なんでもこなす凄腕メイドと、好奇心旺盛なお嬢様
みゃあ
1
――メイドの朝は早い。
陽が昇る前に目を覚ました私は、毛布をのけて、うんと大きく伸びをした。するとなんだか肌寒い。
「そうだった。湖畔にいたんだった」
辺りは真っ暗だが、夜目がきく私にはわかる。視界の先には見渡す限りの湖が広がっていて、水面を霧が覆っていた。
昨日、お嬢様がおっしゃられたのだ。「おっきな湖で魚釣りがしたいっ!」と。
私はそのリクエストに応え、こうして湖を訪れたのだが……結局、一匹も釣れずじまい。
素潜りで魚を捕まえて、針にひっかけて差し上げて、疑似釣り体験でも楽しんでもらうべきだったか。
「釣れてなくても、楽しそうにしていらっしゃったけれど」
なにごとも、経験に勝るものはない、と言う。釣れない経験をしたあとは、釣れる経験をしていただいて、もっと喜んでいただきたいと思う。
私は心の中でそんな風な誓いを立てつつ、隣を見やった。
そこにはこの湖畔に不釣り合いな、天蓋付きのベッドが置いてある。私の格納魔法で持ってきたものだ。
私は同じく不釣り合いなベッドを降り、こっそり近づいていく。手を伸ばすと、透明な壁にぶち当たった。
「防壁の魔法はきちんと機能してるみたいね」
四方まできっちりと張り巡らされているそれは、私が使った魔法だ。これさえあれば、どんなに強い攻撃だろうと通すことはない。
と、肝心のその内部では、小柄なシルエットがひとつあった。
「すぅ……すぅ……」
規則的な寝息をたてて、眠っていらっしゃる。あどけない寝顔が、とても愛らしい少女。
私が普段から仕えている、アレイシアお嬢様だ。
辺りはまだ暗闇に包まれているというのに、そこだけが陽の光に照らされてでもいるかのように、眩く輝いて見える。
実の両親でもあれば頬ずりもしたくなるだろうけど、私はしがないメイド。触れていいのは許可が出た時だけ。
「…………」
ずっと眺めているのもまた、失礼に当たるだろう。
私はくるりと踵を返し、自分の使ったベッドを格納魔法で戻していく。着ていた衣服も同じ要領で戻し、生まれたままの姿になる。
眠気覚ましに、水浴びでもしようと思い立ったのだ。
「…………」
足先に触れる水が、冷たい。首元まで浸かり、全身を清めていく。
身だしなみに気を配るのも、メイドのたしなみだ。お嬢様のおそばを歩くのだから、不潔な格好などしていられない。
水浴びを終え、身体についた水滴を、取り出したタオルで拭っていく。格納魔法を使い、姿見を取り出すと、身支度を済ませることにした。
使用人たちが支給されているエプロンドレスを身に付け、櫛で髪を整えた。頭にブリムをつけ、ぱちんと頬を叩く。
「よしっ」
メイドとしてのスイッチに切り替えた私は、仕事に取り掛かることにした。
一度、転移魔法を使い、お屋敷へと戻ることにする。仮になにかがお嬢様に近づいてきたとしても、私には感知魔法もあるので、問題はないだろう。
「…………」
お嬢様のお部屋は、カーテンが閉め切ってあるために、暗かった。思いきり開け放つと、ほんのりとした日差しが降り注いでくる。
やはり、向こうとは多少の時差があるか。朝食の時間に間に合うように、お嬢様を起こす必要がある。
脳内で時間の逆算をしつつ、クローゼットを開け、今日一日身に付けるであろうドレスのチェック。糸のほつれなどがないか、念入りに見ていく。
それが終わり次第、洗面器に水を張り、新しいタオルを用意する。起床したお嬢様の、お顔を綺麗に整えるためのものだ。
近くにあるテーブルにまとめて置き、今度は床に危ないものが落ちてないか、ほこりやゴミがないかをすみずみまで確認していく。羽虫一匹、生かしてはおかない。
「……ふぅ」
一仕事終えたとばかりに、私は息をついた。ちょうどいい頃合いだろう。
転移魔法を使い、湖畔へと戻る。お嬢様はまだ夢の中にいらっしゃるようだ。
「お嬢様、起きてください」
「ん……んっ……」
私の声に反応するように、お嬢様が寝ぼけ眼をこすりながら、寝返りを打った。
閉じていた瞼をうっすら開いていき、ぼんやりした瞳が、私の姿を捉えていく。
「……あいしゃ……?」
「おはようございます、アレイシアお嬢様」
その舌ったらずな言葉に、思わず私の頬が緩んでしまった。すぐさま引き締めようと試みるけれど、それより先にお嬢様が笑った。
「アイシャ、笑ってるっ」
「……申し訳ありません、無様な姿をさらしてしまって」
「そーいうこと、言っちゃダメ。笑ったアイシャ、もっと見たい」
私の笑顔など褒められたものでもないのに、お嬢様は嬉しそうにせがんでくる。さすがに恥ずかしいので顔を上げ、空を見上げた。
辺りはまだ暗い、けれど、向こうはそろそろ朝食の時間だ。もたもたしてるわけにはいかない。
天蓋付きのベッドを収納し、ふわりと宙に浮いたお嬢様を抱きかかえる。
「アイシャ?」
「お屋敷ではそろそろ朝食の時間ですから、帰りましょう」
「うんっ、分かった!」
満面の笑みを浮かべるお嬢様に癒されながら、私は転移魔法を使った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます