第38話 久しぶりの王都

 竜たちの厚意で、王都への往復は彼らに任せることになった。

 馬車でひと月かけた旅路も、竜ならば一週間程度で着いてしまうらしい。

 おかげで、リリアーナとハリーは余裕を持って出発することができた。


『では、参りましょうか』


 大きなかごにリリアーナとハリーが乗ると、黒の竜ネラの掛け声で、それまで寝そべっていた竜たちが身を起こす。

 送ってくれるのは、比較的小柄な体格の竜たちのようだ。『大きな竜では人々を混乱させてしまうから』とネラは言っていた。


 竜たちの首には太いロープがあり、その先にリリアーナたちが乗るかごがぶら下がっている。

 いつでも交代できるよう、交代要員も後ろからついてくるようだ。


「聖女さま、お気をつけて!」


「みなさん、ありがとうございます!」


「いってらっしゃい、おねえさん!」


「ノヴァ、行ってくるね!」


 ノヴァをはじめとする、シュタッヘルでも竜に慣れつつある人たちに見送られ、竜たちは飛び立つ。

 地についていたかごは、ぐんぐん上昇していった。


「……すごいですね、ハリー様」


「ああ、すごい……」


 見えたのは、変わりつつあるシュタッヘルの街並みだ。

 竜たちが茨の城以外では降下しないことを約束して以来、街には少しずつ色が増えてきている。

 遠くにはフランツェ山脈の緑の稜線りょうせんが、街中を通る川は太陽に照らされてキラキラと輝いて見えた。


 生まれて初めて見る空からの風景に、リリアーナもハリーも言葉を忘れてただただ見入った。

 そうして、ひと月かけてゆっくりと来た追放の旅路は、竜たちのおかげで一週間も経たずに到着したのだった。



 ***



 竜たちは王都の手前にある草原で、リリアーナとハリーを下ろした。

 彼らとしては、堂々と王城へ連れていって自慢の友人を披露するつもりだったようだが、それではリリアーナが注目を浴びてしまう。

 できる限りひっそりと参加してサッと帰宅したかったリリアーナは、彼らの申し出を丁重にお断りした。


 ハリーが手配してくれていた馬車へ乗り、王都に入る。

 てっきりリリアーナはどこかの宿に泊まるものだと思っていたのだが、到着したのは高級住宅街の一等地。

 その中でも特に目を引く門を、馬車はくぐっていく。


「あの……ハリー様?」


 窓から見える立派な屋敷。

 それを見るなり驚いた顔で振り返ったリリアーナは、向かいで頭を抱えるハリーにさらに驚いた。


「ここは、ハリー様のご実家では?」


 ハリーはうなりながら、リリアーナに「すまない」と謝った。


「どうやら両親に感づかれたようだ」


「え、どういうことです……?」


 リリアーナの質問にハリーが答える前に、馬車は停まった。

 御者が降りるよりも先に、扉が力強く開かれる。

 バキリと音がするほどの強さに、盗賊が襲ってくる時はこんな感じなのだろうなと、リリアーナはどこか遠いところにいるような気持ちで思った。


「ハリー!」


「ハリーちゃん!」


「ハリィィィィ!」


 ぴょこぴょこぴょこ、と顔を出したのは、ダンディなおじさまと年齢不詳の美女、そして興奮して鼻息を荒げる美青年。

 親しげにハリーの名前を呼ぶところとそれぞれの見た目を鑑みるに、ハリーの両親と兄なのだろうとリリアーナは推測する。


「「「おかえりなさい!」」」


 馬車を降りかけていたハリーを、三人はギュウギュウ抱きしめた。

 あのハリーを引き倒さん勢いで抱きつく彼らに、リリアーナは引き気味だ。

 感動の再会を邪魔しないよう、リリアーナは馬車の隅っこへ身を寄せた。


 出迎えてくれた家族の喜びようを見るに、息子と弟の帰宅を待ち侘びていたことがうかがえるが、どうやらハリーにとっては予想外の帰宅らしい。


「いい加減にしてくれ! リリアーナがいるのに、恥ずかしいだろう!」


 ハリーの怒鳴り声に、三人の動きが止まる。

 いつまででもやってくれていてよかったのに、と生ぬるい視線を向けていたリリアーナに、三人の視線が突き刺さった。


 ロックオン!

