6話 剣術

 ぼくは最近、剣術の腕をめきめきと上げていた。体は前より速く動くし、相手の動きもよく見える。

 模擬戦においても、これまで負けていた相手に勝てるようになっていた。


 そんなぼくに対して、カタリナは感心したという様子で話しかけてくる。


「あんた、最近調子がいいみたいじゃない。これなら今までよりあたしの役に立てるわね」


「そうだね。自分が自分じゃなくなった位に感じるよ」


「ユーリ、楽しそう。アクアもうれしい」


「良かったわね。あんた、今まで弱っちかったのがウソみたいだわ。これからもあたしのために精進して、強くなることね。今くらいじゃだめだけど、もっと上に行けるならご褒美をあげてもいいわよ」


 カタリナは胸を張って自信満々といった様子だ。ご褒美の内容にぼくが満足すると確信しているのだろうか。

 でも、そういう顔しながら変なものを渡された経験も何度かあるからな。


「カタリナのご褒美って嫌な予感しかしないんだけど。昔みたいにその辺の石ころとか渡してこないでね」


「あんた、あたしを何だと思ってるのよ。ちゃんと良い物をあげるんだから、泣いて喜びなさいよね」


 カタリナの言うご褒美が何なのかは分からないけど、すぐにもらえるような気がした。

 それくらい調子が良かった。以前ならアクアの進化があったとしても、手も足も出そうになかったキラータイガーを倒せたり、今も剣技がずいぶん上達していたりと、本当に順調に成長できている。


 そうこうしているとステラ先生に呼び出される。何の用事だろう。


「ステラ先生、なんのご用件でしょうか?」


「そうですね、ユーリ君に提案があるんです。エンブラの街で行われる闘技大会に出てみませんか」


「別にかまいませんけど…… どうして急に?」


「実はですね、キラータイガーを倒したユーリ君たちなら、闘技大会でもいい結果を残せるのではないかという話がありまして。

 もちろん、すぐに負けたからといって何かユーリ君に問題が起こるというわけではありません。出場が嫌なら断ってくれてもかまいませんよ」


 ステラ先生はそう提案するけど、ぼくはその話を受けていいのか悩んだ。なので、もう少し詳しく聞いてみることにする。


「ぼくたちを買ってくれるのはうれしいですけど、アクアはともかく、カタリナには話を持ちかけないんですか?」


 エンブラの街の闘技大会は、モンスターに出場権はなかったはずだ。

 そうでなくとも、アクアの特性上、武技を競い合う大会にはアクアはそぐわないだろう。技術云々以前の問題になってしまうことは目に見えている。


「ルールがルールですから。カタリナさんとは相性が悪いと判断されました。狭い空間で戦わなくてはならないですし、逃げ回ることも禁止されていますからね」


 なるほど。カタリナは弓使いである以上、距離を取って戦うことが基本になる。近接戦闘もある程度はできるけど、大会に出るほどではないという判断は当然かな。


「わかりました。ですが、キラータイガーを倒した要因としてはアクア水、契約技ですね。

 それの活躍が大きくて、ぼくの剣技はそこまで活躍していません。別に出場するのは構いませんが、その辺をご理解していただきたいところですね」


「私としては、ユーリ君が結果を出すことに期待しているわけではないんです。こう言うと、気分を悪くされるかもしれませんが。

 ただ、最近調子を上げているみたいですし、環境を変えてみることで、さらに何かを得るきっかけになればいいかと思いまして」


 そのステラ先生の言葉を聞いて、ぼくは大会に出場することを決意した。

 ステラ先生は本当にぼくの事を考えてこの提案をしてくれた事が良くわかる。だから、ステラ先生の期待に応えたい。


「いえ、気分を悪くなんてしませんよ。いろいろと考えてくださっているみたいで、ありがたいです。そういう事であれば、ぼくは出場してみたいと思います」


「わかりました。では、手続きをしておきますね。大会は2週間後ですので、それまで、移動を除いた1週間、訓練の時間を多くとりたいと思います。授業への参加はしなくてもかまいません」


「ありがとうございます。では、少しでも良い結果を残せるようにがんばります」


 それからぼくは、大会のルールを確認していた。

 4メートル四方の空間で武技を競う。武器の種類は自由。ただし、運営側の用意した模擬武器を用いる。

 モンスターと契約しているものは、契約技の使用を禁止。敗北条件は大きく3つあり、場外、降参、気絶となっている。

 その他、あまりにもボロボロなのに戦おうとすると、審判から止められ、その者の敗北となることもあるが、滅多なことでは適用されない。

 相手の殺害は無条件で失格。


 また、戦おうという姿勢を見せない場合。例えば逃げ回るだとか、いつまでも口で争っているだとか。

 その場合も失格となる。闘技大会にわざわざ出場するものがやることではないので、いままでほとんど使われたことのないルールらしい。


 闘技大会のルールはこんな所か。

 大雑把なルールだけど、一地方の、若者の大会にはこれくらいで十分という事なのだろうか。

 それとも、大きな問題は起こらなかったから大雑把でも良かったのだろうか。


 ルールの確認を終えたころ、近くに来たカタリナが話しかけてきた。アクアもそばに居るみたいだ。


「あんた、闘技大会に出るんだって? あの弱っちかったあんたがねえ。ねえ、あんた。あたしも見に行ってあげるんだから、あたしに恥をかかせない程度には勝つことね」


「ユーリ、アクアも応援する」


「アクアもって、あたしがこいつのこと応援してるみたいじゃない。あんた、つまんない勘違いしないでよね」


 カタリナはそう言うけど、なんだかんだでぼくの事を応援してくれると信じている。カタリナは口は悪いけど、暴力を振るわれたことはないし、これまでずっとぼくを支え続けてくれた人だ。


