種の偽金にせがねづくりで犯罪じゃないか。しかし実際に金塊を持ち逃げした転方魔術師ってのはいるのか?」

「それが過去実際に何人かいるんスよね」

「じゃあ分不相応な金貨を所持していたとか?」

「それが妙なんですよ。ぜんぜん金持ちになってないんスよね」

「それじゃあじゃないか」

「そうなるんスよね」


「オイお前ら怪しいな。何の話しをしている⁉」突然三人は背後から声を掛けられた。天狗騨が振り向けばなんとも懐かしく(?)感じる装束。それは衛兵であった。ただ、どうも前に遭遇した者とは別人のようではある。


「いやいや、腹が空いていれば飯が先になりますし、取り敢えず落ち着きたいんなら、屋敷の方でもいいですよ! ってそんな話しをしていただけっスよ!」とフリーがとっさの言い訳。

「じゃあ住むところの方が先の方がいいんじゃないかな?」リンゼもフリーに合わせた。

 しかし衛兵の男は、

「ふむ……」と言ったきり。明らかに怪しんでいるのは間違いない。


 ここで天狗騨はついさっきネルリッタから聞いたことばを思い出した。

「ステータスオープン」天狗騨は首から掛け、すっかりペンダントとなっている謎の物体を指でつまみそう言っていた。

 たちどころに宙に展開されるAR(拡張現実)技術で作られたが如き半透明の長方形。

「しっ、失礼しました。無双転生者の方とはいざ知らず!」途端に衛兵の態度がそれこそ反転し付近の通行人の足も一斉に止まっていた。

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