 まさにそんな風だったと思う。

 ハリーを中心に巻き起こっていた竜巻が、今度は怒涛の勢いでリリアーナに接近してくる。


「君がリリアーナ嬢か」


「ああ、なんて愛らしいお嬢さんなの。ハリー、よくやったわ!」


 名乗る隙もない。

 我先にと声をかけてくるハリーの両親と思しき二人に、リリアーナはぎこちなく微笑んだ。


「やぁ、かわいらしいお嬢さん。私はハリーの兄の──」


「父上、母上、兄上!」


 握手を求めてきた兄と名乗りかけていた青年の手を叩き落とし、ハリーは怒鳴った。


「おやめください! リリアーナが怯えているではありませんか」


 怯えるというよりただただ驚いていただけだったのだが、ハリーにはそう見えなかったらしい。

 馬車の奥で小さくなっていたリリアーナを抱え上げると、彼は両親と兄の間をすり抜けそそくさと屋敷へ入っていった。


「ハリー様、どうかわたしのことはお気になさらず……」


「悠長なことを言っている場合ではないぞ、リリアーナ。放っておけば朝まで質問責めされるに決まっているのだから」


「ああ、それならわたしだけでも宿へ──」


「両親のことだ、すでに予約はキャンセルされているはず。ここに誘導された時点で、泊まることは決定事項だと思ってくれ。悪い人たちではないのだが、少々強引なところがある」


「ああ、そうなのですね。ではごあいさつを……」


 腕から降りようとするリリアーナを、ハリーは抱え直す。

 ハリーはリリアーナを不作法な令嬢にするつもりなのだろうか。


(そうでなくとも、ないない尽くしの令嬢なんて呼ばれているのに。余計に心象が悪くなってしまうじゃない)


 不満げな表情を浮かべるリリアーナから、ハリーは強引に視線を逸らした。

 明らかに挙動不審な様子のハリーに、リリアーナは心配になってくる。


「いや、今はいい。疲れているだろうし、もう休もう」


「でも……」


「朝まで話していたら、大事な儀式で何かやらかして目立ってしまうかもしれない。それでもいいのか?」


「それは……いやです」


「だろう? それに、母上のことだ。明日は朝から磨き上げられるだろうから、覚悟した方がいい」


「……わぁ」


 エドランド侯爵一家は少々……いやだいぶ、思っていたのと違う。

 なかなかに破天荒で、そして仲良しだ。


 大事な息子と顔を近づけて内緒話をしているのに、ニヤニヤニヨニヨしている。

 ありがたい反面、リリアーナには癖が強すぎて面食らう。


「ハリー」


「なんです? 母上」


 勝手知ったるわが家。

 客室へ向かって歩いて行くハリーへ、母の声がかかる。


「聖女様のお部屋を用意してあるの。あなたの部屋の隣にね」


「はぁっ⁉︎」


 ハリーが驚くのも無理はなかった。なにせそこは、ハリーの伴侶が使う予定の部屋だからだ。

 早合点にもほどがある母に、ハリーは素っ頓狂な声を上げる。


「だって、当然でしょう? あなたは聖女様の騎士なのだもの。お守りするなら近くがいいに決まっているわ」


 事情を知らないリリアーナは、のんきに「ご配慮ありがとうございます」と彼女に感謝していたが、ハリーはそうはいかない。


 もっともらしいことを言っているようで、母には別のもくろみがあるに違いなかった。

 しかし、言い返しても「照れちゃって」と喜ばれるだけだということも、ハリーはわかっている。


「聖女様はお疲れのご様子。早く休ませてあげないといけないわ。あなたはあとで、執務室へいらっしゃいね」


 妖艶な笑みを浮かべて手を振る母の顔は、相変わらず美しい。

 しかし、井戸端会議で盛り上がるおばちゃんたちとなんら変わらないなとハリーは思うのだった。

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