第14話 魔族、襲来①

――聖歴1547年/第2の月・上旬アーリー

―――時刻・夜

――――レギウス王国/辺境の街アルニト/牢屋の中

――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』


 リリーが真剣な眼差しで俺を見据えてくる。

 どうやら、お話・・の時間は終わりらしい。


「……何故あなたが【勇者】と呼ばれるのか、あなたが授けられた【神器】とは一体なんなのか、わかって頂けたと思います。そして……あなたが何を成すべきなのかも」


「……」


「今こうしている間にも、世界の終焉は確実に近づいてきています。先代の【神器使い】たちが紡いでくれたこの世界を、終わらせるワケにはいきません。〝ダークナイフ使いの勇者〟よ、どうか……あなたの力を貸して頂けませんか」


 力強い口調で、俺を説得しようとしてくるリリー。

 なるほど、俺が一体何に巻き込まれたのか、おおよそ理解はできた。だが――


「そうは言ってもな……悪いが、俺は殺し以外の生き方を知らない。いきなり【勇者】になれと言われても困る」


「で、では私が教えてあげます! ですから、一緒に世界を救いましょう」


「……それに、俺は物心ついた時から暗殺者として育ってきた。ハッキリ言って、お前らのように普通の生活もできない」


「な、なら私があなたを養ってあげます!」


「……」


 ……この女は、自分の言っていることがわかっているのだろうか?

 暗殺者を養うなど、正気の沙汰ではない。

 バカなのか、あるいは大胆なのか……。


 俺は深くため息を漏らし、


「何度も言うが、俺は人殺しだ。これまで何人も殺してきた。俺がのうのうと生きてるのが許せないって奴は、この世に幾らでもいる。殺した奴の家族、友人……それに暗殺者ギルドもだ。俺は……組織を知り過ぎているからな」


 ――そう、俺は恨みを買い過ぎた。そして知り過ぎてしまっている。

 俺を追放したギルドマスターに聞いてみるまでもない。

 暗殺者ギルドは、出来る限り俺には消えて欲しいのだ。

 そもそもが消す予定だったのだから。


 俺は、本来は死んでいるべき人間だ。

 暗殺者ギルドが送り込んだ暗殺者アサシンの手にかかって、誰にも知られず消えていく運命だった。

 だが、俺が【神器】を手にしたことで全てが狂った。


 俺はギルドの暗殺者アサシンから逃げ延び、今も生き続けている。

 流石にギルドマスターも、俺が【神器使い】になるのは予想外だったことだろう。

 彼からすれば――いや、組織からすれば、俺は厄介者を超えて危険人物なはずだ。

 組織の存亡が危ぶまれるスキャンダルを幾つも知っているし、俺自身が暗殺の当事者となっている事件もある。

……俺が最後に請け負った、なんとかという枢機卿の暗殺もその一部だ。


 ――とはいえ、俺はそれら全てを口外する気はない。

 そもそも口外して組織を潰すことに興味などないし、別にギルドマスターも暗殺者ギルドも恨んではいない。

 組織がどれほど俺を忌諱しているとしても、あそこがどれほど腐蝕した場所であったとしても――――俺にとっては、古巣・・であることに変わりないのだから。

 あそこには、俺を育てた先代がいたのだから。


 たぶん、ギルドマスターもそれは気付いているのではないだろうか。

 それでも疑り深いマスターのことだ、念には念を入れて俺を消そうとしているのだろう。


 リリーはしばし無言になる。

 だがやがて俯いたまま口を開き、


「……あなたは、生きたくないのですか? あなたの言っていることは、まるで死を望んでいるかのようです」


「…………さあな、正直自分でもわからないんだ。俺は生きたいのか死にたいのか……。もしかしたら、死にたくはないのかもしれない。けど――俺には、生きる理由がないんだ」


「生きる――理由――?」


俺は暗殺者アサシンとして育てられ、ずっと暗殺者アサシンとして生きてきた。だから人殺し以外なにも知らない。暗殺者アサシンであることが俺の存在理由だったんだ。でも……いつからか、俺はもう人を殺して飯を喰うだけの日々に、嫌気が差していたのさ」


「そ、それなら尚更、世界のために立ち上がればいいじゃないですか! あなたは人を殺めたことを悔いています! あなたは、もう人殺しなんてしないんです! それに存在理由なんて、あなたが【神器使い】であるだけで十分なんです!」


「……」


 ――俺はなにも答えられなかった。

 無言の空気が、牢屋の中を支配する。


 気が付けば小窓から差し込む夕日も消え失せ、外は夜になっていた。

 蝋燭の炎だけがぼうっと揺らめき、皆を照らす。


「あ、あの~……」


「きゅ~ん……」


 チャットと金色のモフモフが、気まずそうに声をかけてくる。


 その時、だった。



『うわああああああああああッ!!!』


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