「まあ、やれるだけやってみるよ。アクア、練習に付き合ってくれる?」


「当然。アクアに任せておくといい」


「無視してんじゃないわよ! まあいいわ。あんた、あたしも見ててあげるわ。あたしのありがたい意見をよく聞くことね」


 カタリナも訓練を手伝ってくれるみたいだ。カタリナは弓を武器にするだけあって、観察眼に優れている。ぼくでは気づかないことに気づいてくれるかもしれない。


 それからぼくはアクアとカタリナと闘技大会に向けた訓練をすることに。

 アクアは近接戦闘が得意なので、ぼくと組み手をしてもらう予定だ。

 カタリナはぼくにアドバイスをするつもりらしい。さすがに近接戦闘だけなら僕が勝つと思うし、組み手には混ざってこないみたいだ。


 アクアと組み手をしていたところ、大きな問題が発覚した。

 キラータイガー戦のためにアクア水をいつでも使う訓練をしていたのだが、その影響で、危ないと思った瞬間についアクア水を使用してしまうようになっていたのだ。

 他の人との組手では、危ないと思う前に先生から止められていたために気づかなかった。このままでは失格になってしまう。剣の腕を上げるより先にやらないといけないことが増えてしまった。


 それから2日間が、ぼくがアクア水をとっさに使ってしまわないための訓練に費やされた。

 後の方では、カタリナはあきれたような顔をしていたが、それでもずっと訓練に付き合ってくれていた。

 ぼくたちの訓練を見ているだけに飽きたカタリナは、途中からぼくとアクアの組手の最中に横から弓を射かけてきた。

 そのおかげで、とっさのタイミングを意識できたぼくは、うっかりアクア水を使ってしまわないことに成功した。

 最初に撃たれた時は滅茶苦茶だと思ったけど、カタリナのおかげでアクアと組み手をしているだけの時より、随分早く感覚をつかめた。

 闘技大会まではこれでいいけど、闘技大会が終わったら、また感覚を戻さないとな。実戦ではアクア水を使わないほうがいい状況なんて滅多にないだろうし。

 いや、オンオフを自在に切り替えられるのが理想か。どうするか考えておこう。


 それからの訓練では、カタリナからのアドバイスが多く飛んできた。


「あんた、回避を全部右からにしない! そんなんじゃ簡単に読まれるわよ!」


「剣だけ使ってるんじゃないわよ! 左手なり足なり使いなさい!」


「しんどいですって顔をするな! はったりでも何でも効かせるのよ!」


 自分でありがたい意見なんて言っている時はどうかと思ったが、カタリナのアドバイスは本当にありがたかった。おかげでだいぶ上達できたと思う。

 一週間ずっと手伝ってくれたこともだけど、カタリナには本当に感謝しないといけない。何かお礼を考えておこうかな。


「あんた、ここまであたしに手伝わせておいて、ろくな結果を出せなかったら承知しないわよ」


「うん。ありがとうカタリナ。勝てるように頑張るよ」


 一週間の訓練もこれでおしまいだ。明日からはエンブラの街へ向かうことになる。移動の間は、できるだけ休めるといいな。


 その夜、ぼくはアクアと話していた。


「ユーリ、闘技大会の訓練、楽しかった。でも、アクア水をあまり使わないのは寂しい」


 そうか。アクア水を使えない大会だったからアクア水を使わないようにしていたけど、アクアがそう言うなら、これからはアクア水を使わない大会には出なくてもいいかもしれない。


 それにしても、アクアは随分契約のことを大事にしてくれているみたいだ。ぼくにとっても大事なことだから、アクアと同じ気持ちでいられるのは嬉しい。


「そうなんだ、なら、闘技大会の後は、いっぱいアクア水を使ってみるのもいいかもしれないね」


「約束。今度はアクア水も使って組み手をしよう」


「組み手、楽しかった?」


「うん。スライムのころはできなかったし、ああいう遊びもいい」


 遊びか。まあ、スライムにとってほとんどの物理攻撃は脅威ではないし、それくらいの認識でもおかしくはないのかな。アクアが楽しいのならまたやってみるのもいいかな。

 それはさておき、カタリナへの上手いお礼が思いつかないから、アクアに相談してみよう。


「アクア、カタリナにお礼がしたいんだけど、何がいいと思う?」


「アクアにはくれないの? アクアは身に着けるものがいい」


「そっか。アクアも随分手伝ってくれたから、何か考えておくよ」


 身に着けるものか。カタリナは髪飾りにこだわりがあるみたいだし、それがいいかな。気に入らなくても換金できるものにしておけば、そこまで怒ることはないだろう。

 アクアは髪飾りは着けられないし、首には首輪をつけているから、ブレスレットあたりがいいか。イヤリングは装着できるのだろうか。


「アクアはイヤリングとブレスレット、どっちがいい?」


「どっちでもいい。ユーリが決めて」


「わかった。じゃあ、エンブラの街でなにか探してみるかな」


 大会以外の時間は空いているし、そこで店を見てみるつもりだ。この町よりはいろいろあるだろう。

 それにしても、闘技大会までの間は念のためにアクア水はあまり使わないつもりだけど、それでアクアが寂しがることが分かったわけだし、組み手以外にも何か考えておかないとな。


 明日から、エンブラの街への移動だ。闘技大会ではどんな相手が出てくるのかな。

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